第2話
家の玄関の扉を開けると、空は雲一つない青で満ちていた。
5月下旬。日中は長袖でいると汗をかいてしまうぐらいの気温だが、朝はまだまだ肌寒さを感じる。
高校入学と同時に父親から新しく買ってもらった、銀を基調としたママチャリは、初めの頃は汚れなど全くなく、光をよく反射させていた。しかし、使用開始から3年目ともなると、錆びついている箇所がちらほら見えてくるようになる。買ってもらってから一度も洗っていないのだから当然の結果だ。
俺は性格が特段大雑把というわけではない。世の中、自転車を定期的に洗う人の方が少数派だと思っているのだが、もちろん自転車保持者一人一人にアンケートを取ったわけではないので事実関係は不明だ。
「あっ、翔ちゃんだー」
錆ついたママチャリに乗り、家の前の道に出てすぐ声をかけられた。
振り向くと、紺色のベレー帽を被った女の子がにこにこした顔で手を振っていた。
「おはよう、唯ちゃん」
俺は隣の家に住む小学4年生の中野唯に手を振り返した。
「おはよう翔君、今から学校?」
唯ちゃんに続いて母親の中野麻子さんも声をかけてくれた。白のブラウスにベージュのカーディガンを羽織り、黒のジーパンといったカジュアルな服装で、唯ちゃんの小さな手を繋いでいる。職業が女優と言われても疑問に思わないぐらいの整った顔立ちは、俺の母親とは比較にならないほど綺麗だ。
「中野さん、おはようございます。はい、これから学校へ向かうところです」
「いいなあー翔ちゃんは毎日学校に行けて。私も早く病気を治して学校に行きたい!」
羨ましそうに俺を見ながら唯ちゃんはそう言った。くっきりとした丸い目はきっと、母親譲りだろう。
「唯ちゃんは今からお母さんとお散歩かな?」
「そうだよ!昨日先生がね、一週間ぐらいは家で過ごしてもいいよって言ってくれたの。もちろん激しい運動はダメだって言われたけど。今からお母さんと東石金公園に行くの!」
東石金公園とはここから歩いて5分程で着く小さな公園だ。遊具はブランコしかなく、敷地一帯に白詰草が咲いている。
そして唯ちゃんの言っている先生というのは小学校の教師ではなく、病院の医者のことだ。
唯ちゃんは心臓に重い病気を抱えている。詳しい病名は知らないが、現代の医療では治療法が確立しておらず、現状、薬を投与して症状を抑えるといった対症療法しか取ることができない。心機能が急に停止したり、逆に過剰に血液の循環が激しくなったりといった症状が何の予兆もなく起り、いつ命を落としてもおかしくない大病だそうだ。
中野家が俺の家の隣に引っ越してきたのは今から4年前。
我が家は富川市内の中でも土地価格の高い住宅街に建てられている。そのため、ご近所さんたちは皆裕福な家庭で、我が家や中野家も例外ではない。
俺の父親は大手家電メーカーに勤めており、年収を聞いたことはないが、かなりの額をもらっていることは容易に想像できる。母親は今は専業主婦だが、昔は父親と同じ家電メーカーの事務として働いていたらしい。
唯ちゃんのお父さんは税理士だと以前聞いたことがある。そして目の前にいる中野麻子さんは元保育士で、唯ちゃんを妊娠したタイミングで辞職し、今は専業主婦である。
「この住宅街、小さな子供が住んでいないじゃない?だからあなたたち、お隣に引っ越してきた中野さんのお子さんの唯ちゃんと遊んであげてね」
当時の唯ちゃんは5歳。一方俺は中学2年生。兄貴は高校1年生。母親にそう言われた時、「流石に無理があるだろう」と思ったが、唯ちゃんは明るく元気で、かつ、とても素直な良い子だったので、俺も兄貴も可愛い妹ができたみたいな気分で、唯ちゃんとよく遊ぶようになった。東石金公園で鬼ごっこやバドミントンをしたり、家で一緒にテレビゲームや、トランプ、オセロ、チェスをしたりと、楽しい時間を過ごしていた。
茜川家と中野家の両家で旅行に行ったこともあり、家族ぐるみで仲が良かった。
しかし唯ちゃんが6歳、小学校1年生の時──病気が突然発症した。
それまでは健康で、体に何の問題もなかったのに──。
唯ちゃんは入院を余儀なくされた。いつ発作が起こるか分からないため、常に誰かが近くにいなくてはいけない。酷い時は一日に何度も胸が破裂してしまうような激痛に襲われることも──。
