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12話




 場所はファミアの訓練所。

 広くもなく狭くもない、一室で剣を持ち向かい合うように立つ二人の男達。


 シンタロー・キムラ。


 アーロン・グランヴェル。


―――辺りに緊張が走り、肌を裂くような気迫と圧力が辺りに充満している。



「はぁぁぁぁッ!!」



 気合一閃。

 先に動いたのはアローン。

 その手に持つ剣は刃を潰してあるとは言え、尋常ではない『闘気』を付加した一撃がシンタローを襲う。



「よっ」



 だが甲高い音と共にその一撃はいともたやすくシンタローの持つ『闘気』を纏う剣により弾かれた。


―――『分散』

 それは同じアクティブスキルを衝突させた場合、与えた同等のエネルギーを強制分解させるスキルである。



「なっ……!?」


「お前の『闘気』は相当なモンだが、こういう搦め手もあるんだぜ?」



 纏わせた『闘気』を『分散』によって無効化させられ、たたらを踏むアーロン。

 そしてあらかじめ弾く方向と剣先の向きを計算していたのか、バランスを崩したアーロンの目の前には、既にシンタローの返す刃によるその切っ先が突きつけられようとしている。

 だがしかし、



「く……ッ」



 退いてはいけない―――!


 そう『直感』が鳴り響く。

 アーロンは今『闘気』を解除させられた状態だ。

 間合いを取り仕切りなおさねば力負けするのは眼に見えている。


 自分の『直感』を信じ、切っ先を掻い潜るように首をひねり、わざと顔を突き出し転がるようにしてアーロンはシンタローの一撃を避けた。

 そのまま脇を抜け間合いを離そうとし、体制を整え剣を構えようとするが、



「いい判断だ……だが」



 アーロンが攻勢を緩めることを『直感』で悟っていたシンタローは、



「こういう攻撃は頭になかったろ」


「がッ―――」



 かわされた返す刃の反動を利用し、そのまま体を回転させ『闘気』を纏った後ろ回し蹴りがアーロンの腹部へと直撃する。

 その攻撃はアーロンの体を浮かし、壁へと激突した。

 訓練場内に響き渡る壁の軋む共振。

 そのまま倒れることはしなかったものの、足が震え激しい苦痛を耐えているのか剣を杖に立っているのが精一杯だ。

 だが、その決して倒れないというアーロンから感じられる秘められた激情にシンタローは口角を上げた。


 こうでなくてはいけない。


 普段温厚なアーロンだが、闘うと決めたら決して屈しようとはしない苛烈な強さを見せる。

 近衛兵は王を守る最後の砦。

 自分が屈すること、それはすなわち守るべき王の危険へと直結する事を自覚しているからだ。



「基本的にハンターはモンスターと闘うんだ。爪を掻い潜った所で後ろ足が存在する。

 アイツ等は両手両足に加え、種族によっては尻尾と牙までつかうんだぞ? 反則だよなぁ」


「……わ、私は基本的に、近衛であり……た、対人戦が主、です……モンスターと闘う、ハンターじゃ、ないわけ、ですが……っ」



 ハンター時代だった頃を思い出すように笑うシンタローに、アーロンは腹部を押さえ苦笑いで答えた。

 近衛の本来の仕事は王の警備だが、もう一つある隠された仕事が存在する。


 無法ハンターの捕獲、そして処罰。


 ただの暴漢に対しての制圧なら警備兵で賄えるが、ハンター相手だとさすがに役者不足である。

 国の依頼として国家認定ハンターに任せるにしても、その任務は少々血生臭すぎた。

 それに依頼するには多額の依頼料、候補の選択などの問題もあり、即座に対応する事が出来ないためハイリスクなのである。

 そこでその任務に当てられるのが、王の指示一つで動かせる近衛というわけだ。


 アーロンのその言葉にシンタローは視線をそらし



「…………俺に出来るってことは、他のハンターもきっとできるぞ」


「いえ、無理ですから」



 即座に帰ってくる反論。

 今まで数多くのハンターと剣を交えたアーロンの記憶には、そんな人外めいた闘い方をするハンターはいなかった。

 そもそもハンターは剣を主力として戦う。

 肉弾戦はモンスターに対しての攻撃力として必要不十分であり、逆に叩き付けた此方の体の方がダメージを負ってしまうためである。

 シンタローのように蹴り一発で人やモンスターをサッカーボールのように蹴り飛ばすほうがおかしいのだ。



「まぁいい……どうする、続けるか?」



