9話
「ん……?」
「げ……」
「貴様……キムラ、か。
なぜ此処にいる」
「見て分らないのかよ、買出しだ」
場所はファミア城下街、露店商通り。
その名の通り、此処には様々な国から訪れる商人や、店を持たない流れの旅人、さらには自家栽培をしている農家、小遣い稼ぎの主婦などなどが売り物を用意し、売買を行うフリーマーケットのような市場である。
ここには商店街に揃えられている正規商品やブランド物ではなく、珍しいモノや掘り出し物が流通しており、連日人が絶える事がない。
ここ、ファミアは他の国と比べても比較的生活水準の高い国である。
それをたらしめているのは、比較的気温差のない大地であることはもちろん、関税を一切かけない露天商の専売特区が国によって補償されていることが大きい。
役所で手形を購入すれば何を売るにも自由で、値段も露天商が設定できることもあり商人が各国から様々なものを持ち運んでくる。
偽者も多いが本物も多い。
買う人がその目利きによって選んで買った商品なのだから、その責任は全て本人の負担となる。
ただあまりにも悪質な場合、国によって罰則をうけるが、基本的には個々の良心にすべてを委任しているのが現状である。
安全が保障されているものが欲しいのなら商店街で、保証はないが安くて珍しいモノが欲しいなら露天商通りへ。
それがこの国の流通システムなのである。
とまあ、そんな感じで自分の目利きに自信を持っているシンタローは露天商のほうをよく利用しており、今もストックの少ない鉱石、薬剤、掘り出し物目当てに訪れていた。
「……ふん、貴様の顔を見る羽目になるとはついてないな私も。
手早く済ませねばなるまい」
「…………顔を見るなりその発言はないんじゃない?」
どうやら目の前の男も目的は同じらしく、数ある露店商の中でも特に鉱石を幅広く扱っている露店でばったりと顔を合わせたというわけらしい。
この男の名前は≪グレイズ・オーレアイ≫。
シンタローと同じく鍛冶師であり、ファミアの鍛冶師の中でも指折りと名高い腕を持つ青年である。
「しかしお前が露店に顔を出すなんて珍しいな。商店街の鉱石店で仕入れてるもんだと思ったが」
シンタローのその言葉にグレイズは心底呆れたように口を開く。
「馬鹿か貴様は。鍛冶師足るもの、同じ鉱石でもよりよい品質のモノがあればそれを優先して使い、武器を打つものだ。
鍛冶師とはハンターの命を預かっているも同然。
顧客の信頼と安全を得るために品質が保障をされた商店街から多くを仕入れるが、より品質の高い鉱石が商店街だけに存在するわけではない。
だが露天商は品質が保証されているわけではないからな、この目で判断するため自ら足を運ぶ当然だろう」
「はぁん、でもお前の所の店は繁盛してるんだろ? ここには商店街より品質の高い鉱石なんてほとんどないぜ? 見つかったとしても、お前の店の規模からすると雀の涙程度だろうに」
「貴様のような閑古鳥の鳴いている店と一緒にするな。
それに無駄足となっても別にかまわん。
私には私の打つ剣が、よりハンターの命を永らえる為のモノであるようにという信念がある。
その可能性が一縷でもあるのなら労力など惜しむことは出来ん、それが責任と言うものだ」
「その信念は立派だぜ、本当にな」
「ふん、貴様のように気分で剣を打つ者にわからんだろうよ」
「いや、褒めてるじゃん俺っ!」
グレイズの持つ店はその品質もさることながら、こういったグレイスの鍛冶師としての高い矜持もあって、その信頼を集め多くの専属ハンターを抱えている大型店だ。
対するシンタローの店は、品質こそ高いが顧客を選びすぎるシンタローの性格によって、専属が少なく客層も偏りまくっている。
グレイズの腕は決して悪くないが、技術ならばシンタローのほうが間違いなく上だ。
信頼と言うモノがいかに大事かを教えられる結果である。
「……あのなぁ。結局専属ハンターはお前のほうが多いんだし、一々俺を目の敵にすることはないだろう?」
そんな二人はとにかく折り合いが悪かった。
お互いを認めてないわけではない。
シンタローはグレイズの鍛冶師としての有様に素直な賞賛の心を持っていた。
たとえFランクだろうがSランクだろうが、使う鉱石、打つ剣を区別することはなく、今出来る最高の仕事をしようとする……そんなグレイズを尊敬すらしている部分もある。
努力を決して怠らず、上へ上へとその高みを目指し、そのための労力を惜しむことをしない。
このファミアに一体どれだけそんな気高いを信念を持った鍛冶師がいるのか。
グレイズはいずれ歴史にすらその名を刻む、半ばそんな確信めいたものをシンタローは抱いているくらいだ。
逆にグレイズはシンタローの腕を誰よりも認めていた。
自分が初めて敗北感を抱いた鍛冶師であり、その打つ剣は見事の一言に尽きる。
ある程度腕に自信を持ち始めていたグレイズは、シンタローが打った剣を見てその自信を失いかけたほどだ。
グレイズはまだ若い。
未だ3鉱石の加工にはどうしても経験がたりず、同じ年頃であろうシンタローがそれを見事に成し遂げる様を見る度に己の未熟さを痛感する。
だがそんな彼の専属の中にはSランクオーバーも多数存在している。
