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2話

「なぁ、店主どうにかなんないのかよ!?」


「……と、いわれてもなあ」



 時間帯は10時ちょっと過ぎ、シンタローの持つこの店≪キムラ武具店≫のカウンターに詰め寄る一人の壮年の男性。

 ちなみに店の開店時間は午前10時。

 まだ寝ぼけ眼のシンタローがカウンターの席であくびをかみ締めていると、突然店のドアを蹴破らんばかりに侵入してきたのである。

 そして今屈強な体を持ち、いかにも戦士ですと言わんばかりの風貌の男は、身を乗り出さんばかりにシンタローに詰め寄っていた。


 シンタローは一つため息を吐きながらカウンターに置かれた無骨な大剣を手に取り、鞘から抜き目の前でかざしてみる。

 そして≪鑑定眼≫を使いその剣の構成を検める。

 


―――――――――


 ・種別

 ツヴァイハンダー(数打ち)


 ・構成比

 ダマスカス鋼純度71.8% 

 他……鉄、マテライト28.2%


 ・製造年

 今からおよそ124年前


 ・備考

 刀身の蓄積疲労が強い。

 刃こぼれも酷いが目に付くのは刃の歪曲。

 よほど強い力で硬いものを叩き切ってい

 たのだろう、斬るのではなく叩き壊す用

 途で使われていた可能性大。



―――――――――



 一通り重要な部分をさらっと洗い流すと、刀身を鞘に収め男性に返した。



「……買い換えたほうがいいじゃないスか?」


「それができたらこんなに頼んでないんねぇんだよ! 俺の相棒はコイツだけだ! 20年以上コイツだけを振るってきたんだ! 俺はコイツ意外振るう気はねえ!」



 シンタローの言葉に噛み付くように怒鳴り散らす壮年の男性。

 シンタローは困ったように髪を掻き、目の前の男を見据える。

 


「ダマスカス製のツヴァイハンダー。数打ちではあるけど金属構成比から見てまぎれも無く逸品ですよ。

 この剣が作られたのは100年以上前でしてね、当時の剣をいくつも見てますけど、ここまでのモノは早々打てないです。

 よほど腕の立つ鍛冶師によってつくられたんでしょう。

 でもね、お客さん。この剣はもう『死に掛けている』んですよ」



 ちらりと見ただけで分かる。

 もうこの剣は寿命を迎えている。

 

 そう諭すように言うと、納得できないのか、いや分かってはいるんだろうが理解したくないといった表情でさらに詰め寄ってくる。

 

 

「んなこたぁわかってる!! どの店いったって「この剣はもう駄目ですね、他の剣を紹介しますよ」の一点張りだ!

 俺ぁそんなことは聞いてねえ、直せるかどうかって聞いてんだ!」



 ドカ、とカウンターを殴りつける。



「…………いや、だから直せないんですって」



 さっきからこの堂々巡りである。

 


「なあ店主どうにかならねえのかよ!? 金ならいくらでも払う頼むからこいつを直してやってくれ!」


「いや~……だからぁ~……」



 いい加減頭を抱えたくなってきた。

 何で朝っぱらからこんな禅問答繰り広げねばならんのだ。



「ちくしょう……俺は信じねえぞ……! コイツはこんなところで死ぬ剣じゃねえんだ……」


「………………」



 なんとなく弱気になってきた男を横目に問題の剣をシンタローは見やる。

 その剣は幾多の戦場を越えてきたのだろう、主人とともに駆け抜けてきたのだろう。

 なんとなくやるせない気持ちになりシンタローは視線をその剣からはずす。

 はずした先にあった窓からのぞく空をシンタローはしばし眺めた。







―――いいか、剣には寿命がある。そいつは引き伸ばせても終わりがねえわけじゃねえ、剣は生きてるんだ、死ぬんだよ。




―――確かにお前の力を持ってすれば剣を永遠にすることができるんだろうさ。だが人を永遠にすることはできねえ、わかるか?




―――長く連れ添った武具は夫婦も同然だ。人が死ぬ、剣は生きる、生かされる、連れ合いをなくしても生き続けなきゃならねえ、死ぬことができねえ……こんな残酷なことはねえだろうさ。




―――死なせてやることもまた情け、お前に命を扱う権利なんかねえ……それが自然の摂理ってもんだ、よく覚えておけ。






(分かってるよ師匠)



 人は時が経てばやがて死にいたる。

 だが剣は使わなければ生き続ける、自ら死にいたることができないのだ。


 どんなに死を望んでも……どれだけ主を望んでも……。



【主よ】



 そんな考えにふけっていた思考に、突然割り込むように言葉がかけられた。



(んぁ……? ≪ウンディーネ≫か? お前から声をかけてくるとは珍しいな)



 シンタローは腰に下げてあるハンマー(らしきもの)に向けて『念話』をかける。

 これもまた異世界にきたシンタローのレアスキルの一つである。

 その仔細はまたの機会に語ることになるだろう。



【まあ少しおせっかい、といったとこじゃ。その件の剣、ちょっとみてやってはくれんかのう】


(……なんでまた?) 



