1話
「……う~む……」
薄暗い工房の中、一人の青年が唸っていた。
工房と言ってもその室内はそれほど大きくはなく、刀鍛冶のような溶鉄炉、水差しなどのような、いかにもなゴツイ見るだけで汗が出てきそうな機材は置いていない。
地下室のように薄暗く、ところどころに小さめなハンマー(っぽいもの)、ペンチ(っぽいもの)、フラスコ(っぽいもの)。
後は鉱石やら薬剤やらが棚に無造作に置かれているだけである。
「オリハルコン……アダマンタイト……ミスリル……何度も思うがファンタジーだよなぁ」
青年は机の上に置かれている、かつての世界では伝説上の鉱石と呼ばれていた三種類の物質を胡乱な瞳で眺めている。
青年の価値観からするといかにも嘘くさい物体ではあるが、実際本物なんだから手に負えない。
『この世界に来てから』何百回目になるかはからないカルチャーショックによるため息をついた。
ちなみに最初のカルチャーショックは、人が漫画のように空を飛んでいるのを目の当たりにして絶叫を上げた事だったりする。
青年は三つある鉱物の中、一つを手に取り、かざすように眺める。
―――オリハルコン
別名『戦士殺し(ナイトキラー)』
現状のあらゆる物質より硬く、丈夫な金属である。
その特質はあらゆる物理的衝撃を内部に通さないという、純粋な魔法付加価値のない武具素材としては群を抜いて優秀な素材だ。
オリハルコンで武器を作れば折れず、曲がらず、刃こぼれせず、どんな頑強な鎧兜とて一刀両断、一撃粉砕する性能を持つ。
持つ者の技量によって左右されることではあるが、それを可能性せしめるだけの一品には仕上がるだろう。
しかし反面、魔法攻撃には全くの抵抗力を持たず、そのうえメチャクチャ重い。
丈夫であるがゆえに取り回しづらく、その重さも相まって非力な後衛陣の防具にはあまりむいているとは言えず、しかしどんな刃や衝撃も通さないという特質を持つため、対戦士戦にはこの上なく有効であり、魔法抵抗力皆無なため対魔法戦には全くのガラクタである。
一長一短、ここに極まれりといった極端すぎる金属であろう。
青年は一つため息をつきオリハルコンを机に置き、その隣にあった鉱物を手にとる。
―――アダマンタイト
別名『魔術師殺し(キャスターキラー)』。
その特質は一切の魔法攻撃、干渉を阻害し、触れることにより大小問わず魔法によるあらゆる事柄をキャンセルするというまさに魔術士鬼門の金属である。
その金属で防具を作ればありとあらゆる魔術をキャンセルし、魔法による阻害を一切うけず、魔術師はその防具を待とう者がいるだけで路傍の石と化す。
ただしその頑丈さ耐久力は並みの鉱物より脆く衝撃を受ければ容易く砕け散る諸刃の金属だ。
魔法を使わない戦士にとってその意味は一転し、蹂躙されるのはこちらの番となる。
重量はそこそこで取り回しも比較的しやすく、扱いやすい金属ではあるが、使い道を間違えれば簡単にその命を危険にさらしてしまうため、やはり一長一短ここに極まれりといった金属である。
青年はそれを机に置き、残る金属を手に取る。
―――ミスリル
別名『担い手殺し(マスターキラー)』
羽のように軽く、柔軟性を含み、その取り扱いは非力な者でも容易く、一定の条件を満たす限りその硬度、丈夫さはオリハルコンに迫り、魔法抵抗力はアダマンタイトにも匹敵する金属である。
さらにこの金属の最たる特徴はその装備することによる魔法付加価値である。
常時使用者の全能力を増幅させる祝福がこの金属には付加されており、その効力は並みのアクティブスキル(つまり跡付けの魔法効果)、パッシブスキル(自らが持つ常時かかっている魔法効果)より強力で、その効果が薄れることを前提にしてもアクセサリーなどに使われることが多々あるほどだ。
しかし無条件にそんなおいしい話がある訳もなく『担い手殺し』のその名は伊達や酔狂でもない。
一定条件というのは使用者の生命力……いわゆるRPGで言うHPとMPである。
使い続ければ疲労を蓄積し、戦士、魔術師とわずやがて戦闘不能に陥ってしまう。
その祝福は装備し続けている限り続き、非戦闘時でもお構いなしに使用者の生命力を奪い続け強化し続ける。
歴史上の有名なある担い手は言う、これは祝福ではない……呪いだ、と。
全くの同感である、と青年は思った。
三つの金属を鑑定し終わり、青年はどうしたものかと机にへばる。
間違いなくこの3つの金属は本物である。
この世界でも伝説の金属と呼ばれるだけあり希少価値はべらぼうに高い。
並みの金属、たとえば鉄であったりダマスカスであったりマカライトであったりすれば精製法が確立されているだけあって比較的手に入れやすい。
だがこの3つは別だ。
精製法はいまだ見つからず、『神々の落し物』と呼ばれるくらいに貴重な代物であり、まず一般人の手に渡ることはない。
渡ったとしても並みの鍛冶師では加工すらできず、運よく完成品が手に入ったとしてもまず使いこなせない。
強力な武具ほど担い手を選ぶものなのである。
ファンタジーといえどそこらへんの均衡はあるらしく極端なインフレーションを起こし、国家間戦争の火種となりえないところはよくできたシステムだと青年は思った。
願わくばこのまま均衡を保ち、下手な担い手が増えないことを祈るばかりだな、と青年は人事のように笑う。
「ま、伝説の金属や武具なんてこんなもんだ。一個人にどうにかできる事じゃあるまいしな!
