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第35話

 ここ一週間、我が家の朝食で毎日出るものがある。

 

 それは納豆だ。


 理由はとても単純。俺の母親がテレビで、納豆が頭に良いという情報を聞きつけたからである。


「受験生のあんたのために、毎日朝食に出してあげるからね」と言っていたのが一週間前で、しっかりと今日も有言実行されている。


 元々俺は納豆が好きなので、とてもありがたい。


 茜川家では、納豆の味付けが全員違う。俺は付属のタレのみを入れる。母親はタレとからし、父親はタレを入れずに、カラシと生卵を入れている。そして兄貴だが、彼はなんと何も入れない。「素材の味を楽しみたいんだ」というよく分からないことを言っているあたり、本当は頭が良くないのかもしれない。いや、馬鹿と天才は紙一重ってやつか?


 タレを納豆に入れてかき混ぜる。本当はかき混ぜてからタレを入れた方がいいらしいのだが、そんなことは気にしない。白米にかけて食する。


 やっぱり納豆ご飯はうまい。毎日食べていても一向に飽きがこない。


「続いてのニュースです。昨日をもちまして、富川市立図書館の分館6館が廃館となりました」


 納豆の味を堪能していると、テレビからそのような男性の声が聞こえてきた。ローカル局のニュース番組だ。

「堀内分館」「岩津分館」「婦瀬分館」「奥北分館」「八田分館」「橋水分館」テレビ画面には廃館となった6つの分館の名前が表示されている。当然だが、どれも行ったことがない図書館だ。そもそも、本館を除けば俺は東部分館にしか行ったことがない。


「こちらは廃館になった分館の一つである奥北分館です──」


 映像が切り替わり、奥北分館らしき建物がテレビ画面に映し出される。黒色の三角屋根の二階建て。東部分館と大きさは同じくらいだが、白色の壁は塗装が所々剥がれており、廃れた雰囲気が出ている。


「これ、何のニュース?」


 さっきまで台所にいた母親が俺の近くに来てテレビを指差す。


「図書館が廃館になったっていうニュースだよ。ほら、以前北原市長が言っていた、財源を確保して教育に充てるっていう」

「ああ、あの話ね。そういえばそんなニュースが前にやってたわね。忘れてたわ」


 俺の母親にとって、図書館の廃館という出来事はどうやら、その辺に生えている雑草並みにどうでもいいことのようだ。


「あんたはよく図書館に行ってたから不便になるわね」

「いや、俺の行っている東部分館は廃館になってないぞ」

「えっ、でも前の話だとたしか、あんたの行っている所も廃館になるって──」

「変更になったんだよ。元々12の分館が廃館予定だったんだけど、それが6に減ったんだ。東部分館はリストから外れたんだよ」


 この変更は二ヶ月も前のことだけどな。


「あらそうだったの。良かったじゃない」


 母親は軽い口調でそう言うと、また台所の方へと行ってしまった。


 テレビ画面を見ると、映像はまた6つの分館の名前が表示されたものに変わっていた。


 この6つの分館は、俺や三宮が東部分館に特別な気持ちを抱いているように、どこかの誰かに、強く想われていたのだろうか。もしそうだとしたら、それはとても切なくて、残酷なことだ。


「廃館になった図書館の蔵書は、本館や市内の小中学校、老人ホーム等に送り、多くの人に読んでもらう予定だそうです」


 男性アナウンサーがそう説明すると、隣の女性アナウンサーは「それはいいですね。しっかりと有効活用されるなんて素晴らしいです」と答えた。


 女性アナウンサーは間違ったことを言ってはいない。でも俺は、違和感を感じずにはいられなかった。


 有効活用──問題はそこじゃない。本が無駄にならないから大丈夫、などということは重要ではない。俺や三宮、そしてひょっとしたらいるかもしれない、分館に想いを抱いている者にとっては──。俺たちにとって大切なのは本ではなく、その場所で過ごした時間なのだから。


「翔、そろそろ学校行かないと遅刻しちゃうんじゃない?」


 台所から母親の声が飛んできた。正直まだ余裕はあるが、俺は食べ終えた朝食の食器を片付けることにした。


 リビングから出る際にテレビをちらっと見ると、依然として画面には6つの分館の名前が映っていた。


「まるで、生け贄のリストみたいだ」

「ん? 何か言った?」

「いや、何も──」


 母親にそう言い、俺は部屋を出た。

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