 思いもよらぬところからの言葉にシンタローが首をかしげた。



【いやいや、聞けばあの男相当にあの剣に執心の様子】


(そりゃ、みてればわかるけどよ)


【妾はどうもこの手の人情モノに弱くての、せめて剣の気持ちだけでも確かめてやってはどうか】



 その言葉にシンタローは顔を潜める。

 どうしたものかと考えてると、

 


【ワシとしても、その意見には賛成だぞ】

 

(……≪ノーム≫まで……)



 今度はハンマーから別の声が聞こえてくる。



【なに、あそこまで思われてる≪我が子≫がうらやましくてな。望むならば生かしてやっても悔いはなかろうて】


(……しかしな~この間リレイさんに力を振るったばかりなのに、こう次々と……)


【いいんじゃね~の、お互いが求めあってんなら。担い手が死んだとしてもそれは剣が望んで生きた結果だろ? どーしてもってんならアンタが探し出して供養してやりゃいい】


(いや、あのね? それすんごい手間がかかるし、俺に何の徳もないよね?)


【なんと狭量な! この≪シルフ≫の主様たる貴方が……そんな子に育てた覚えはありませんよっ!】


(育てられた覚えもねーよッ!!)



 やいのやいのと好き勝手言ってくるハンマー(らしきもの)。

 まるで周りでスキップしながら「い~けないんだ~♪ 先生に言ってやろ~♪」と苛められている気分である。



【まあまじめな話、剣が望まなければ直してやる義理も無いのじゃ……どうかの、主や?】



 ウンディーネinハンマーのその言葉が止めとなったのか、シンタローは大きくため息を吐き壮年の男にある提示をした後、剣を持って工房へ入っていくのであった。













 薄暗い一室の中、鞘から抜かれた剣が無骨な意匠の台座へと置かれている。

 その様子を見やるのは黒髪黒眼の青年。

 静かなるも厳かな空気の流れる中、声を発した。



「我、精霊の加護を受けし者。

 土の精霊ノームの真名の祝福において、その代行による力を授かりし者也。

 

 故に我、行使する。


 剣よ……≪我が問いに答えよ≫」



 その瞬間、室内に圧力が充満する。

 精霊は自然と等しい。

 つまりその力を振るうということは自然を操るということなのである。

 余談ではあるが、魔法は大地に集うマナを収束して自然現象を人為的に使うモノだ。

 だが、シンタローの行使しているこの≪精霊代行≫は違う。

 精霊……つまり自然そのものを意のままに操り、力を振るうわけなのだから、魔法とは神秘としてのレベルが一つどころか、数桁違うのである。

 ぶっちゃけて言えば、やろうとおもえば彼が元いた世界の某動画サイトの


『またイチローか』


 をリアルに再現できたりする。

 しないけども。



「おい、聞こえるか~? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


【…………】



 圧力が収まり始めた頃合を見計らってシンタローが剣に向かって問いかける。

 先ほどまでの威厳はかけらも残っていなかった。



「お~い」


【…………】



 しばらくそうやって呼びかけているが、返事が返ってくる様子も無い。



「……ん~、やっぱ自我を確立するまでにはいたってないんじゃないのか?」


【そんなことは無いと思うがのう……。100年以上も時を経ておるし、彼の男との絆も深そうであったから、まず間違いなく意識はあるはずなのじゃが】



 モノが意識を持つ条件は様々であるが(この意識というのは説明が難しいのでまたいずれ話す機会があると思われる)、主な要因としては、


・長い年月を経る


・強い力によって祝福、または呪われる


・持ち主の強い感情に揺さぶられる



 などが上げられる。


 つまりの所ウンディーネなど精霊は、100年は存在してるし、あの持ち主ならば相当な愛着をこの剣に向けていたはずなのだから意識が芽生えるのは当然と思っていたのだ。

 だが実際に意識が芽生えてないとなると話は別になってくる。



「…………ふーむ、どうするよ? ちょっと計算違いだ。意識の無い剣に命を吹き込むってーのは……契約にはないぜ?」


【……しかたない、ということか。あれほど我が子に愛情を傾けておった若者だが……我が子はその思いに答えなんだ、という事になるの】


【案外アイツの愛着ってのが薄かったのかもしれねーな、人間てなぁ薄情なもんだからよ】



 イフリートのその辛口な評価が出た瞬間、剣は反抗するようにカタカタとその身を震わせた。



【マ、マスターの悪口をいうのはやめてくださいッ!!】


「うぉ!?」


【なんだ、ちゃんと喋れるんじゃねえかよ】


【う、うぅぅぅぅ~~~~…………っ!】



 威嚇するように、剣の意識はその口を開いた。



【あの方はどんなに生活が苦しくても、私の手入れだけは怠りませんでした!! 確かに使い方は荒くて刃こぼれや歪みは日常でしたけど、私をぞんざいに扱った事など一度たりともありません!! それどころか私に俺の使い方が下手でごめんなって……。

