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10話



「お邪魔するわね」



 そう言ってキムラ武具店のドアをくぐるのは、赤髪赤眼の女性。

 リレイ・フォレスタである。

 所どころに付く防具の傷や痛み具合からみると、今回の旅は相当なランクの危険区域まで行っていた事が容易に想像できた。

 この女性は好んでそういう危険地帯に足を踏み入れるという少々危なっかしい悪癖がある。

 だが、自分の実力を過信することはなく身の丈に合わない旅は決してしない。

 背反する理性と好奇心。

 今は理性が好奇心を抑えている形だが、なにかの拍子にそれは逆転しかねない危ういものだ。

 それゆえにあまり性能のいい武具を作りたがらないシンタロー。

 実力は間違いなく超一流。

 後は経験を伴っていくうちに落ち着いて行く事を願うばかりである。


 リレイはそのまま、つかつかとシンタローが座っているカウンターまで寄ってくると、



「鑑定お願い。あ、後全装備の手入れもね」



 どさ、とおもむろにスペースバッグが置いた。

 相変わらずマイペースな人だな、という感想を抱きながらもシンタローは口に出さず、スペースバッグを受け取り、中を改め始めた。

 


「まいど~。

 その様子だと結構遠くまで行ったみたいっすね、ちょっと鑑定に時間が掛かるかもしれないけどどうします? 

 確かリレイさんの自宅って貴族住宅区の3丁目でしたよね。

 そのくらいの距離なら届けに行ってもいいですし、一旦自宅に戻って休んだらどうです?」


「不要よ、ここで待たせてもらうわ。

 あの屋敷に帰っても肩が凝るだけだし、特に疲れてもいないしね。

 それに色々話したいこともあるし……」



 そう言ってリレイはカウンターの傍にある客用の椅子に座り、背もたれに持たれ掛けぐだり始めた。

 

―――屋敷、貴族住宅区、肩が凝る。


 この言葉で察することが出来るだろうが、この椅子に座り寛いでる女性は、本来ハンターなんて職業とは無縁のご令嬢だったりする。

 フォレスタ家というのは貴族の中でも歴史が最も古く、過去何度も王族と血が交わっている貴族中の貴族なのだ。

 というよりファミアの歴史の一ページから登場する初代国王の妻であり、王妃の家系(傍系ではあるが)なのである。

 王妃の両親はこの国の基盤を作った4人のハンターとは特に親交が深かったとされており、その子孫は優秀な人物が数多く輩出され、今もなお国の政に携わる人物もいる。

 その筆頭がリレイの兄である、≪グレイ・フォレスタ≫だ。

 武官としての才能はないようだが、文官としてはかなり優秀らしく、リレイと4つしか違わない25歳という若さで、宰相ロンダール・マクガフェンの副官、右腕とまで呼ばれている程の実力者だ。


 知のグレイ、武のリレイ。


 幼い頃からフォレスタ兄妹はその才能の片鱗を見せており、メキメキとその実力をつけていった。

 このまま行けばフォレスタ家がファミナの両翼となり、さらにこの国は飛躍するだろうと期待されていたのだが、ある日突然リレイはハンターを目指すようになる。

 その理由は未だ本人が明らかにしていないため不明だが、ある情報によると、とある男が関わっているとの事である。

 

 とまあ、普通なら話しかけることも出来ないほどの高貴な生まれだが、カウンターの客席に座ってぐだっている様子を見ると、まったくもってその片鱗が見られないのだから面白いものだ。



