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第28話

 外は相変わらず暑かった。そこら中から聞こえる蝉の声が、暑さに耐えられず断末魔の叫びをあげているように思えた。


「私たちの想いは、届きませんでしたね……」


 暗い表情で三宮はそう呟いた。


「想いは、届いているよ。だけど、その想いよりも重い想いが、市長にはあったというだけの話さ」

「──そうですね。でも、どうしましょう。これでは東部分館は廃館になってしまいます」

「まだ時間はある。どうするかは、今後また考えればいいさ。焦ってもいいことはないしな」

「分かりました。また何か策を考えましょう」


 策なら既にある。でも、俺がそれを三宮に伝えることはないだろう。


「今日この後、どうしますか?分館に戻って勉強をしますか?」


 スマホを見ると、時刻は15時半過ぎだった。ここから自転車に乗って分館へ行けば着くのは16時ごろ。閉館時刻が18時なため、2時間ぐらい勉強ができる。


「三宮、この後何か予定はあるか?」

「いえ、特には何もありませんが──」

「だったら、遊びに行かないか?」

「──っえ?」


 俺の突然の提案に、三宮は目を丸くさせている。


「今から勉強する気になれるか?」

「どちらかと言うと、なれないですね。北原市長と話をして、少し気疲れしてしまいました」

「だったら今日はもう勉強なんてやめにしよう」

「でも、いいんでしょうか?私たちは受験生なのに──」

「たまには息抜きも必要だと思わないか?それに──」


 俺も今から勉強する気にはなれなかった。そして、こんなにも暑いのに、家に帰って冷房の効いた部屋で体を休ませようとも思わなかった。なぜだかはっきりは分からない。でも一つだけ言えることがある。それは今日から──。


「せっかくの夏休みだからな」


「ふふっ」小さな笑い声が三宮の口から漏れる。


「別にウケを狙ったわけじゃないんだが」

「すみません。その──茜川君がそういうセリフを言うとは思わなかったので、つい」


 確かにな。普段の俺なら言わないような言葉だ。暑さのせいで少し、思考が麻痺しているのかもしれない。


「とりあえず、駅の方へ行かないか?ここにいても仕方ない」

「私、まだ遊ぶとは言っていませんよ」

「……。悪い、嫌だったらもちろん断ってもらっていいんだが」

「冗談です。遊びに行きましょう。せっかくの夏休みですから」


 いたずらをしている幼い子供のような笑顔が向けられる。こういうのを、手の平で転がされている、と言うのだろうか。


 でも、悪い気は全くしなかった。これもきっと、暑さで脳が上手く機能していないからに違いない。






 今から3年前、富川駅に新幹線が開通した。それからというものの、駅前には商業ビルやホテルがどんどん建設され、富川駅は地方都市の中では割と発展している部類の駅へと進化した。以前は活気のない寂れた駅だったのに、新幹線の影響力というのは何ともまあ大きなものだ。


 駅前の駐輪場に自転車を停め、7階建ての商業ビルへと入る。


「ところで、私たちは今どこに向かっているのでしょうか?」


 辺りをキョロキョロ見渡しながら三宮は俺に尋ねてきた。まるで都会に初めて出てきた田舎者のようだ。


「ゲーセンだ」

「ああ、ゲームセンターに向かっていたんですね」


 駅が発展したところで、地方在住の高校生が遊べる場所というのは限られている。基本的にゲーセンかカラオケの二択だ。おそらく、都会の高校生はもっと選択肢が多く、オシャレな放課後を過ごしているのだろう。


