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第52話

 時刻は23時を少し過ぎたぐらい。


 ついさっき、三宮はこの場から去っていった。父親から帰宅するように電話がかかってきたからだ。


「あと少し、少しでいいから──」スマホに向かって頼み込む三宮だったが、父親を説得することはできなかった。高校生の娘に、23時まで外出の許可を出す父親は中々いないだろう。それに明日、この地を立つとなれば尚更早く帰宅させたいと考えるのが普通だ。むしろよく、この時間まで電話をかけずに待っていてくれたことが凄いなあと思う。


「茜川君、またね」それが去り際の言葉だった。


 三宮の足跡は、空から降ってくる雪によってすぐに消えた。


 真っ白な世界に一人取り残された俺。


「にこまる、出てこい」


 俺はその世界ににこまるを招き入れた。


「あいよっと」


 白い世界に、黄色のこいつは似合わないな。


「シックザルのことで聞きたいことがある」

「答えるか分からないけど、言ってみな」

「遠い場所にいるやつにも、シックザルは使えるのか?」

「答えはYESだよ。顔さえ思い浮かべることができればね。場所は関係ないよ」


 当然のことだと言わんばかりの顔でにこまるはそう答えた。


「つまり、本郷さんにもシックザルを使うことができると?」


 するとにこまるは表情をニヤリとさせた。いつ見ても不愉快な表情だ。


「本来ならば可能だよ」


 生物兵器の開発者である本郷さんの運命を変えれば、もしかすると世界は救われる運命になるかもしれない。


「本来ならば、ということは、今回はできないということか」

「御名答」

「理由は?」

「何でだと思う?」


 俺を試すかのように質問を質問で返してくる。


「既に運命を変えられているから、ってところかな」

「──よく分かったね、正解だよ」


 特に難しい問題ではない。にこまるの説明によると、シックザルを使用できない対象は俺自身を除けば、一度使用された人間に限られる。もちろん俺は本郷さんにシックザルを使っていない。それならば──。


「本郷さんは、俺以前にシックザルの能力を与えられた人間によって、その力を使われている」

「その通り」


 どこの誰が何のために本郷さんの運命を変えたかまでは分からないが、そんなことはどうでも良かった。


 本郷さんにシックザルは使えない、この事実があるだけだ。


「本郷純一郎の運命を変えれば、世界の崩壊を防げると思っていたんだろうけど、残念だったね」

「俺は元々、本郷さんにシックザルを使う気なんてない」

「はあ?」


 仮に本郷さんにシックザルを使えたとして、生物兵器の開発を防げたとしても、別の何かが起こって世界が破滅する──ない話じゃない。


「じゃあ何で遠い場所にいるやつにシックザルを使えるか、なんて聞いてきたんだよ」

「特に意味はない。何となくだ」

「その顔、強がりを言ってるわけじゃなさそうだね。せっかく君のショックを受けた姿を見たかったのに、つまんないなあ」


 つくづく思うが、どうしてこいつの性格はこうも悪いのだろうか。


「僕、もう消えていいかな? 君、シックザルを使う気がなさそうだし。寒くて凍え死んじゃうよ」

「待てよ。俺は今からシックザルを使う」

「えっ、そうなの? 誰に?」

「誰だと思う?」


 さっきこいつが俺にしたように、質問を質問で返した。


「んーやっぱり三宮有紗かな? 君、あの子のこと好きそうだし。でも、道下聡美っていう線も捨てきれないねえ。大穴狙いなら堀内桃香ってところかな」


 競馬の予想をするような感じでにこまるはその三人の名前を挙げた。思いの外、楽しそうにしているのがイラっとする。


「不正解だ。三人とも違う」

「だったら誰に使うんだよ? 他に君が運命を変えようとするやつなんているのか?」

「いるんだよ」

「もったいぶらずに早く言いなよ」


 俺は右手の甲を見た。


 三宮が書いてくれた星印、俺はその星印に向かって願いを念じた。三宮との関係についてではない。今からやることが、上手くいくようにと、強く念じる。クリスマスの奇跡、いや、ホワイトクリスマスの奇跡ってやつを信じて──。


「お前だ─にこまる」


 目の前の黄色い生命体に向かって俺ははっきり言い放った。

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