「へぇ……なにか面白い事でもあったんです?」


「まあ、それなりにね」


「それは重畳です」



 シンタローがスペースバッグの中の品物を鑑定してる間、そんな世間話のような会話を続けていく。

 結構な量が詰まっているのか、その中身はなかなか底を見せない。

 ぱっと見ではわからないが満足げな表情を浮かべているところ、よほど収穫のあった旅だったようだ。

 そうして見積表とともに品物を鑑定していくシンタロー。

 ぐだるリレイ。

 カウンター越しにポツポツと続けていた会話が、突然シンタローの手と共に止まった。



「…………」


「? どうしたの?」



 不思議そうに問いかけるリレイ。

 席から顔を伸ばし、止まった手を覗いて見ると、その手に握られていたのは一つの≪球体≫。

 大きさはビー玉くらいだろうか、透き通るような薄青色をした綺麗な玉。



「あの~……つかぬ事をお聞きしますけどね?」


「何?」


「これ、何処で採ってきたんです?」



 震えるような声でシンタローはそう問いかける。

 その言葉にリレイはニヤリと笑みを浮かべた。



「貴方はそれが何なのか分るのね? ふふ、やっぱり私の目に狂いはなかった。

 シンタロー、貴方は大陸一の鑑定士だと、これで今確信に変わったわ」


「いや、それは有難い言葉なんですがね? って、これぇぇぇぇぇっ!!!」



 シンタローは何度も≪観察眼≫を使いそれを改めるも、結果は何度やっても変わらない。

 間違いであってくれ、そう願いつつリレイに先を促すと、かえって来た言葉は予想と変わらなかった。



「”NONAME”モンスターの落し物♪」


「やっぱりかぁぁぁ!!」



 シンタローは頭を抱え思わず叫び声を上げてしまった。

 その様子にリレイは珍しく大口を開けて笑った。



「あっはははは! 『精霊の加護』っていうのがどの程度の効果なのか分らなかったから、最初はSS危険地帯で様子を見てたんだけどね。

 いや、『精霊の加護』って凄いのね。

 今まで苦戦してたモンスターがあんまりあっさり倒せてしまうものだから、ついSSS、≪UNKNOWN≫と足を踏み入れてしまって……」


「SSSで踏みとどまれぇぇぇぇ!! アンタなにッ!? ≪UNKNOWN≫にまで踏み込んだんですかッ!?」



―――UNKNOWN


 その名の通り、「未確認」を意味する言葉である。

 現状地図に記されているのは、アストラル大陸の約6割だと言われている。

 長い時をかけハンターが地形を確認し、その地図を記し続けてはいるが、それでも未だに6割までしか分析されていない。

 ハンターは後に続く者の為の先達となるべし。

 それは遥か過去から続く伝統、ハンターの不文律である。

 そうして確認されている危険地帯別に、様々な面から考察しA~SSSと振り分けているが、その場所の詳細が判らない事には危険度は振り分ける事ができない。

 ゆえに地図に記されていない詳細不明な場所を未確認、≪UNKNOWN≫と称しているのだ。


 歴史上数々のハンターが名誉、好奇心、素材などを求めUNKNOWNの地に足を踏み入れてきたが、まず99%そのハンターは帰ってこない。

 帰ってきてもその体の何処かに致命的な傷を負い、再起不能になる者が殆どだ。

 UNKNOWNとは、それほどに危険な場所なのである。


 数々のハンターが命を散らしていくその理由は、大きく分けて3つあるとされる。


 1、情報不足による事故、遭難。それによって起こる食糧不足、疫病。


 2、人が踏み入れるには過酷な環境であること。


 3、NONAMEと呼ばれる、名前の付けられていない未確認の凶悪なモンスターの存在。


 その他にも様々な要因があるとされるが、まずこの3つによる死亡が殆どであるとされる。

 

 そして今シンタローが手に持つ≪球体≫。

 リレイの話、シンタローの観察眼を考慮し判断するに、間違いなくNONAMEモンスターからの戦利品なのであろう。

 どのような文献にも載らない正真正銘人の手に渡った最初の代物である。

 これがどんな価値を持つのか。

 歴史的価値? 資料的価値?