 明らかに誤魔化すようなシンタローの言葉に、アーロンは若干のあきれを見せるが、



「……勿論ッ!」



 そう咆哮をあげると、アーロンはシンタローへと切っ先を向け、再び二人は剣を交えるのであった。




















「はぁ……はぁ……はぁ……っ」


「よーし、今回はここまでにしとくか」



 訓練所に大の字に伸びるアーロンとは対照的に、いい汗かいたぜ! とさわやかに笑うシンタロー。



「あ、ありがとう、ござい、ました」


「おう」



 なんとか体を起こし、部屋の隅へ移動すると、アーロンは壁に寄りかかり天井を再び見上げた。

 伝う汗を拭うこともなくただ息を整える。


 しばしの間訓練場に沈黙が訪れた。


 そんな中、シンタローは部屋の隅においてあった飲み物で、喉を潤わせながら口を開く。



「ぷはっ……っと。

 あ~しかしなんだな、お前は本当に強くなったな」


「そう、ですか?」


「ああ、日に日に成長してる。

 もしハンターならSSS手前って所か」


「褒めすぎ……ですよ」


「別にお世辞ってわけじゃないんだがなぁ」



 そう謙遜するアーロンにシンタローは苦笑する。

 どうもアーロンは目標が高いらしく、自らの実力を過小評価する癖があった。

 若くして女王の側近、近衛兵隊長。

 女王の贔屓ではなく、自らの努力と研鑽によって勝ち取った栄誉ある役職についてなお、まだアーロンは満足していないようだ。



「少なくとも俺の知る過去のグランヴェル家の奴等より、頭一つ抜けて強いことは確かだぜ。

 まぁグランヴェル家は武の才能だけでファミアに仕えていたわけじゃないけどな」



 グランヴェル家は代々ファミアに仕える有力貴族である。

 リレイの実家、フォレスタ家と比べれば格は落ちるものの、遺伝であるのか忠実を絵に書いた様な人物が殆どで、ある意味フォレスタ家よりもファミアに重用されてきた家系だ。

 特徴としては産まれる子供皆が皆、苦手な項目のないゼネラリストで、武だけでなく知、忠は勿論、なによりも誠実で、賄賂なんて送ろうものなら相手を即座に切り殺しかねないという、公平で頭が固いが優秀で信頼できるものたちばっかであった。

 故に困った性格であるシンタローとは馬の合わない家系なのだが、アーロンはその血を色濃く受け継ぐゼネラリストではあるが、その都度適切な対応が出来る柔軟な思考を持っていた。

 そんなアーロンをシンタローは非常に高く評価している。



「私などまだまだです」


「謙虚な奴だねぇ、お前は。

 シルヴィアに見習わせたいくらいだ。

 アイツは俺の顔を見るたびにガミガミと説教の嵐……お前は俺の母親かっての」


「……いや……はは」



 ここでアンタはむしろ遠い先祖だろ、とか、いつも問題をおこしてるからだ、などと突っ込まないあたりアーロンは出来た人間である。



「あれだ、お前とシルヴィアの子供が出来たらちょうど良い按配なのかもな」


「なぁ―――っ」


「なんだなんだ? 満更でもないんだろ?」


「わ、私がシルヴィア様と……だなんて、恐れ多いっ!

 それにシルヴィア様が私などを迎えてくださるとは……っ」


「そうかぁ? アイツはお前に間違いなく惚れてると思うがなぁ。

 それに代々ファミア王家直系の殆どは恋愛結婚で血をつないでるし、時には平民を王妃に迎えたヤツだっていたんだぞ?」



 嘘のような本当の話である。 

 通常王族というのは政略結婚が当たり前だが、このファミアに限ってはそういった仕来りが存在しなかった。

 シンタローの言った平民を王妃に迎えた件にしても、反対こそあったが、結局は最後まで頑として意志を曲げなかった当時の王に周囲が折れる形で婚姻したのだ。

 その背景にはある男がやっちゃえやっちゃえとばかりに暗躍していたのは言うまでもない。

 そんな歴史を考えればアーロンとシルヴィアに壁などありはせず、むしろ大団円のような結末なのではなかろうか、とシンタローは思う。



「もともと俺とアリアの息子から始まった王家だ。

 俺等は生粋の平民の出、アリアにいたっては両親すらわからない孤児院育ちだぞ?

 まぁ当事の俺等の情報殆ど抹消したから、今ではスゲエ美化されてるみたいだけどな、くくっ」



 だから問題ない、とシンタローが当時を思いだしたのか笑う。

 まあ、シンタローが平民というにはちょっと違う気がするが、異世界人だって平民は平民なのだ。



「それに優秀だった人間の子供が優秀である保障なんてないんだぜ?

