第5話
「証拠はこの結果ってことでいいかい?」にこまるはそう言って口元をニヤリとさせた。
年末ジャンボ宝くじの一等が当たる確率は20000000分の1らしい。その確率に比べたら、先ほどのコイントスの結果は起こりやすい事象と言える。
だからと言って、あれが偶然だったとは思えないし、何かトリックがあったようにも見えなかった。
こいつは確かに結果を知っていたんだ──コインが投げ出されるよりも前に。
運命は既に決まっている──。
俺が何も答えずにいると、にこまるはそれを肯定と受け取ったらしい。「まあ、驚くのも仕方ないよ、あっははは」と言いながら俺の周りを愉快そうに飛び回る。
「運命っていうのはね、すごろくみたいなものなんだよ」
空中で動きをピタッと止めてから、にこまるはそう言った。
すごろくっていうのは、サイコロを振って出た目の数だけ駒を動かし、ゴールを目指すボードゲームのことでいいのだろうか?にこまるは説明を続ける。
「例えば君が、一年間、365日の人生だと仮定しよう」
……流石に短すぎないか?
「その場合、365のマスがあるすごろく、それが君の人生となる。最初のマスには生まれた初日に君が経験することが事細かに書かれている。いつ何を食べるか、誰とどんなことを話すか、どこでどう体を動かすか、その全てがね。2マス目には二日目のことが、3マス目には三日目のことが同じように書かれている。そして、365マス目には君が死を迎える日のことについて、その全てが書かれている。10年間生きる人の人生の場合は3650のマスがあるすごろくが、50年生きる人なら18250マスのすごろく、100年ならば36500マスのすごろく──。マスの数とマスに書かれている内容は人によって違うけれど、誰しも、自身のすごろくを一日に1マス動かし、マス目に書かれた一日を過ごすことになる。これに例外はない」
つまり18歳の俺は、現時点で6000以上のマスを進んできたということか。
「人はそのすごろくを背負って生まれてくるんだ。すごろくのマス目の数や内容が変わることはない。もちろんコマの進み方はサイコロやルーレットで決まるものではなく、1マスずつ規則的に進む。つまりは──」
「運命は初めから既に決まっている」
にこまるが結論を言う前に、自分でそう口に出していた。
「その通り。分かってくれたみたいだね」
「うんうん」と満足そうにレモン色の頭を上下させるにこまる。
しかし、運命の仕組みが仮にそうだとしても、それだけではさっきのことに説明がつかない。
「そしてお前には、俺のすごろくのマスが見えているんだろ?」
そうじゃないと、俺が投げた10円玉の出方を予測することはできない。
「そうだよ。見えているよ」
やはりな。
「僕はね、君だけじゃなくて、この世界にいる全ての人のすごろく、運命を見る能力を持っているんだよ。その力を使って、今日の君のマスを覗かせてもらったってことさ」
そんな絶大な力を有しているのならば、こいつは決して妖精などではない。
それはもはや、神の領域だ。
だけど、ヤハウェやキリスト、アッラーにゼウス、アマテラスと同列には到底思えない。
しかし、10円玉の結果を正確に言い当てたことは事実だ。
どうもこのビジュアルが、感覚を麻痺させる。
「それじゃあ、本題に入ろうか」
とりあえず今は話を聞くしかない。妖精だろうが神だろうが、現実離れした存在であることには変わりない。
「さっきも言った通り、人の運命のすごろくは、そのマス目の数や内容が変わることはない。だけど、それを変えてしまう力を君に与えようってわけさ」
「運命を変える力──だったか?」
「シックザル」
シック……ザル……?
