第9話「DELETE:存在しないアカウント」
前書き:
「アカウントを消せば、すべて無かったことになる」
そう信じていた時期が、僕にもありました。
……あなたのスマホの「初期化」ボタン、今、勝手に赤く光っていませんか?
本文:
視界が、完全に灰色に染まった。
指先も、喉も、心臓も。すべてが冷たい石の檻に閉じ込められ、佐伯勇人という人間は「動かぬ石像」と化した。
だが、意識だけは、熱を持った電子信号としてスマホの回路の中に吸い込まれていく。
目の前に広がるのは、無数の「認識枠」がうごめく地獄のタイムライン。
そこには、勇人が『招待』してしまった妹が、自分の部屋で怯えながらスマホを見つめるライブ映像が映し出されていた。
『お兄ちゃん……? なにこれ、消えないよ……。後ろに、誰か……変な地蔵がいるの……ッ!』
妹の背後に、あの首のない地蔵がゆっくりと実体化していく。
「やめろ……! 止まれ!!」
勇人の魂が、電子の海で絶叫する。
その時、画面の隅に、バグのようなノイズと共に隠されたコマンドが浮かび上がった。
『管理者設定:全データの物理消去』
これだ。この村のシステムそのものを、内側から破壊する唯一の方法。
だが、その実行条件には、血の気が引くような一文が添えられていた。
『注意:実行した場合、このドメイン内の全データ(命)は抹消されます。実行者の存在は、歴史上から「最初からいなかったこと」として削除されます』
自分が消えれば、妹は助かる。
勇人は迷わず、石化したはずの意識を振り絞り、そのボタンに「ログイン」した。
――実行しますか? [YES] / [NO]
勇人が [YES] を選ぼうとした、その瞬間。
「……あはっ、見つけちゃった?」
美波の声が、回路の奥底から響いた。
画面いっぱいに、美波の「石化した笑顔」が拡大される。
「勇人、それを選んだらどうなるか教えてあげる。妹さんは助かるわ。でもね、あなたの存在が消えるってことは、『お兄ちゃんに助けられた』という記憶さえ消えるってことよ。彼女は、理由もわからず、ただ暗い部屋で、一生『見えない何か』に怯え続けて生きるの。それって、死ぬより残酷じゃない?」
「それでもいい……! 妹が、石にならなければ……ッ!」
勇人は叫び、実行ボタンを叩き潰した。
世界が、真っ白なノイズに包まれる。
村が、石像たちが、美波が、そして勇人自身の記憶が、高速でデリートされていく。
だが、消滅する直前、勇人は見てしまった。
リセットされ、誰もいなくなったはずの「地図にない村」。
そこに、あなたのスマホの通知音が、静かに、しかし確実な足音のように響き渡るのを。
『システムリセット完了。新規ユーザー:【読者の名前】を認識しました』
後書き:
勇人は、自分を消して世界を救ったつもりでした。
でも、システムは止まりません。
……今、この物語を読み終えようとしているあなた。
勇人のデータが消えた「空き枠」に、誰がログインすると思いますか?




