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第48話

 12月25日。その日がクリスマスであることは誰もが知っているだろう。キリスト教徒が少ない日本で、なぜこんなにもキリストの降誕祭が賑わいを見せるのか、俺は知らないが。


 今日はそんなクリスマスであると同時に、二学期終業式の日でもある。おそらく生徒の大半が「こんな日に終業式を設定しなくてもいいだろう」と学校や教育委員会に対して文句を言いたいに違いない。


 体育館での長くて退屈な式が終わり、教室へ帰ってきた。担任教師はまだ戻って来ていないため、クラスメイトたちは各々雑談をしている。


「クリスマスだな」大智がそう話しかけてきた。


「そうだな」

「まさかとは思うが、女とデートっていう予定はないよな?」

「あるわけないだろ」

「だよな。俺もだ」


 共通テストまで一ヶ月切っているこの時期にもし受験生がデートをしていたら、そいつらは完全になめているとしか思えない。


「来年は彼女を作って、クリスマスにデートをしたいもんだ」

「クリスマスはどうせどこも混んでいるから、デートなんてしても疲れるだけだと思うぞ」

「お前なあ、そういうのも込みの雰囲気がいいんだろうが」


 呆れたような顔で大智は俺を見た。こいつは意外とロマンチストなんだな。


「全員席に着けよ」


 そんなどうでもいいやりとりをしていると、担任教師が教室に戻って来た。クラスメイトたちは会話をやめ、みな自分の席へと着く。


 こうやって全員が席に着くと、やはり目立つ。


 教室に一つだけの空席が──聡美の席が。


 俺のせいで聡美は──俺が大智の運命を変えてしまったせいで聡美の運命は悲惨なものへと変わってしまった。


 だけど大智の運命を変えていなければ、大智の席が今日、空席になっていただろう。


 やはり聡美の運命を変えるか?


 しかし、シックザルを使えるのはあと一回。聡美の運命は良くなるかもしれない。だけど、世界は──。


 今教室にいる担任教師やクラスメイトたち、それに大智が死ぬかもしれない。それだけじゃない。今まで出会った人たちの顔が次から次へと頭に浮かんでくる。60億人だ、俺と関わりのある人間が全員死んでしまう可能性だってある。


 あの日からずっと結論が出ないでいる。


 そもそも、聡美に使わないとしたところで、世界を生物兵器から救うことなんてできるのだろうか。


 にこまるはシックザルは自分には使えない、説明の時にそう言っていた。つまり、俺の運命を直接変えることはできない。


 だとしたら誰の運命を変えれば、60億人の命が失われないですむ運命へと辿り着くことができるんだ?






 

 ローストビーフ、フライドチキン、ポテトサラダ─夕飯時、クリスマス定番メニューが我が家の食卓に並ぶ。


 そんな中一つだけ、仲間外れ感のあるものが。


 テーブル中央に置かれた鍋。中には牛肉、豆腐、ネギ、白滝が所狭しと敷き詰められている。つまり、すき焼きだ。


 我が家ではクリスマスの日にすき焼きを食べるという習慣がある。母親の家系が代々この伝統を続けているらしく、俺の母親も例に倣ってその伝統を受け継いでいるというわけだ。しかし、どうしてクリスマスにすき焼きを食べるのか、その理由は母親も祖父母も知らないらしい。伝統だけがひとり歩きしている状態だ。


「お父さんもかわいそうよね、せっかくのクリスマスなのに、仕事が忙しくて帰りが遅くなるって言うんだから」


 生卵の入った小皿をテーブルに持ってきた母親がそう言った。


「社会人って大変なんだな」

「そうよ、大変なのよ。私たちがこうやってクリスマスの料理を食べられるのも、お父さんが一生懸命仕事をしてお金を稼いでくれるからなんだから。感謝しないとね」


 もちろん、しているに決まっている。


 大智や聡美の件があり、俺は今まで以上に自分が置かれているこの裕福な状況に感謝するようになっていた。


 クリスマスの日にクリスマスの料理が食べられるのは当たり前じゃない。


 自分が当たり前だと思っていることが、みんなの当たり前ではない。だから、例え小さなことでも有り難みを持って生きなくてはいけない。


「さて、じゃあ食べましょうか」


 合掌する母親に俺は心の中で「ありがとう」と呟いた。


 鍋から牛肉を取り、生卵につけてから口に入れる。牛肉だけで食べてもちろん美味いが、生卵をつけるとまろ味がついて味に深みが出る。


「こうやってあんたとクリスマスに夕飯を食べるのも今年で最後かしら」

「どういう意味だ?」

「来年は大学生でしょ? 大学生になったら彼女ができて、クリスマスは彼女とデートをするのかなって思って」


 母親はいきなり大智みたいなことを言い出した。


「どうだろうな。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれないし」

「そんな曖昧なこと言ってないで、頑張りなさいよ。私はあんたが心配なのよ。今まで全くそういう雰囲気がないから……顔は悪くないはずなのにね。はあ……このまま一生誰とも付き合えなくて、生涯孤独なんてことになったら……」