「その力の名前さ」
「どういう意味なんだ?」
「さあ?僕がつけた名前じゃないからね」
「それよりも──」にこまるは話を続ける。
「シックザルは自分の運命を変える力じゃない。自分以外の他人の運命を変える力だ。つまり、他人のすごろくのマスの数や、マスに書かれている内容一式を変える。まあ、どう変わるかは誰にも分からないけどね」
その後もにこまるによるシックザルの説明は続いた。まとめるとこんな感じだ。
①シックザルは自分には使えない。しかし、自分以外なら誰にでも使える。
②運命がどのように変わるかは誰にも分からない
③シックザルの使用回数は4回。
④一度シックザルを使用した相手にもう一度使用することは出来ない
⑤シックザルを使用し運命を変えた結果、その人物の運命が変わるのに準じて、家族や友人等の周りの人物たちの運命も変わる。
「何か質問はあるかい?」
聞きたいことは湯水のように湧いてくる。だが、それらを全て聞いていると夜が明けてしまう。
「とりあえず、二つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「一つ目、何でお前は人の運命を見たり、運命を変える力を与えたりといった超常的な能力を持っているんだ?」
この生命体の存在や能力は世の物理法則や科学現象を完全に無視している。これは一体どういうわけなのか。
「さあ?それは僕にも分からない。気がついたらこういう能力を持っていて、使い道を知っていた、としか言いようがないなあ」
「本当に分からないのか?」
「じゃあ聞くけど、君の性別は?」
「──は?」
いきなり何を言い出すんだ?
「とりあえず答えてよ」
「男だ」
ジェンダーレスの時代と言われているが、俺は身も心も男だ。
「じゃあ利き腕は?」
「右利きだ──この問いに何か意味があるのか?」
「君はどうして男で右利きの人間としてこの世に生まれてきたの?説明できるかい?」
どうも腑に落ちないが、言いたいことは分かった。
「君がそれを説明できないように、僕もどうしてこんな能力を持っているか説明できない」
「なら二つ目。どうして俺にそんな力を与えるんだ?それこそ人間は世界に80億人はいるんだ。その中からどうして俺を選んだ?」
誰かの命令なのか、それともにこまるの意思によって俺が選ばれたのか。はたまた、ただの偶然なのか──。
「──面白そうだと思ったからかな」
なるほど、自身の意思で俺を選んだということか。だが──。
「面白そうというのは、具体的にどういう意味だ?」
「それは秘密だよ」小さな手でバツ印を作り、俺に見せつけてくる。
この感じだとおそらく追及しても教えてくれないだろう。
しかし、俺を選んだのには何か理由があるということは分かった。それが分かっただけでも今のところはよしとしておこう。
「勝手ながら僕は今日から君の様子を観察させてもらうよ。普段はこんな感じで姿を隠しておくけれど、透明になっているだけで近くにはいるからね、何かあったら声をかけていいよ」
にこまるはその場から一瞬で姿を消し、声だけが聞こえるという奇妙な芸当をしてみせた。
「透明になれる能力も、自然と身についていたのか?」
「そうだよ。まあ、透明になれたからといって特に何か良いことがあるわけじゃないけどね」
そう言いながら、姿を表したり消したりを交互に繰り返し行い出した。まるで部屋の中に月が出たり消えたりしているみたいな現象が起こる。目がチカチカするからやめてくれないか。
「ああ、もちろん僕の姿は君にしか見えないし、声も聞こえないから安心してね」
それを聞いて少しホッとした。
「それと、こうして会話をしている間に、もう君に力は与えておいたから、いつでも使っていいよ」
いつの間に?
体に異変はない。力を得たという実感が全くない。本当に俺は、シックザルなる力を今持っているのか?
というか、何か儀式的なものがあるわけではないんだな。
「さて、僕はもう寝るからね。おやすみ〜」
いきなりの就寝の言葉。そしてにこまるは姿を消した。というか、睡眠はとるんだな。
にこまるが消え、目にはいつもの自分の部屋の景色が映る。
机の上に置いてある数学の問題集を閉じた。今日はもう勉強する気が起きない。
ベッドに横になり、深呼吸をする。
シックザル──他人の運命を変える力。
自分の運命ならまだしも、人の運命を変えて何があるというのだろうか。
恐ろしほどに強力な力だとは思うが、使い道が全く思い浮かばない。
4回という回数制限があるらしいが、今のところ一回も使用するつもりはない。そして俺はこの力を使わないまま生涯を終える、という運命を辿る気がしている。
そもそも、俺はまだ完全に信じているわけではない。
運命が、既に決まっているということを──。




