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11話






 これはとある少女の昔話である。











 ★











「ふぁあ……と。いい天気だなぁ……」



 そう言ってシンタローはとある公園のベンチでねっころがっていた。

 当時シンタローの持つキムラ武具店は開店したばかりという事もあり、軌道に乗っておらず、暇を持て余していたのだ。

 鍛冶師とは、なによりも技術を要求される職業である。

 出来たばかりの店、さらには気まぐれな店主。

 いくら技術があろうとも、使ってくれる担い手がいなければそれを示すことなど出来ない。

 なんども繰り返した事ではあるが、実績がないうちは人付き合いというか性格がアレなシンタローの武器を使おうとするモノ好きというのはそうそういないわけで。

 ある程度時が過ぎれば1人、2人と顧客が現れ、やがてその技術が本物であると喧伝されていき、ようやくキムラ武具店というのは軌道に乗っていくのである。

 つまりの所、シンタローは暇であるという一言に尽きた。

 

 

「まぁどうせ急ぐこともないし、な」



 その言葉を師匠であるゴルヴァスが聞いたら、この男の命の保障は出来ないだろう。

 基本的に年を取らないと言う性質を持つシンタローはマイペースだった。

 出世欲は皆無、名を上げたいとも思わない。

 そもそもが鍛冶師という仕事自体が目的の為の手段でしかないシンタローにとって、この時代の移り変わりと言うのは感慨深くもあり、変わっていく町並みをただボーっと見つめている……そんな時期なのだ。



「『時が流れれば時代が変わり、人もその様相を移ろわせる。

 それは人が人であり続ける限り続く、進化とも退化とも呼べる運命である』、か。


 アリアもまた厄介なことをいうぜ、ったく」



 つまりは、

 『アンタ年取らないんだから、私達の子孫がボンクラにならないように見張って、ファミアを出来る限り平和で在り続けさせなさい』

 と言った半ば脅迫めいた遺言なのである。

 妻に頭が上がらなかったシンタローとしては、その言葉は一種のギアスの様であった。

 


「跡取りのシルヴィアもしっかりした娘に育ってるし、文句は言われない……よな?」



 現ファミア国王には、現在一人娘であるシルヴィアしか跡取りは存在しない。

 10代半ばにして利発さを見せるシルヴィアなら、なにかあったとしても立派にその役目を果たすであろう。

 周りの人材も豊富であり、特にシルヴィアとよく遊んでいたアーロンという有力貴族の息子はなかなかの男になる、直ぐに頭角を現し良き支えになってくれるだろう、とシンタローは確信していた。


 とまあ、そんなこんなで特にやることもないシンタローは、そんな事をのんびり考えていたのだ。

 そしてその数分後、


―――二人の物語は初めて交わった。



「ひっく、ひっく……うぅ、ぐすっ……」



 何処からか聞こえてくる、啜る様な泣き声。

 ふとシンタローは顔を起こし、視線を見渡すと、そこには一人の少女が物陰に隠れるようにその瞳から大粒の涙を流していた。

 しばらく様子を見ていたが泣き止む気配はない。



「……親とでもはぐれたのかねぇ?」



 だが、内心で自分の考えは違う、と判断していた。

 そうだとしたらは物陰でひっそりと泣いている理由とは噛み合わない。

 そもそも泣き方がおかしい。

 この年頃の子供はもっと、ぶぁぁぁんッ!!! と、盛大に泣き叫ぶものである。

 一応シンタローも一児の親であったのだから、その辺の機微は察していた。

 察していた、と思いたい。



「しょうがねえか」



 シンタローはよっこいせ、と年寄り(実際そうだが)のような掛け声を上げ、ベンチから立ち上がるとそのすすり泣いている少女へと歩み寄っていった。



「よぅ、元気ねぇな。腹でも減ったか?」



 最低のコンタクトである。

 その声に気付いたのか、少女は顔を上げる。

 そしてしばしシンタローを覗き込むように見上げた後、



「ぐすっ……お兄さん、誰ですか?」


「ふ、お前は巧く世間を渡っていける才能を持っているぜ」



 おじちゃんではなくお兄さんと呼ばれたシンタローの少女への高感度は急上昇した。

 そしてこの年頃で敬語を使う礼儀正しさも高評価だ。

 