「いや、流石に話が飛躍しすぎだと思うが」


 彼女は今までにいたことはあるが、それをわざわざ母親に報告なんてしていない。ひょっとして、普通はするべきなのか? まあ、こんなに心配されていたのならば、次彼女ができた時は教えておいてもいいかもしれない。


 リビングの端に置かれている一メートル程の高さのクリスマスツリーが視界に入った。俺が物心ついた時には既に家にあったはず。昔は兄貴と一緒に飾り付けをしていたが、今では母親が一人でその作業を行なっている。


「どうしたの? ツリーに虫でもとまってる?」


「──いや、何となく見てただけだよ」


 息子が18歳になった今でも、こうしてクリスマスツリーの飾り付けをしてくれる母親は世にどのくらいいるのだろうか。また一つ、母親への感謝の気持ちが増えた瞬間だ。


「頂上の星を見ると、『クリスマスの奇跡』を思い出すわ」

「何だそれは?」

「私が高校生の時に流行っていた都市伝説よ。知らない?」


 俺は首を横に振る。昔はどうか知らないが、現代の富川中部校内でそんなものは聞いたことがない。


「クリスマスの日に利き手の手の甲にペンで星印を書いてから、願い事を一つ頭に思い浮かべて強く念じると、それが叶うっていうものよ」


 何とも中身が薄い都市伝説だ。きっとどこかの高校生グループが昼休みに適当なノリで作って、それが広まったのだろう。


「というか、利き手の手の甲に書くって難しいな。要は利き手じゃない手で書くってことだろ?」


「ふふ。自分では書かないのよ」微笑みながらそう言われる。


「誰かに書いてもらうってことか?」

「そうよ。そしてクリスマスっていうのがこの都市伝説のミソなのよ」


 そこで俺はやっと理解する。


「なるほど、恋人に書いてもらうってことか」

「その通り。クリスマスの日にね、カップルがお互いの手の甲に星印を書き合って、ずっと仲良くいられますようにって願うの。それがクリスマスの奇跡。懐かしいわ、私も高二の時に明人君と一緒に──」


 頬を少しだけ赤く染め、母親は当時の自身の恋愛について懐古し出した。ちなみに俺の父親の名前は明人ではない。


「にしても、クリスマスツリーの頂上に星を飾るのって何か理由があるのかしら?」

「さあ、どうなんだろう」


 俺はツリーの頂上に飾られている黄色い星を見た。10年以上我が家のクリスマスを彩ってくれている、少々折り目のついたプラスチック製の星。


 どこにでも売ってそうな量産型の星の飾り。でもなぜか今日は、その星に神秘的な力が宿っているように見えた。


 夕飯の後、母親は冷蔵庫からクリスマスケーキを出してくれた。表面に生クリームがたっぷり塗られ、イチゴがこれでもかというぐらい乗ったホールケーキ。中央にはサンタの砂糖菓子の姿も。


 包丁で六等分に切り取られた内の一つが皿に乗せられる。


「残りは明日の分ね」母親はそう言って残りのケーキを箱に入れ、冷蔵庫に戻しに行った。


 ケーキを食べ終え自室に戻る。ベッドに放り投げていたスマホを手に取り見てみると、LINE電話の着信が入っていた。相手の名は──。


 三宮有紗──。


 確認すると、電話がかかってきたのは20分程前。


 何かを考えるより前に、気がつくと勝手に俺の手は電話をかけ直していた。


「もしもし、三宮です」


 聞こえてきたのは正真正銘、三宮の声だった。


「茜川だ。すまん、リビングにいて電話に出れなかった」

「そうだったんですね。すみません、こんな時間に電話をかけてしまって」

「それより、用件は何だ?」


 正直こちらから聞きたいことは山ほどあったが、まずは向こうの話を聞くのが先決だろう。


「──今から会えませんか?」

「今からか?」

「はい。自分勝手なお願いだということは十分承知しているのですが、直接会って伝えたいことがありまして──」


 時刻は20時。この時間であれば補導される心配はない。いや、そんなことはどうでもいい。例えどんなに夜遅くだろうと、断るわるわけにはいかない。


「分かった。どこで会う?」

「東部分館でどうでしょうか?」

「了解。すぐに向かうよ」


「ありがとうございます。私もすぐに家を出ます」その返事を聞き、俺は電話を切った。


 特に何か必要なものはないはず。スマホと財布だけを持ち、コートを羽織って部屋を出る。


「ちょっと今から出かけてくるよ」リビングでテレビのクリスマス特番を見ている母親に声をかける。


「もしかして、デートかしら?」キラキラした目でそう聞かれる。


「──残念ながら違うよ」


 用件は聞いていないが、きっとそういうのではない。心が躍るような話ではなく、むしろその逆、心が苦しくなるような話を聞くことになるだろう。何となくだが、そんな予感がした。


 玄関の扉を開けると、12月夜の容赦のない冷風が肌を刺す。凍てつく寒さを感じながらも俺は外に出た。

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