 とてもではないが値段など付けられる物ではない。



(ウンディーネ)


【うむ、これは間違いなくUNKNOWNに生息する、クリスタルボアの胃で精製されるという”水晶珠すいしょうず”じゃな】


(やっぱり間違いないのか……)


【クリスタルボアっつーのは、水晶を好んで食べるイノシシみたいなモンスターでな。

 アストラル大陸中のモンスターの中でも、強さは上の下って所か】


【しかし上の下とはいっても、SSS危険地帯にいるモンスターは、どんな強力なものでも中の上。

 リレイならUNKNOWNでもやっていけるのでは、と思ってはいましたが、まさかこれほど早く戦果を挙げてくるとは……】



 さすがの精霊も驚きを隠せない様子である。

 


【水晶珠というのはクリスタルボアの胃の中で精製されるものだが、滅多に見つかるものではない。

 よほど運が良かったのか、はたまた必然と考えるべきか……】



 要するに、SSS危険地帯のモンスターより強いモンスターを倒し、さらには滅多なことでは手にはいらないモノを、UNKNWONに生息するNONAMEモンスターから収穫したという事だ。

 途方もない事態にシンタローは頭を抱える。



「で、どうなの? 結構価値がありそうな物なの?」



 リレイは上機嫌にそうまくし立てる。

 どうやら自分がなにをしてしまったのか分っていないらしい。


 そんなリレイの様子に溜息をつきながらシンタローは説明をし始めた。



「まず、これは”水晶珠”といって、クリスタルボアっていうモンスターの胃で精製されるモノです」


「へぇ……」


「なんでも滅多に精製されないって精霊も言ってましたから、よほど運が良かったと考えるべきだと思いますよ」


「そっか、それならいいわ。実は少し不安ではあったのよね。

 そのクリスタルボア? っていうのが偉く強くて頑丈でね、剣じゃ全く切れないし刃が立たないから苦労したのよ。

 一応この剣はオリハルコン比率28%……だったかしら、切れないなんて普通思わないじゃない?」



 現状最も硬く頑丈だとされるオリハルコン。

 配合比28%とはいえ、それだけの比率なら普通のモンスターはバターのよう真っ二つである。

 その剣でも切れないとなると、よほどの頑丈さをクリスタルボアは有しているのだろう。



「そんなモンスターによく勝てましたね?」


「大変だったけど、なんとか辛勝といったところかしら。

 決め手になったのはこれよ」


「……げ」



 そう言って耳に手を当て何かを外し、手から取り出されたのは純ミスリル製のピアス。

 シンタローが以前使ってしまったリレイの3鉱石は、剣や盾に配合するには量が少なかった為、ならば装飾品に加工しようという事で作ったものである。

 量が少ないとはいえ純ミスリル製のピアスは、その魔法付加価値により使用者の生命力と引き換えに能力を増幅させる効果を持つ。



「『精霊の加護』のお陰で体力が上がったこともあるし、何より自然治癒能力強化ね。

 どうもこのピアス、その強化された治癒効果のお陰で、治癒と生命力吸収が均衡するバランスになったみたいよ。

 戦闘前は付けてなかったのだけど、さすがにこのままじゃやばいかな、と思ったとき一か八かで付けてみたら、案外負担がないし、強いて言うなら怪我の治りが気持ち遅くなった程度かしら。

 ……こういうのを怪我の功名とでもいうのかしらね?」


「その節は誠に……」



 瞬間フライング土下座である。

 その姿をニヤニヤしながら見下すリレイ。

 実にSである。

 

 

「まあ、刃は通らずともそれでようやく『闘気』と『魔法剣』が効き始めたから、内部にダメージを蓄積させ続けて……そうね、1時間くらい?

 ようやく倒れたと思ったら、モンスターの口からゲロっとその球体が―――」


「聞きたくなかった! そんな言葉、鑑定士としても女性の口からも聞きたくなかったっ!!」



 ちなみに何気なさげに言っている『闘気』と『魔法剣』だが、両方使えるのはおそらくリレイぐらいのものだろう。

 『魔法剣』というのはその名の通り、魔法を剣に付加するスキルであるが、前提として『魔力資質』というスキルが必要となる。

 あらゆるスキルは修練によって取得することができるが、基本的に『闘気』を使えるものは剣士としての道を進み、『魔力資質』があるものは魔法使いとしての道を進んでいく為、両立しようとする考え自体が既に規格外なのである。

 その両方を所持しているだけでも珍しいが、リレイはそこからが違う。

 