 むしろ経験上優秀な親を持つとコンプレックスが生まれやすいみたいでな、そういった捻くれたり捻じ曲がったりするヤツってのは結構性質が悪いんだ。

 優秀でなければ、見返してやろう、何をやっても自分は駄目って怠惰や執念を持つからな。

 能力があればそれはそれでいいんだろうが、そういったヤツは自己研鑽よりコネ作りに必死になる傾向が強く、公平、誠実なんて無縁な我欲で権力をにぎっちまう。

 そうだなぁ、ガルバーナなんかがそのいい例か」



 ガルバーナはファミナより歴史が古く、貴族意識の強い国である。

 その為能力より家柄やコネがモノをいい、専横や差別が蔓延っている。

 そういった国は優秀な人材が登用され辛く、また登用されたとしても重用されずにその能力を生かす事ができないのだ。

 今はまだ王と宰相が優秀なためガルバーナの威厳を保ってはいるが、このままではクーデターが起こってもおかしくない位に国の腐敗が末期になりつつある。

 むしろモンスターという外敵の存在がいなければ、もう既に起こっていた可能性が高いだろう。

 ある意味敵の敵は味方というモンスターの存在が国の暴走に対する抑止力となっているという、なんともな現状なのだ。



「お前は今のガルバーナしか知らないんだろうが、あそこは昔、それはもう凄い国でなぁ。

 アリアが生きてた当事のガルバーナってのはまさしく一枚岩。

 威厳があり民を思う偉大なる王と、その王に絶対な忠誠を捧げ付き従う優秀な家臣たち。

 国力もあってなにより民の国に対する愛国心が強かった。

 で、ある日ガルバーナに突然モンスターの大攻勢があったんだが、騎士団だけじゃ対処し切れなくて王城が陥落寸前までいったんだよ。

 それを見た住民達は逃げ出すことはおろか、自らの命すら顧みず、武器を取って自分の国の象徴である王を守ろうと王城へつめかけ、遂にはモンスターを撃退し、見事王を守り抜いたんだ」


「―――”ガルバーナの奇跡”……ですね」


「そうだ」



 その出来事は多くの国から賞賛され、”ガルバーナには偉大なる英雄王と優秀なる臣、そしてなによりも国を思う誇り高き民が在り”と大陸中に広まり、今もなお吟遊詩人が歌う屈指の名曲とされる。

 その闘いによって失った人材も多かったが、ガルバーナは崩れなかった。

 功績を残した平民を引き上げ、能力ある者も登用された。

 さらにはその忠誠の感謝に国の蔵をあけ、身分問わずあらゆる後始末の全てを王の私財すら売り払って賄い、その名声を高めた王への信頼は絶対とも言える磐石となったのだ。

 シンタローは当事のガルバーナを、歴史上もっとも尊敬すべき国の形と考えている。



「とまあ、此処までは良かったんだが、その王の息子ってのが……これがまた偉大すぎる王の跡継ぎとして空回りしちまってなぁ。

 決して悪い人物じゃなかったんだが……」



 絶頂を極めれば後は落ちるだけである。

 その後産まれた息子は良き跡継ぎであるため、努力はするものの結果が付いてこなかった。

 焦りがやがては形を変え絶望に変わってく。

 周りはそんな王子を支えたものの、それが結局貴族に権力を与えさせる結果になってしまったのだ。

 王の名声と国への忠誠を持つ”ガルバーナの奇跡”を経験した家臣が存命していた時はそれでも良かった。

 しかし、なまじ名声を得た為、当事の家臣のその息子から孫へと世代交代が続く毎に、その大きすぎる権力に魅入られていく。

 そうして今の貴族意識の強い国にガルバーナ成り変ってしまったのである。



「まあ、要するにだ。身分なんてそんなもんだって話だな。

 どんな優秀な血筋だろうと、時が流れ時代が変われば腐敗を招くってこった。

 元をたどればシルヴィアも平民とかわりゃしないんだ。

 なら本人の望む形で結婚させてやりてぇじゃねえか。 

 王女と近衛兵隊長、大いに結構。

 お前とシルヴィアなら問題ねえだろうが、もしボンクラが産まれたとしても俺がぶん殴って教育してやるさ」


「……シンタロー様……」



 そう言い終わると、ポンとシンタローはアーロンの肩を叩く。



「という訳で俺が許す―――押し倒せッ!」


「押し倒しませんッ!!」



 サムズアップするシンタロー。

 わりと良い話が台無しであった。








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