どうして唯ちゃんが──。
世の中には、人の面を被った悪魔のような外道がたくさんいる。
なぜそいつらは悠々とした暮らしをしているのに、唯ちゃんはこんな苦しみを背負わなくてはいけないのか。
世の中は平等ではない。そんなことは理解しているつもりだ。
だけど、理性は時として感情の波に飲み込まれる。
一年の殆どを病室で過ごさなくてはいけない唯ちゃんだが、担当医の判断で一時帰宅の許可が出ることがある。前回は確か3ヶ月ぐらい前だったため、こうして会うのは久しぶりだ。
ただ、小学校の登校はこれまでに許可されたことがない。何かの拍子に転んだり、他の児童とぶつかったりして、そのことが発作を引き起こす可能性があるからだ。保護者が常に張り付くことも難しいため、唯ちゃんは入院してから一度も小学校へ行けていない。
病気が発症したのは5月の中旬。
俺たちの義妹は、4年生でありながら1ヶ月余りしか小学校生活を過ごせていない……。
「学校ってマジでだるいよな」
中学生や高校生ぐらいになると、一日一回はこの類の言葉を教室で聞くことになる。地域問わず、全国どこの学校でも毎日起こっている現象であり、朝の挨拶並みの手軽さで使用される言葉だ。
別におかしいことではないし、昔は俺も何気なくよく言っていた。
でも、唯ちゃんが入院してからは一度も言ったことがない。
言えるわけがない──。
学校に行きたいのに行けない女の子にとって、その言葉はあまりにも冷たくて、非情なものだ。
俺は学校が好きというわけではない。しかし、学校に対してネガティブな発言は絶対にしないと決めている。それがたとえ人前ではなく、一人でいるときだとしても。
唯ちゃんだけではないはずだ。俺の見えていないところでも、学校に行きたいという気持ちを持ちながら、不運にもそれが叶わない人たちがいるのだから。
「唯ちゃん、次の土曜日家においでよ。一緒にゲームでもして遊ばない?」
「いいの?絶対に行く!ありがとう翔ちゃん!」
満面の笑みは太陽のように明るい。今日の天気にぴったりだ。
「翔君大丈夫?今年は大学受験があるのに……迷惑じゃないかしら?」
麻子さんは申し訳なさそうな表情でそう言った。
「大丈夫ですよ。勉強は普段からしているので。それにずっと勉強していたら逆に集中力が切れて効率が悪い。唯ちゃんと遊んで気持ちをリフレッシュさせた方が、受験勉強がより捗ります」
別に気を遣った言葉選びをしたつもりはない。唯ちゃんと遊びたいのは事実だ。
それに、次がいつになるかは分からない……。
「そう言ってくれて嬉しいわ。発作のことがあるから、悪いけど私もお邪魔させてもらってもいいかしら?」
「もちろんです。母には伝えておくので、二人でママ友トークに花を咲かせてください」
麻子さんは「ありがとう、そうさせてもらうわ」と俺に微笑んだ。
「翔ちゃん、約束忘れないでよ!忘れたら許さないから!」
「大丈夫、忘れないよ。唯ちゃんこそ、忘れないようにね」
「私は絶対忘れないよ!」
頬を膨らませる仕草が何とも愛おしい。
「じゃあ、また土曜日にね」
「うん!」
さて、そろそろ学校へ向かうとしよう。俺は麻子さんに「ではまた土曜日に」と、会釈をしてからママチャリのサドルに座り直した。
「翔君──」
右足に力を入れ、ペダルを漕ごうとした瞬間、後ろから麻子さんの声が聞こえる。
「本当に……ありがとう」
振り返ると、表情を曇らせた麻子さんの顔が見えた。今日の天気には似合わない、どんよりとした灰色の雲が顔全体を覆い、日光の侵入を決して許さない、そんな表情。くっきりとした丸い目からは、今にも雨が降り出しそうだった。
「中野さん……?」
一体どうしたというのだろうか。
なぜ悲しそうな表情を浮かべているのだろう。
ついさっきまでは、微笑んでいたのに──。
「呼び止めてごめんなさいね。学校、行ってらっしゃい」
麻子さんの言葉はそれだけだった。
「……はい。行ってきます」
気にはなったが、詮索していいような雰囲気ではないと感じたため、何も聞かないことにした。
もう一度会釈をしてから、錆びついたママチャリのペダルを漕ぎ、俺は学校へ向かった。