そんな腕利きのハンターが貴重な3鉱石を自分に預けるたびに、自分の不甲斐無さとシンタローの打った剣が頭によぎり、その重圧に耐え切れず以前こんなことを言った事があった。
『私には3鉱石を巧く加工し性能を引き出す自信がありません。
キムラ武具店という店があります。
その店ならきっと貴方の剣はよりもっと優れたモノとなるでしょう』
それはグレイスの生まれて始めて零した弱音。
だがその言葉にハンターはこう返したのである。
『他は知りませんが、僕はより優れた性能だけが、優れた剣の条件だと思っていません。
貴方はいつも最高の仕事をしようと努力をしている。
ハンターは命がけの職業です。
もし剣の性能によって死ぬ事があるとしても、貴方の剣ならば悔やむことはないと思うからこそ、貴方に剣を打ってもらっているのです。
後、此処だけの話……実は昔友人とそのキムラ武具店に行ったことがあるんですけどね、そこの店主カウンターでイビキかいて寝てたんです。
それを見た瞬間、ああ、僕はこの人の剣を信頼することは出来ないな、そう思って引き返してしまいましたよ』
笑いながら言うその言葉にどれだけ自分が救われたのか、あのハンター知らないのだろう。
こんな自分でも認めてくれる人が居る。
”優れた性能だけが、優れた剣の条件”ではない。
この言葉を彼は終生忘れる事などしない、そう胸に誓ったのだ。
それがゆえにグレイズはシンタローのその技術と性格の乖離が腹立たしくてならない。
「目の敵にもしたくなる。それほどの腕を持ちながら、その剣を何故多くのハンターに持たせようとしない」
「は?」
「多くの専属ハンターを抱えている、そう言ったな? その通りだ。
私の腕には多くの命が掛かっている、それは大きな重圧だ」
「…………」
「貴様の人格は最低だがその実力は認めている。
だからこそ気に入らん。
その腕はもっと多くのハンターのために振るわれるべきではないのか? 貴様の心がけ次第で、より多くのハンターの命を危険から守れるのだという事にいい加減に気づけ」
グレイズは自らの矜持よりハンターの命を優先しろ、とそうシンタローに語る。
今目の前に居る気に入らない男は、それでも腕だけは超一流なのだ。
その証拠にシンタローの専属であるリレイ、ギルティン、ユフィなどはファミアだけでなく、大陸にその名を轟かせる凄腕のハンター達である。
もちろんそれは彼らの実力があってこそのモノだが、その持つ武具の占めるウェイトも決して小さなものではないだろう。
その他にもD~Fなどのいわゆる駆け出しハンターも数人専属が居るが、嘘か誠かシンタローが専属する彼らには、ハンターの間で囁かれているある噂が存在した。
―――キムラ武具店の剣を持つハンターは、他のハンターと比べ”死傷率が低い”
シンタローの人柄を知るハンターや鍛冶師はただの偶然、もしくはハンターの腕で客を選んでいるからだと思うものは少なくない。
だがグレイズはその噂を唯の噂だと思ってはいなかった。
何故なら彼はシンタローの打つその剣を見て、その技術に確信を持っているからである。
通り一遍の剣を打つのではない。
その担い手の特徴に合わせた、ぱっと見では分らない細部にまで至った細かな気配りが施してあり、それを看過するだけの技術をまたグレイズも持っている為だ。
だからこそ歯がゆい。
そこまで出来る腕を持ちながら何故もっと多くの者に―――
「…………俺は気に入った奴にしか剣は打たねえよ。ずっとそうやって”生きてきた”からな」
「……それが貴様の信念ということ、か。
私には一生理解できそうにないな」
話しながらも大方の鉱石を見繕っていたのだろう。
品質のいい鉱石はないと判断したのか、グレイスはその手に何も取らず、その場から踵を返した。
数歩進んだ後、シンタローに背を向けたまま立ち止まり、
「貴様の才能が妬ましいよ、私にもっと技術があれば……あんな事にはならなかったと思うと、余計にな。
……いや、コレはいい訳だな。忘れろ」
グレイズの手の甲は白くなるほど握り締められ、そしてやがて弛緩する。
その言葉を最後に、グレイスは振り向くことなく露店通りからその姿を消していった。
シンタローはその後姿を見つめていたが、やがてその背中が見えなくなることを確認すると、
「……グレイズ、お前は勘違いしてるぜ。
俺の腕は所詮、長く生きてきたことによるその経験の蓄積に過ぎない。才能なんて呼べるほど大したものじゃないんだよ。
お前がファミアに居るからこそ、俺はこうして怠けていられるのさ。
そして今を生きるお前のような人間こそが―――このファミアを、大陸を担っていくべきなんだ」
そう自嘲するよう呟くと瞳を閉じた。
「この”時代”にはもう……俺の存在は必要ないのかもしれないな」
皮肉気に軽く溜息をつく。
買い物をする気分ではなくなったシンタローは、露店外に背を向け帰路についていった。
『時が流れれば時代が変わり、人もその様相を移ろわせる。
それは人が人であり続ける限り続く、進化とも退化とも呼べる運命である』
せめてこのファミナだけは、進化という運命であってほしい。
それが自らのエゴであったとしても、シンタローはそう願わずにいられなかった。