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第31話

 唯ちゃんと麻子さんが帰っていき、公園には俺以外誰もいない。


「翔ちゃん、明日早速勉強教えてね!」


 帰る際には既に機嫌が直っていた唯ちゃんを見て、女であると同時に、年相応の子供でもあるんだなあという当たり前の感想を抱いた。


「にこまる、出てきてくれ」


 三宮からもらったハンカチをバッグにしまい、俺はにこまるに呼びかけた。


「はいよー」


 相変わらず登場が早いな。


「シックザルを使う」

「まあ、そうだろうなと思ったよ」


 にこまるは特に驚く様子も見せずそう言った。


「運命を変える相手は──北原正俊」

「君の魂胆はこうだろ──北原正俊の運命を変えれば、彼の打ち出した東部分館を廃館にするという政策がなくなる可能性がある。その可能性にかけよう、と」


 その通りだ。もちろん運命がどう変わるかは分からない。でも、やってみる価値は十分にある。


 北原正俊という人間は、自分の信念を曲げない男だ。今日、話をしていてそのことが強く感じられた。一度決めた政策を、他人に指摘されたぐらいで変えるとは思えない。


 では彼に政策をやめさせるにはどうすればいいのか。おそらくその答えは、ない。どんなに策を講じたところで、彼の心を動かすことはできないだろう。


 やめさせる方法はない。だが、東部分館の廃館を阻止する手段は一つある。


 それは──北原正俊を殺してしまうことだ。


 廃館になる根本的な種を取り除いてしまえばいいのだ。政策を実行する人物がいなくなれば、当然だが政策そのものがなくなる。


 だけど、このやり方は却下だ。そもそも自分の手で人を殺すなんてことは俺にはできない。それに、こんなやり方は三宮も望むはずがない。


 だから、東部分館を守るには運命を変えるしかないのだ。


「今回はえらく判断が早いね」

「何が言いたい?」

「唯ちゃんの運命を変えるときはあんなに悩んでいたのに、富川市長の運命を変えることには全く迷いがないじゃないか」

「あの時は命が関わることだったから慎重になっていたんだよ。今回は、そういうのじゃないからな」

「それは本質じゃないね」

「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」

「君はね、慣れてしまったんだよ。他人の運命を変えることに」

「……」

「命が関わっているいないに関係なく、君は他人の運命を変えるという行為自体が、許されざることだという考えを持っていたはずだ。でも、一回シックザルを使い、運の良いことに自分の願った運命を引き当てることができてしまった。その成功体験が、罪の意識を君から奪い去ってしまったんだよ」


 こいつは、間抜けな顔をしているくせに鋭いことを言ってくる。


 事実、今の俺は他人の運命を変えることに躊躇いを感じていない。


 瓶の蓋は、最初に開ける時はかなりの力が必要で、中々開けることができない。ただ、一度開けてしまえば二回目以降はいとも簡単に開けることができてしまう。


 唯ちゃんの運命を変えることは、彼女の命を救いたいという大義名分があった。しかし今回はどうだ? 今回俺は、自分の私利私欲のために他人の運命を変えようとしている。俺のシックザルを使用する判断基準は、極度に緩んでしまっている。


 変わってしまったんだな、俺の倫理観は──。


「全く、余計な能力を与えられてしまったもんだ」

「はあ?感謝はあっても文句を言われる筋合いはないぞ」


 怒りを露わにするにこまるを無視して俺は目を閉じた。


 今更やめる気はない。


 北原正俊の顔を思い浮かべる。元中学校教師で現在の富川市長。


 例えその政策が民意だったとしても、教育に対する熱い想いがあったとしても関係ない。


 俺は運命が変わることを念じた。

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