19話
「ほい、約束の品だ」
そう言って、作りたてほやほやの抜き身の太刀をユフィに渡すシンタロー。
それを両手で何かを承るような感じで厳かに受け取るユフィ。
「基本はミスリルをベースになるような骨組みで打ってある。だから魔法、物理両面での攻撃力はかなり期待できるはずだ。あとはマカライトやダマスカス等の他のメンバーが使ってるような武器と大差はないな」
「はぁ…」
「まぁ、前回言ったようにお前は魔法戦闘や近接戦闘の含めたオールラウンダーの中距離戦タイプで、一番戦況を冷静に見て動かなくちゃいけない立場に…って聞いてないな」
ユフィはその説明を聞いてるのか聞いていないのか、唯渡された一振りの太刀に目を奪われているようで、他の雑音が一切耳に入っていないようだった。
まあ、気持ちはわからなくもない。
日本刀という武器には人から視線を奪うような、危うさ、怪しさというか魔性のようなモノが存在するのだから。
「でもユフィの気持ちもわかるわね、なんだか吸い込まれそうな刀身だわ」
刀身の長さは90cm。
波紋は直刃。
基本の形はシンタローが愛用していた太刀と同じである。
ただ刀身はミスリルの透き通るような白銀色、マカライトの薄くどこか蒼い幻想的な色を見せている。
どこか浮世離れしたような武器を感じさせる。
「でもよぉ、ミスリルってのは『担い手殺し』なんだろ? 結構配分してるみたいだけどユフィの身体的には大丈夫なのか?」
ギルティンの言うとおりミスリルというのはオリハルコンとアダマンタイトに並ぶ3鉱石の一つで、装備しているという認識がある限り、その人物のRPGで言うHP,MPが吸い取られていくのである。
まさに呪いの装備というに相応しく、現在ミスリル製の装備を愛用している人物は希少である。
それさえなければオリハルコン並の頑丈さでマカライト以上の魔法浸透率、アダマンタイトの劣化版みたいな常時フバー○が掛かったような良い金属なのであるが。
「ユフィは四精霊の祝福を受けてるからな、この程度の配合率なら問題なく使いこなせるだろうよ」
その言葉にリレイが合いの手を入れる。
「いやぁ、私も四精霊の加護を貰った(?)んだけど、あれは正直凄いわ。純粋な身体能力の向上っていうのがどれだけ凶悪な概念かっていうのを思い知らされたわね」
得意げに語るリレイだが、精霊たちからは【半ば強制だっただろうが】という文句が聞こえてきそうである。
そのリレイの言葉を聞いて、何を思ったのかギルティンは、
「なあ、その精霊の加護ってやつ俺も授けちゃくれないだろうか?」
「はぁ?」
突然の言葉に、そう言ったのはシンタローだけでなく四精霊も同様である。
「ユフィやリレイの話を聞く分には、持っている事で大きなメリットが得られるわけだろ? だったら俺にも授けてくれねえかな? 試練でもなんでも受けるからよ! このとおり!」
頭を下げて頼み込むギルティン。
どうやら話は思った以上に迷走し始めているようである。
そしてユフィは未だ刀身に魅入られたままトリップしたままであった。
というわけで、ギルティンに加護を授けるかどうかを検討した結果、戦って判断しょうという脳筋的発想にいたりユフィに太刀を渡してから既に3日我経過していた。
さすがにその頃にはユフィも太刀に慣れ始めたのか、腰に太刀を下げており、しかししきりに触っている辺り早く実践で使ってみたくてウズウズしているといったところだろうか。
決闘の場所は精霊の庭と言われる、試しの場というか精霊さんの社交場というか精霊が住んでたり自由に使ったりする精霊専用の異空間内である。
ギルティンはその空間に驚きはしているものの、気合に満ちているのか良い表情をしている。
気合は十分といったところか。
「ふぅん、アレが『ウェーバー』の直系ねぇ」
「せめてギルティンって呼んでやれよ」
そう言ってギルティンも流し目で見るのはナナミ・ヤマト。
精霊の庭はいわゆる時空歪曲空間的なモノなので時間の流れが極端に遅い。
だから忙しい彼女が抜け出すにもちょうどよかったわけだ。
そんな彼女は今遮断魔法によってこっちからは見えてあっちからは見えない、マジックミラー的な魔法でギルティンを眺めていた。
一応女王であるが、ちょうど暇な時間を見繕って相談し、この催しに参加してもらった。
ギルティンが加護を受けるということは、そのままギルティンが強化される事と同義であるため、ニーズベック直系のギルティンの危険さを十分判っているナナミは自主性と義務感の半々で、自分がこの目で確かめるという名目の上で認めることにしたのである。
ちなみに精霊たちは、ギルティンに対して悪い感情を持ってはいないが、加護を授けていいと思ったのはイフリートとノームのニ精霊であった。
イフリートは「直情的だが仲間思いの良いやつ」といういんしょうで、ノームは「力を得ても慢心はしないだろう」という判断からであるという。
まぁ、実力派SSギルドハンターだし、文句はないだろう。