「まあ、通りすがりの……なんだ? 鍛冶師、なのか?」



 長く生きたシンタローは自分の事をどう例えたらいいものか困り、疑問系で少女の問いに答える。

 実に頼りない大人である。

 そんなシンタローの様子に害意がない事が分ったのか、少女は自然と泣き止み興味をシンタローに移したようだ。



「鍛冶師……? それってなにをするんですか?」


「ふむん……どういったらいいのかね。『剣』って分るか?」



 しばし少女は考える。

 その短いながらの人生の記憶をたどって、答えを探しているのだろう。



「……ハンターさんが持ってるアレのことですか?」


「おお、よく知ってるな。正解だ」



 ポンポン、と軽く少女の頭を撫でてやると、少女はくすぐったそうに目を細めた。



「鍛冶師ってのはそれを作る仕事ってとこだな。

 ……まぁ、俺の事なんかどうでもいいか。

 ところでお前、さっきまで泣いてたみたいだが何かあったのか?

 やっぱ腹でも減ってんのか?」


「お腹は減ってません……」


「はぁん。じゃああれか、喉が渇いたんだな」


「……なんで食べ物限定なんですか」



 いいツッコミである。

 


「なんだ、食いモン関係じゃないのか。

 そうするとあれか、人生にでも絶望したか?」

 

「…………そうかもしれないです」


「マジでッ!?」



 聞いた本人がビックリである。

 よもやそんな重い問題が答えであるとは想像もしていなかった。



「ん~……人生に絶望か。

 お前も年に似合わず苦労してるんだなぁ」


「……お兄さんほどじゃないです」


「お前それ謙虚じゃないからな? 結果的に俺がまるで苦労人で人生絶望しちゃってるみたいな事になってるからな?」



 そんなやり取りが可笑しかったのか、少女はあはは、と初めて笑みを見せた。

 まるで花が咲くような、自然と人を惹きつける魅力のある笑顔だ。



「まあなんだ、なんか嫌なことでもあったんだろうがな。

 悩みってのは人に話すと楽になるもんだ、話し相手ぐらいにはなれるぞ?」


「でも……迷惑では……」


「気にするな。どうせやることもなくブラブラしてただけだからな」



 この年で言ってて少し悲しくなる言葉ではあるが。



「じゃあ……聞いてもらってもいいですか?」



 そう言って少女はシンタローと向き合い、話し始めることになった。





















「…………まあ、大方の事情はわかったがな」






 少女は語った内容はこうだ。


 自分は両親の顔も知らない捨て子である。

 物心付いた頃には孤児院に引き取られており、それが当たり前のように思っていたそうだ。

 

 孤児院の人たちは皆、自分に親切にしてくれていて不満はなかったと言う。

 同じように引き取られた子供達も大勢おり、仲も良く寂しくはなかったらしい。

 そんな風に変わりない日常を過ごしていた少女。


 だがある日、そんな少女の価値観に皹を入れる出来事があった。

 物心付いたときから一緒に育った友達であり家族だと思っていた子供に、本当の両親が迎えに来たという。

 

 その両親の話によればお金に困り借金をしていたらしく、子供を健やかに育てられる環境を提供できない事に苦痛を覚え、自分達と苦労をするくらいなら……そう思って孤児院に預けたらしい。


 そして数年が過ぎ、ようやく子供を養えるくらいの蓄えが出来た頃、その子供を引き取りに来た。

 そうして子供は両親の手に引かれ幸せそうに孤児院を後にしたのだという。

 