―――彼女は『闘気』と『魔法剣』を”同時に扱うことが出来る”。

   

 これはシンタローの持つ膨大な記憶の中でも、リレイ唯一人だけの技術である。


 『闘気』+『魔法剣』+『精霊の加護』+ミスリルによる『全能力上昇』+オリハルコンの剣。

 その合計された攻撃力がいったいどれほどのモノになるのか。

 そしてそれを一時間耐えたというNONAMEモンスター。

 そんなモンスターがうじゃうじゃといるUNKNOWNという地帯は、それほどまでに危険な場所なのである。

 


「本当はモンスターの体ごと持ち帰りたかったのだけど、さすがに≪UNKNOWN≫で嵩張る荷物は持てなかったし、剥ぎ取ろうにも刃がそもそも通らないとあってはね。

 収穫なしっていう結果も覚悟してたから、ソレが価値のあるものでよかったわ」


「まあ、NONAMEモンスターの死体は貴重ですからねぇ」



 普通の確認されたモンスターの死体をそのまま運んでも、需要のある部分以外は全く価値を持たない。

 だがNONAMEモンスターなら話は別になってくる。

 その生態、構造、弱点などを研究することが出来る為、後に続くハンターへの何物にも変えがたい贈り物となるのだ。

 もちろん資料的価値としても高く評価されるため、買取額は相当な値段となる。



「で、結局その……えーと”水晶珠”? どんなモノなの?」


「そうですねぇ……」



 その問いかけに、改めて色々な視点から観察するシンタロー。



「まず分かっていることは、この大陸では誰一人として所有していない事。

 この時点で相当なプレミアが付きますから、リレイさんが望むなら何処まででも値段は吊り上げられるでしょうね」


「へえ。でも私は特にお金に困ってないから、売るつもりはないわ。

 その付加価値が気になるところね」



 大貴族フォレスタ家のご令嬢であるリレイ、有り余るほどの資産を所有しているのだろう。

 まあ、その資産をハンターとして誇り高いリレイが手を付けるとは思えないが。

 お金ではない何か求める……それこそがリレイの行動原理なのだ。



「後はそうですね……鉱石としての価値はなさそう、かな。

 持っていて違和感があるわけでもない事から、呪いの類も掛かってませんね。

 ……ん~これ以上はもうちょっと時間をかけないと分らないです」


「そう、じゃあ鑑定を引き続きお願い。

 暇があるときでいいわよ、まずは私の装備と見積表を優先してもらえるかしら」


「わかりました。じゃあ預からせてもらいます」


「今度は大切に、ね?」


「厳重なる管理をお約束いたします」



 再び即座のフライング土下座。

 ちょうどいいところに頭があったのか、自然に何の気負いもなく足で踏みにじられるシンタロー。

 やはりこの女性、Sである。



「ま、別にそんな厳重に保管しなくてもいいわよ。

 むしろ紛失して今度は『精霊の祝福』を代価にってのも悪くないわ。

 っていうかその方が私にとっては嬉しいかも」



 そう嬉々として語るリレイ。

 よほど『精霊の加護』が気に入ったのだろう。



【この嬢ちゃん、清清しいほど妾達を敬う気ゼロじゃの】


【一応この世界の神様みたいなモンなんだがね、俺達】


【まあ最近のワシ達は威厳もへったくれもないからな、無理もあるまい】


【……否定できないのが切ないです】



 対象になんとも言えない表情でいるだろう精霊たち。

 そんな精霊の言葉が聞こえないリレイは、ふあっ、とあくびをすると、



「さて、なんだか安心したら疲れが出てきたみたいね。

 見積表も装備もまた後日取りに来るから、今日はもう帰るとするわ。

 じゃあよろしくね」



 あくまでマイペースに椅子から立ち上がり、ひらひらと手を振りながら店を出て行った。

 その姿を見てシンタローは、



「ハンターらしいハンターというかなんというか。

 リレイさんにとっては、旅をすること自体が目的なんだろうな」



 軽く肩をすくめた後、残る収穫物を鑑定し始めるのだった。






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