 う、うぅぅぅぅ~~~!! 剣への愛着が薄いだなんてマスターへの侮辱です、いくら精霊様だからって許しません!!】



 それまでの無口が嘘のようにまくし立てる剣。

 その言葉の端々にあの男への感謝と忠誠、なによりも愛情が感じられるようであった。



【不満があるとすればそれは私自身です!! ろくに魔力を帯びることも弾く事もかなわず、マスターを傷つけてしまう自分にっ!

 私にもっと力があれば!! 私がもっと優れた能力さえあれば……!! 

 私を大事にしてくださるたびにそんなことばっかり考えてしまう自分が……!! 

 だから、だからわたしはぁ……!!】


「このまま壊れてしまったほうがいい、か」


【…………】



 つまりはそういうことなのだろう。

 呼びかけに答えなければ、剣は直らずいずれ壊れ、あの男は違う剣を使い始めるのだろう。

 それはこの剣より優秀であるかもしれない、この剣を使うよりよほどあの男のためになるのかもしれない。

 そのほうがあの男のためになる……そうこの剣は信じているのだろう。

 


――――――だから問いかけには答えなかった。




「…………くく」


【…………?】



 知らずシンタローは口角を上げていた。

 自分が今どんな顔をしているのか分かっていないのだろう。

 だが彼に侍る精霊には伝わっていた。


 歓喜。


 久しく覚えなかったこの感情を灯した剣と担い手。

 これがあるから。

 だからシンタローは、



―――お前に命を扱う権利はねえ。だがよ、例外だってあることも覚えておけ。



―――死なせてやることもまた情け、生かしてやるのもまた情け……お前がどうしても助けたいと思う剣が現れたら、




(分かってるさ師匠、こんな気分久しぶりで忘れかけてたけどよ)





「聞いたかウンディーネ」


【しかと】


「ノーム」


【うむ】


「イフリート」


【おうよ、悪かったな坊主……いや嬢ちゃんかな】


「シルフ」


【お心のままに】



 あたり一面に濃密な圧力が漂い始める。

 


【え、な……なにが……?】


「なあ剣、お前名前ってあるのか?」


【は?……いえ、特には……いつもお前とか、そんな呼び方でしたけど……あの、それより一体……?】



 その言葉を聞いて、



「じゃあ、あの人にちゃんと言っとくよ、名前をつけてやれって。

 これから歴史に名を残すんだからな、名前がないとカッコがつかないもんな」


【え? え? ええ?】


「お前に新しい命、吹き込んでやる。

 オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル。

 はっはっは、実は今伝説級の鉱石が余っててね、ふんだんに使ってうま~く配合して、この世に二振りとない超凄い剣にしてやるよ」


【えええええええぇぇぇぇぇ!!!?】


「感謝しろよ? 伝説級鉱石の配合なんて俺にしか出来ない反則みたいな業だからなぁ。

 おまけに四精霊の加護がついたとなりゃ、パジャマでドラゴンが倒せる嘘みたいな代物に仕上がるんじゃないか?

 そのかわりあの人が死んだら、お前も壊れるけど……別にいいよな?」


【ちょ、ま……】





―――死なせたくない剣が現れたら、そしたら今出来る最高の仕事をしてやれ。




―――言ってることが違うって? カカカ、それが鍛冶師の摂理ってもんだ!


























「それで、伝説級の鉱石……私が死ぬ思いで採ってきたモノをふんだんに使った『超凄い剣』とやらをつくってしまった、と」


「…………」


「あれは私の剣や防具の強化に使うといってたはずよね? 私の記憶違いかしら?」


「い、いえ……」


「…………ふぅ、その剣の名前は?」


「…………は?」


「剣の名前」


「え、え~と、それを知って……どうなさるので?」


「  『そう かんけいないね』

  →『殺してでも うばいとる』

   『ゆずってくれ たのむ!!』 」


「らめぇぇ!! 壊れちゃうから! 俺、凄い踏んだり蹴ったりの結果になっちゃうからッ!!」










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