 まあ、何処にでもありそうな話である。


 別に少女は特にその両親を責める気持ちを持たなかったらしい。

 一度手放したとはいえ、それは事情があり、結果として迎えに来ているわけなのだから。

 愛情がなかったわけではない。

 出て行くときの家族だった友達も、最後は笑顔だったのだから。


 それで話が終わればただのいい話である。


 だが少女はそれをみてこう思ってしまったのだ。



『私の両親は何故自分を孤児院に預けたのだろう』



 孤児院とは親に捨てられた子供のいる場所だと言う今までの認識が崩れ、もしかしたら自分も何かの理由があって預けられたのではないか。

 そう思ってしまったらしい。


 しかしいくら待てど両親は自分を迎えには来なかった。

 やっぱり自分は友達とは違い、愛もなく捨てられた子どもだったのではないか。


 否定したくても否定できる要素はない。

 だから悲しい。

 例外があることを知った分それは余計に心を軋ませた。


―――そして今に至るという。





「要するに自分が愛されてなかった、その事実が悲しい訳だ」



 その言葉に少女は力なく頷いた。



「はぁん」



 再び泣きそうになっている少女を見て、シンタローは、



「なら、少しだけだが慰めになるのかもしれないな」


「?」



 そう言って腰から取り出したハンマー(らしきもの)。

 それを少女の手に握らせた。



「ウンディーネ」


【ん、なんじゃ? 妾にようかの?】


「わわっ!!」



 少女は突然喋りだしたハンマー(らしきもの)を落としそうになるが、慌ててそれをつかみなおす。

 


「こ、これ……今何か……」


【ほう、妾の声が聞こえるか嬢ちゃんよ】


「やっぱりか。そうじゃないかな、とは思っていたんだが」



 シンタローのスキル『感応』、『直感』。

 それらがもしかしたらこの少女にはという、どこか漠然とした予感があったのだ。


 シンタローは口元に笑みを浮かべながら、少女からハンマー(らしきもの)を受け取る。

 そして口を開いた。



「『巫女』だな」


「『巫女』……?」


【ほほぉ、珍しい。最近この手のスキルは多く持たぬからのぅ、余程両親に愛されて生まれた子なのだろうて】


「ま、そういうことになるよな。これ系のスキルは特に習得が難しい。

 精霊教徒でもない限り、殆どは遺伝で生まれ持つものだからな」



 ハンマー(らしきもの)と会話をするシンタロー。

 傍目から見れば独り言を呟いたように見えるかが、少女だけはその声が聞こえていた。



「まあ、つまりだ」



 ハンマー(らしきもの)を少女に向けて、



「お前は間違いなく両親に望まれ、愛され生まれてきた子どもだって事さ。

 ……多少は救いになったろ?」



 ニヤリ、と底意地の悪いような人を食ったような、だがしかしどこか温かみを持った笑みを少女に向けた。

 少女は呆然としながらもその言葉を反芻する。


―――私は両親に愛されていた……本当に?


 その瞬間、少女は胸にある想いが灯るのを感じていた。






―――愛されていた、もしそうなら……会ってみたい。






 迎えに来れないのだったら此方から迎えに行けばいい。

 困っているのだったら手助けをしてあげたい。


 ……心が軽くなるの感じる。

 


 自分は両親に望まれ、愛されて生まれてきたのならその愛に報いたい。


 自分を孤児院に預けたのは事情があって、今もまだ困っているのだったら……





 そのためにはまずやるべきことがあった。































「ふぁあ……相変わらず閑古鳥の鳴く店だなぁ」



 公園の出会いから数年が経ち、ようやく鍛冶師として軌道に乗り始めたとはいえ、未だ顧客の数は少ない。

 あくびをかみ締めながら、カウンターでボーとしているシンタロー。


 その時、



「あの~ごめんください」


「お、お客か?」



 カウンターから顔を起こし、目元をこする。

 来店してきた客のいるだろうドアに目線を向けると、そこには、



「…………やっと見つけました」



 そうにこやかにカウンターへと進む少女。

 その声と人を惹きつける魅力的な笑み。


 シンタローは過去に公園で出会った少女のことを思い出した。



「……あ、あぁ~! あの時の……っ!!」



 その反応に可笑しそうに笑うと、あの時に比べ成長した姿でその口を開いた。



「Fランクギルドハンターの≪ユフィ・イシュタル≫です。

 ―――どうか私に剣を打って頂けませんか?」



 




 



 そうしてユフィ・イシュタルはハンターとしての物語を始めたのである。









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