「勝手なイメージで悪いが、三宮はあまりゲーセンとかに行かなさそうだよな」

「イメージ通りですよ。友達とプリクラを撮りに数回行ったことがあるぐらいです」


 そういえばゲーセンにはプリクラコーナーとかいうのがあったな。俺は一度もやったことがないが。


「茜川君はゲームセンターによく行くんですか?」

「いや、俺もほとんど来ないな」


 最後に来たのはいつだろうか。思い出せないぐらいに久々だ。


 エレベーターに乗って5階まで上がる。洋服店や雑貨屋を横目に通路を歩いていくと、ゲームセンター特有の機械音が耳に響いてきた。


 平日だというのに、中学生や高校生が大勢いるのを見て、改めて夏休みに入ったのだということを実感する。


「何かやりたいやつはあるか?」

「すみません、ゲームセンタ―にどんなゲームがあるか分からないので──茜川君が決めてくれると助かります」


 そうか、プリクラしかやったことがないんだったな。


 とはいえ、俺もゲーセンに詳しいわけではない。


 適当に店内を歩きながら物色する。クレーンゲームコーナーを通り過ぎるとエアホッケーが視界に入ったので、「これでもやるか」と三宮に声をかける。


「これは、エアホッケーというゲームですよね?」

「ああ。ひょっとして、初めてか?」

「はい。でも大丈夫です、ルールは分かります。小さな円盤を弾いて、相手ゴールに入れるんですよね?」

「まあ、そんな感じだな」


 例えゲーセンにあまり来ない人間だとしても、18年間で一度もエアホッケーの経験がないということに驚く。エアホッケーは一種の通過儀礼みたいなもので、全員が通る道だと思っていたが、そうではないらしい。


 互いに100円玉を一枚ずつ入れて、ゲームスタート。


俺の陣営にパックがきたので、マレットで思いっきり弾く。小細工なしのストレート。一直線にパックは進み、そのまま三宮のゴールに吸い込まれていった。ゲーム開始3秒で先制点を挙げる。


「……今、私得点を決められちゃいました?」

「1対0だ。早くしないと、時間なくなるぞ」

「こんなに速く円盤が動くんですね……頑張ります」


 そう意気込み、パックを打ち返してきた三宮だが、勢いは弱く、俺は簡単に打ち返すことに成功。横の壁にぶつけてパックはジグザグに進んでいく。


「──えっ?」


 首を横に振りながら驚いた顔でパックの動きを目で追っている。パックはゴール横の壁に弾かれ、俺の元に戻ってきたので、最初と同じようにストレートで打ち返す。何にも阻まれることなく三宮のゴールの中へ。


「これで2対0だ」


 試合は8対0という俺の圧勝で幕を閉じた。


「全く歯が立ちませんでした……茜川君はもしかして、エアホッケーを習っていましたか?」


 エアホッケーに習い事なんてあるのだろうか?


「いや、特には」

「それであんなに強いんですね──凄いです」


 三宮が弱すぎるだけだと思うが、そんなことは口が裂けても言えない。


「対戦系のゲームですと、どれをやっても勝てない気がするので、二人で協力してできるようなゲームをやりたいんですが、そういうのはありますか?」


 流石は三宮、自己分析がしっかりできている。手加減しない限り、俺が負けることはないだろう。


「じゃあ、あれでもやるか」


 少し離れた先にある一つのゲーム機を指差して提案してみる。


「どんなゲームなんですか?」

「ゾンビを銃で撃つゲームだ」

「……物騒なゲームですね」

「やめておくか?」


「……いえ、やってみます」顔を引き攣らせながらの承諾。本当に大丈夫か?


 始める前に俺は簡単にゲームの説明をした。ゾンビの急所は頭だから頭部を集中的に狙うこと、弾が切れたら画面外を撃ってリロードすること等。


「何かを競い合うゲームではないんですよね?ゾンビをより多く倒した方の勝利──みたいな」

「ああ。二人で協力してゾンビを倒して、国家の平和を取り戻すゲームだ」

「分かりました。頼りにしています、茜川君」


 たかだかゲーム。だけど三宮に頼りにしていると言われ、少しだけ照れ臭い。


 互いに100円玉を入れると、大型モニターにゲームのオープニングムービーが流れ始めた。この手のものは普段、スキップして見ないのだが、ゲーム初心者の三宮もいることだし、飛ばさずに見ることにした。