―――ということでこの金属は偽者に違いない! うん、そうだそうしよう!」
依頼人がどっから拾ってきたのか知らないが、世界の平和のためには致し方ない判断であろう。
あはは~とのんきに笑い、青年は鑑定書に偽者である旨を書こうとして、
「―――へぇ、面白いことしてるじゃない」
「ひぃぃぃっ!!」
気配もなく背後に立つ人影に悲鳴を上げた。
★
「この私の依頼に手を抜くなんて……いえ、手を抜くとは言わないわねこの場合」
「リ、リレイさん……いつの間に……?」
「そう、いつの間にか鑑定書を偽造されそうになっているのよ。困ったことだわ」
ほう、と片手を頬に当て、妙に悩めしい色気のある吐息を吐くリレイと呼ばれた女性。
その空いた手には血が吸いてぇな~といわんばかりに輝く刀身が青年の首筋に押し当てられている。
「ねえ、どうしたらいいと思うこの場合? 私はどう対処したらいいのかしら、ねぇ≪シンタロー≫」
「か、鑑定士というのは非常に精密で繊細な職業ですからね……! さ、些細なことを見落としたりしちゃったりするんですよぉ?
あはは……お、おおぉ!? あんれええ!? この金属は紛れもなくオリハルコンだぁぁ!! あ、あれ、こっちはアダマンタイト、ミスリルじゃないないですか! なんで見間違えちゃったのかな~あは、あっはは~……!」
震える声で偽装しようとした鑑定書を破り捨て、新たな鑑定書を書き始めるシンタローと呼ばれた青年。
「い、色艶といい、純度といいAランクは硬い原石ですね!! さすがは国家認定Sランクハンターでいらっしゃいます、リレイさんっ!
その辺のギルドハンターとは大違い! こんな貴重な鉱石を3つも手に入れるなんてさすがですね!! よ、アストラル大陸一!」
「ありがとう。
でもね、その私が大陸を駆け巡ってやっと手に入れた物を、偽者扱いしようとする酷い鑑定士がいるのよ?」
「そ、そいつはけしからんですね……」
「そういけない人なのよ。でも私は彼がこの大陸一の鑑定士、鍛冶士だと信じてるわ。間違いなんて起こりようも無いほどの腕だとも。
その彼が鑑定を間違える……原因は疲れかしら?」
「い、いや~そうかもしれませんね? き、きっと彼は疲れているんですよ。鑑定は気を張る仕事ですからね?
こんな無骨な部屋で一日中こもることなんてざらですから!」
「そう、じゃあそんな仕事をしている彼に対して労わなければならないわね。ある意味私も彼を疲れさせているといっても過言ではないのだし……そうこんな風に」
「え、あ、あの……リレイさん?」
そういってリレイは剣を鞘に収めシンタローを後ろから愛しむように腕を回し抱きしめる。
ほのかに香る女性の香り。
リレイは香水をつけない。
それは戦士としての重要な6感の一つである嗅覚を損なってしまうからだと本人は言っている。
その言葉が本気であるのかどうかは本人にしかわからないが、事実として彼女は自分を飾ることを好まない。
自分を周りがどう見るかということに無頓着かといえばそうではない。
彼女は自分の容姿が人より優れていることを自覚している。
彼女は自分の能力が人より優れていることを自覚している
彼女はそんな自分を人がどのように思うかを自覚している。
ゆえに彼女は自分を飾らない。
ありのままに自分を受け入れる人物こそが、自分の大切にすべき人物であることを彼女は知っているのだ。
だがシンタローは思う。
それは酷く疲れる生き方であることを。
自分を飾らず偽らずに生きることは難しい。
リレイ・フォレスタ。
赤髪赤眼の国家認定Sランクハンター。
彼女はきっとこの3つの金属の武器を使いこなすだろう。
だがそれは安全ではなくさらなる危険へと足を運ばせる。
いくらシンタローが異世界人特有の≪レアスキル≫を持って作り出した武具とて限界はあるのだ。
そんな感傷にも似た思いを抱いていると、急にリレイの腕に力がこもり始める。
いや、こもり始めるって言うか……
「あの~……リレイさんみたいに素敵な方に抱きしめられるのは望外の喜びなんですけどちょっときつくっていたたたっ!」
「……でも手を抜こうとした罰はやっぱり必要よね……」
「いてててってっつーかはみ、はみでるぅ! 内臓的なものが……あ、あ、あ、やば……やばっ……た、たすけてーーーー!
このままじゃ釣られて陸に上げられた深海魚になってしまうぅぅぅぅーーー!!」
さば折って地味に痛いよね、なんて感想を抱きながら、シンタローは意識を失っていった。