第24話
母親が昼食として作ってくれた冷やし中華を食べ終え、この後の予定を考える。考えると言っても、二択のどちらかを選ぶだけだが。
家で勉強するか、東部分館で勉強するか。
外は灼熱の暑さが猛威を振るっており、外出するのは少し億劫だったが、三宮が来ているかもしれない、という期待を胸に抱き、後者を選択することにした。
「この後、東部分館に行って勉強してくる」
俺は母親にそう報告し、勉強道具を自室から取ってこようと思い、リビングを出ようとしたところで「ああ、そういえば」と声をかけられる。
「あんたがよく利用してるあの図書館、近いうちに廃館されるらしいわよ」
──なんだその冗談は?
全然面白く感じない。今日はエイプリルフールじゃないぞ。それとも俺の知らないところで、エイプリルフールは今日に変更されたのか?
「今日の午前中、テレビで北原市長がそう言っていたのよ」
あの新市長が?
急いでスマホで検索すると、『北原新市長 徹底的な財源整理の具体案示す』という見出しのネットニュースを発見した。見てみるとそこには、富川市内にある図書館の分館24館の内、利用者の少ない半数の12館を廃館して財源を確保するという内容が書かれていた。丁寧にも廃館予定の分館のリストが載っており、そこには東部分館の名前もあった。尚、分館の廃館によって捻出された財源は全て教育に充てるとのこと。
コメント欄は「市長の判断に拍手を送ります。子供たちのためにお金を使ってくれてありがとうございます」「ここに書かれている図書館に一回行ったことがあるけど、利用してる人がほとんどいなかったから良いんじゃないかな?」等、新市長の政策を肯定するもので埋め尽くされている。
東部分館なんてものは不必要だ。富川市民の声がスマホの小さな画面の中で、巨大な民意として具現化されていた。
だけど、あの建物は俺にとって必要なものだ。
本郷さんと出会った思い出の地。
大切な場所が、跡形もなく壊されようとしている──。
悪い夢を見ているようだった。暗闇の中で、無数の怪物のような腕が襲いかかってくるような悪夢。
「大丈夫?汗、びっしょりよ」
母親が心配げな表情で俺を見ていた。室内はクーラーが効いているはずなのに、全身から大量に発汗し、大雨に打たれた後みたいになっていた。
「母さんは──北原市長の財源整理についてどう思う?図書館を減らして、その分を教育費に充てるっていう政策のことを」
「いいことだと思うけど?利用者の少ない図書館を無理して維持させるより、子供たちのために税金を使ったほうが富川の未来のためになるじゃない」
至極真っ当な意見だ。俺の母親も、巨大な民意の一部ということか。
「確かにあんたはあの図書館を昔からよく利用してるから、少し不便になるわね。でも本を借りてるわけじゃなくて、自主勉強をしに行ってるのよね?勉強をする場所なら他にもたくさんあるから大丈夫よ。勉強しに行くっていう理由なら、カフェとかファミレス代ぐらい出してあげるし」
そういう問題じゃない。そもそも勉強するだけなら、俺は家で十分集中できるタイプの人間だ。
勉強する場所どうこうではない。
東部分館という固有名詞に意味がある。
あの場所がなくなってしまうと本郷さんと過ごした時間がなかったことになるような気がして、俺は恐怖を感じた。
急に居ても立っても居られなくなり、勢いよくリビングを飛び出して自室へ向かった。
黒色の無地の手提げバッグに筆記用具や参考書等の勉強道具を乱暴に詰め込み部屋を出る。
急いでも意味がないのは分かっていた。分かってはいたけど、早く東部分館へ行きたかった。
太陽が容赦のない熱を放出する中、俺はママチャリを全力で漕いだ。