 20XX年、とある国の研究者が政府の命令により細菌兵器の開発を無理矢理進めさせられていた。その国は他国と何年も戦争が続いており、劣勢状態にあったため、その状況を打破するための方法として挙がったのが、細菌兵器の使用だった。しかし、細菌兵器開発の実験中、誤って一人の助手が実験薬を素手で触ってしまった。すると、その助手の体はみるみる腐っていき、ゾンビへと変貌した。ゾンビとなった助手は周りの人間を次々に襲っていく。襲われた人間もまたゾンビへと姿を変え、その国の3分の2以上の国民がゾンビとなってしまった。そんなゾンビ大国のゾンビを駆逐するために派遣されたのがこのゲームの主人公たちである。


 という感じのオープニングムービーが終わり、ゲームがスタートする。


 場面は高層ビルが建ち並ぶオフィス街。灰色の空の下、ビルからの明かりは一切ない。


いきなり5体のゾンビが現れ、腕を前に伸ばしながら向かってきた。マシンガン型の銃を手に持ち、頭部を目がけて撃ちまくる。


 俺の銃弾を受けて次々にゾンビは倒れていく。5体のゾンビが全て倒れると、ビルの影から新たなゾンビ集団が現れた。その数は──8体。


 数が増えたところで関係ない。やることは同じだ。どんどん銃弾を浴びせていく。7体倒して残り一体となったところで、画面が大きく揺れた。その一体のゾンビから攻撃を受けてしまったのだ。このゲームはプレイヤーにライフポイントがあり、その数は4つ。つまり、4回攻撃を食らうとゲームオーバーになる。今ので俺のライフポイントは残り3つとなってしまった。気を取り直してすぐに攻撃を食らわせてきたゾンビを倒す。


 すると今度は上空から翼を生やした3体のゾンビがこちらへ飛んでくる。狙いを定めて撃つが、動きが早くて中々仕留められない。何とか2体を倒したが1体から攻撃を受けてまた画面が揺れる。残りのライフポイントは2つ。


 そこで俺は違和感を覚える。


 こんな序盤なのに、既にライフポイントを半分失うほどの攻撃を受けている。かといって、俺の操作が特別下手クソだとも思えない。


 隣を見ると違和感の正体がすぐに分かった。


 三宮が銃を撃ってなかった。ゲームが始まってから一発たりとも。


 二人プレイのゲームなのに、俺は一人でゾンビに立ち向かっていたのだ。


「おい、三宮。何で銃を撃たないんだ?」

「──怖いんです」

「何が怖いんだ?」

「人間を撃つのがです──」


 いや、人間じゃなくてゾンビなんだが──でも、元は人間だから間違ってはいないのか?というかそんなことはどうでもいい。


「これはゲームだ。現実じゃない」

「でも、映像がとてもリアルです」


 最近のゲーム映像というものは、現実と区別がつかないと言ってもいいぐらいのグラフィック技術が使用されている。画面上のゾンビや背景は、まるで本物のように見える。


「例えリアルに見えても、所詮は画素の集合体だ。気にすることはない」

「でも……」


 画面が揺れる。俺のライフポイントは残り1つとなってしまった。一方の三宮はまだライフを1つも失っていない。ゾンビよ、流石に攻撃対象が偏りすぎじゃないか?


「とにかく撃つんだ。このままじゃ、ゲームオーバ―になってしまう」


「わ、わかりました」と言うが、三宮の銃からは銃弾が発射されない。どう見ても人間の姿には見えない、目の前の翼が生えた化け物を撃つことを躊躇っている。


 一人で何とかするしかない、か。


 俊敏に飛び回るゾンビ目がけて銃弾を撃ち込みまくるが当たらない。ゾンビはどんどんこちらに近づいてきて──。


 画面が揺れる。その瞬間、俺は全てのライフポイントを失った。


 その後、当然のように三宮もゲームオーバーとなる。


「すみません。私、何もできなくて……」


 三宮は結局、一発も銃弾を撃つことなく、ゾンビからサンドバッグのごとく攻撃を受けて全てのライフポイントを失っていた。


「気にするな。そういうこともある」


 まあ、多分そういうことは、他の人には滅多にないことだと思うが─。


 さて、次はどのゲームをやろうか。

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