第4話
「僕が何を書いたか見てないよね?」
「ああ」
「よし、じゃあ今からその10円玉を20回投げてほしい。そしてその20回の出方をメモしておいて。まあ、覚えられるならしなくていいけど」
20回ぐらいなら覚えていられるだろう。メモをする必要はない。
「平等院鳳凰堂が描かれている方が表でいいのか?」
「うん。数字の10が描かれている方が裏で」
右手の親指で10円玉を弾き、左手の甲に着地すると同時に床に落下しないように右手で抑える。コイントスを練習した記憶はないが、知らないうちにできるようになっていた。鉄棒の逆上がりがいつの間にできるようになっていた感覚と似ている。
右手を左手の甲から離す。円形に固められた銅の姿は──。
「──表だ」
「じゃあその調子で残りの19回もよろしく」
その後、一回の失敗もすることなく残りの19回のコイントスを成功させた。
「メモ取ってないけど、本当に覚えてるの?」
疑いの目をかけられる。
「しっかり覚えているよ。記憶力は人並み以上にある方だから」
この不可思議な状況にも少し慣れてきてしまったようだ。謎の生命体と普通に会話をしていることに違和感を感じなくなっている。
「それならいいけどさ」
このにこまるというやつの見た目が、SF映画に出てくるエイリアンのような化け物じみた姿だったら、今頃俺はまだ毛骨悚然していただろう。しかし目の前にいるのは、地方都市のゆるキャラに命が吹き込まれたような、なんともふわふわした存在だ。初めこそ、多少の恐怖は覚えたが、もはや放課後にクラスメイトと話をするぐらいの気楽さだ。
「この後はどうすればいい?」
「これを見てくれればいいよ」
そう言って、先程何かを書き込んでいたルーズリーフを渡される。
完全に油断していた。
血の気が一瞬で引く。
『おおうおうううおうお。うおおおううおうおお』
「お」と「う」の二文字が横一列に、二進数の計算をしているみたいに書かれている。
もちろん「お」と「う」の文字自体に意味は何もない。
普通ならば──。
状況からして、このルーズリーフに書かれている「お」と「う」の文字が、10円玉の表と裏を表しているのは誰の目から見ても明白だ。
俺が投げた10円玉は『表表裏表裏裏裏表裏表裏表表表裏裏表裏表表』の順番に出ていた。
ルーズリーフに書かれている「お」と「う」と完全に一致している──。
「──なぜ分かった?」
「一応聞くけど、何がだい?」
「10円玉の出方に決まってるだろ。どうして10回の表と裏の出方を予測できたんだ?」
10円玉を10回投げた時の表と裏の出方は全部で1048576通り。これは中学校の数学の知識があれば分かることだ。
こいつは1048576分の1を当てたことになる。
不可能──ではない。が、現実的にあり得ないと言っていい確率だ。
「簡単な話さ。それは10円玉が20回、そのように出るという運命が既に決まっていたからだよ」
背筋に冷たいものが走った。
「運命」という言葉が、俺を踏み潰すかのように重く乗りかかった。