シンタローがそう思っていると、ななみと一緒にいるもう一人の女性、燃え盛るような髪を肩に掛かるくらいに整えた女性が口を開く。
「……あの程度の『竜気』すら持たないモノが、ニーズベックをどうこうしようなど。奴は所詮は開拓された地にすぎない場所に生息するドラゴンを倒し、いい気になっているにすぎない井の中の蛙だ。UNKNOWNを甘く見すぎているのではないか?」
「まぁまぁ、イグニスもそうカリカリするなよ。お前からしたらどんな龍族だって赤子みたいなものなんだからさ」
そう言って宥めるようにするが、イグニスと呼ばれた女性の愚痴は止まらない。
「そもそもお前が禍根を断ち切ろうとしないから面倒が起こるのだ。確かにニーズベックは手ごわい相手だが私とお前やナナミ、前回の【種族間戦争】を闘いぬいた今を生きるかつての同士が手を合わせれば…」
「無理だよ」
シンタローは意識してはいないだろうが若干声が冷たくなっている。
ナナミも表情から笑みが消え、ただ静かに瞳を閉じるだけだった。
「クロードが死んで俺達はリーダーを失った。メルティーナも今度戦争が起こっても無関心を貫くかもしれない。勿論アリアも既に死んでいる。アレク、師匠もどうだろうな? 彼らは自分の利益以外には感心を抱かないからな」
――――種族間戦争
歴史上数百年の単位ではあるが、ただ自らの種族が生き残るためにはなんでもする戦争が起こることがある。
その戦争のことを纏めて種族間戦争というのである。
このアストラル大陸は様々な種族が生き、共存しているように見えて、強者と弱者は確かに存在している。
そのため極たまに英雄的な資質を持った弱者の種族が、自らの誇りと居場所と威厳をかけて、高らかに声を上げて叫ぶのだ。
『―――俺達は弱者じゃないッ!』
かつての親友の言葉を思い出したのか、シンタローは少しだけ口角を上げる。
ふとさっきまで烈火のごとく怒っていたイグニスは、今度は借りてきた猫のように、おとなしくしている。
「…………ごめん、いいすぎた」
「いいって」
柄じゃないのは判っているが、顎をコシコシと猫のように擦ってやる。
なにせコイツの弱点だからな。
「そ、それは…やめろ…って……にゃう~」
ふ、所詮は獣である。
龍といってもネコ科らしく(かなり驚きだが)首を撫でられると抵抗できなくなるのだ。
「古代火炎龍イグニス・ヴェルグフリードともあろうものがなんと情けない。聖書にも乗る存在だというのに」
そうなのである。
このくびをコシコシされてゴロゴロしてるのは、ヴェルグフリードという古代火炎竜という桁違いに強大な力を持ち、桁違いにこの大陸を生きている存在、言わば神にも等しい力を持つとか聖書に記されている存在なのだが、
「はうぁ~……」
とてもそうは思えない。
熱心な神官などは思いたくもないだろう。
「ま、でもいい機会だと思うぜ?」
「はぁ…はぁ…な、なにが?」
「ニーズベックの野郎が何を考えてるのかわからないが、前回の種族間戦争は龍族の敗北という形に終わった。それも人間対龍族から始まった戦争からだ」
そう前回の種族間戦争は人間対龍族の戦争だったのだ。
通常小規模な種族間戦争であってもウン十年単位で集結するのに対して、前回の種族間戦争はたったの1年にも満たない期間で終結したのだ。
これが如何に奇跡的な出来事かは、長い間生きているイグニスやら他の神様っぽい人たちにしかわからないだろうが、とんでもない出来事なのである。
そしてそれを成し遂げたのがだれなのかというと問いがあるとしたら、満場一致で上がる人物といえば『クロード・ヴァステン』である。
「別に種族間戦争がどうのとか、クロードのような人物がまた現れて欲しいってわけじゃねえけどさ、そこら辺になんか鍵がある気がしてならねえのさ」
「…………私はクロードよりシンタローのが、あの戦争では頑張っていたと思うがな」
「…………ありがとよ」
龍族は長寿であり、気持ちの変化に乏しい種族である。
ゆえに強烈な経験というのはどうしても脳裏に焼き付いてしまう。
当時アリアと恋の鞘当てをしていたイグニスは未だにシンタローの事が忘れられないでいた。
素直ではないイグニスはそれを表におもてに出さないし、シンタローは女心をわかってないし、当時既にアリアとは恋人同士になる直前であったというハンデもある。
今さら言うにいえず、結果的にナナミと同じような人生を送ってしまっているイグニスであった。
二人の会話を可笑しそうに聞いているナナミも気を利かせてやればいいものを、刹那的な楽しさを求めるナナミにとってこの二人のやり取りは可笑しくてしょうが無いのである。
よってこんな年月まで何一つ変わらない、日常が続いているのだろう。
ちなみに結果だけ言うとギルティンは無事に精霊から加護を受けることに成功し、一応の成功をおさめることになるのだが、なんとなく見せ場を奪われた気がして釈然としないギルティンであった。