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第40話

「翔、ちょっと来てくれ」


 登校して教室に入るや否や、大智は俺を廊下に連れ出した。


「朝から一体何事だ?」


 大智は周辺を見渡し、近くに人がいないことを確認してから言葉を発した。


「母親の解雇が取り消しになった」

「……そうか」

「──驚かないんだな」


 それはきっと、驚きよりも安心の方が優っているからだろうな。


「もし良かったら経緯を教えてくれないか?」

「経緯も何もない。昨日の夜、会社から母親に電話があって、解雇の話は白紙にするから、明日から今まで通りに出勤してほしいって言われたらしい」

「急な話だな」

「ああ。突然のことすぎて、正直未だにびびってる」


 信じられないといった表情で大智はそう言った。


「でも良かったじゃないか。これで受験を諦める必要がなくなっただろ?」

「そうだな。そうだよな? 俺は受験ができるんだよな?」

「できる。今日からまた勉強漬けの地獄が待ってるぞ」

「っしゃあああああ!!」


 大智は叫び始めた。登校してくるクラスメイトたちがこちらを見るのも憚らずに、これでもかというぐらいに喜びを爆発させた。あの日海で叫んだ何倍ものエネルギーが放出している。


「翔、俺は絶対にK大学に合格するぞ! そして大学生活を思う存分楽しんで、大企業に就職してやる!金を稼いで、家族にいい思いをさせてやる!」


 距離を詰め、大声で大智は俺にそう宣言した。唾が顔にかかったが、嫌な気は全くしなかった。


「神様が俺の運命を変えてくれたのかもしれん」


 神様、か──。


「なあ大智、お前は神様の存在を信じるか?」

「今まではそんなもの信じてなかったが、今回の一件で信じることにした。そういうお前はどうなんだ?」


 謎の黄色い生命体が俺の頭に浮かび上がる。口が達者で生意気な不細工の人形もどき。そいつのニヤニヤした顔は、実に不愉快だ。


「俺は神様なんて信じていない」


 その日の大智は一日中ハイテンションだった。


 休み時間にやたらとクラスメイトに絡みに行ったり、普段は決してしない授業中の挙手を率先してやってみせたりしていた。


 昼休み、トイレから戻ってきた俺に聡美が「服部、今日はいつも以上に元気ね。もしかして、抱えていた問題は解決したのかしら?」と聞いてきた。


「もう大丈夫みたいだ」

「すごい急展開ね。でも、だったら良かったわ」


 聡美はそれ以上何も聞くことなく、女子友達の輪へ戻って行った。


 これでいいはずだ。


 俺の決断は間違っていない。

 





 昨日の夜──。


「シックザルを使う」


 聡美の家から帰宅し、夕飯を食べ終えた俺は、自分の部屋でにこまるを呼び出してそのことを伝えた。


「一応確認するけど、対象の相手は服部大智だよね?」


 にこまるはふわふわと部屋を飛び回りながらそう言った。


「そうだ」

「でも、いいのかい?」


 空中でピタッと止まり、何かの確認を求めてきた。


「何がだ?」

「君は既に2回、シックザルを使っている。今回使ってしまったらあと1回しか使えないんだよ。こんなにも偉大で、素晴らしい力があと1回だ。もっと慎重に使いどころを決めた方がいいんじゃないかと思ってさ」

「そんなことか。別に構わないよ」


 この力を授かった当初、俺はそもそもこの力を使いたいなんていう気持ちはなかった。もし仮に、力を使い切った後で誰かの運命を変えたいという状況が訪れたとしても、その時は素直に諦めがつくと思っている。元々、こんな力はなかったのだと、自分に言い聞かせられる気がする。


 それに、まだ起きていない後のことを考えるより、既に起きている今のことを考える方が大切だ。


「まあ別にいいけどさ。でも、例え運命を変えたとしても──」

「それが良い方向に変わるか悪い方向に変わるか分からない、って言いたいんだろ? 何回も聞いてるからもう十分承知してる」


 話を遮られ、にこまるは少し不満そうな顔をするが、「分かってるならいいや」と言って再びふらふら飛び回り始めた。

 





 俺はシックザルを使って大智の運命を変えた。そして今日の大智の話を聞いて、運命は良い方向へ変わったことを知った。


 ハイテンションの大智は暑苦しくて、少し鬱陶しく感じてしまったが、まあ明日にはいつもの状態に戻っているだろう。


「翔、どうだ、今日も放課後海に行かないか?」


 席に戻ると大智がそんなことを言ってきた。


「行くわけないだろ。大智、何か勘違いしてないか? 受験に挑戦できるようになっただけで、合格したわけじゃないんだぞ? 落ちたら何の意味もない。海に行く暇があるなら勉強するべきだ」

「そんなこと分かってるよ。冗談に決まってるだろ」


 本当に冗談だったか疑わしい。半分ぐらいは本気だったように感じたが。


 まあいいか。こういう冗談か本気か分からない、どうでもいいことを言えるような運命に変わったのだから。

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