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第20話

「改めて北原氏、富川市長選挙当選おめでとうございます」


 朝のテレビのニュースで、昨日の選挙の結果について放送がされていた。


「ありがとうございます。これも全て有権者の皆様のおかげです」


 嬉しそうにそう語るのは新市長となった北原正俊。確か31歳の新人政治家で、元中学校教師。以前のニュースでそう説明があったのを思い出す。


「これできっと、富川市はより住み良い町になるわ」


 母親は実に満足そうな表情でテレビに映る新市長を見ている。


「母さんはこの人に投票したのか?」

「もちろんよ」


 テレビから視線を外すことなく返事が返ってくる。


「ちなみに、理由は?」

「掲げていた政策が魅力的だったのよ。子育て支援を充実させるとか、防災対策の強化を図るとか、無駄のない財源確保を行うとか、他にも色々ね」


 何というか、普通だな。テンプレートというか個性がないというか、誰でも言えそうな政策だ。もう一人の候補者の政策がどんなものか知らないが、この感じだと遜色のないものだと想像できる。


「それに──カッコイイじゃない!」


 ああ、それが一番の理由か。


 テレビを見る母親の目には政治家ではなく、キラキラと美化されたアイドルが映っていることだろう。昨日選挙に行くよう呼びかけた俺への言葉が、かつらむきされた大根の皮のように薄く思えてきた。


 今回の富川市長選挙の候補者は、31歳の若手と63歳のベテランの二人。


 若いイケメンと中年男性。


 有権者全員が俺の母親みたいに、顔で選んだとは思えないが、ルッキズムの影が少なからず後ろに見え隠れしている印象を受ける。


「私はこの素晴らしい富川のため、『自分のことは二の次、市民の皆さんを第一に』をモットーに、自分の全てを費やしこの町に尽くす所存です!」


 覇気のある声で高らかに職務を遂行すると宣言した新市長。熱気溢れる姿からは大衆を惹き込むカリスマ性を感じる。


「教育、福祉、交通、自然、私には取り組みたい政策がたくさんあります。ただ、何をするにも必要となってくるのはお金です。誤解しないでくださいね。税金を上げようと言いたいわけではありません。必要なところに正しくお金を使い、不必要なところにお金を流さない。税金は皆さんから預かっている大切なお金です。無駄をとことんなくしたいんです。そこでまずは徹底的な財源整理をしようと思っています。手始めにそうですね──私の、富川市長の給与を30%減らします。その分はもちろん、市の財源に回します。私は自分のために市長になったわけではありません。富川市のために政界へ足を踏み入れました。これぐらいは当然やります!」


 富川市長の元々の給料がいくらか分からないが、30%カットとは中々思い切っているなあと思う。しかもそれを選挙前ではなく当選後に発表するとは、なるほど、『自分のことは二の次、市民の皆さんを第一に』と言うだけはある。


「ね、北原さんてすごいでしょ?政治家の鏡よね。まだ若いのに、頼りになるわ」


 母親はすっかり新市長の信者となっている。まあ、政治家の汚職事件が蔓延している昨今にしては珍しい程の、聖人君子な人物が現れたなあとは思うが。


 一方で、立派に見える人間が実は、裏ではとんでもない悪事を働いているなんてこともよくある。この新市長がどうかは分からないが、盲目的な信頼は控えた方が良いと言うのが個人的な感想だ。


 テレビでは新市長の熱い話がまだ続いている。画面に釘付けになっている母親に「行ってきます」と声をかけてから俺は学校へ向うこととした。




 今日の授業は全然集中できなかった。それは蒸し暑い教室のせいでも、なぜか5分遅れている教室の時計のせいでもない。


 唯ちゃんのことを考えていたからだ。


 どうすることが正解なのか、答えを捻り出そうとしたが徒労に終わった。


 そもそも正解なんてものがあるのか。疑わしく思えてきた。


「翔くん、ちょっといい?」

「桃香か。どうした?」


 放課後、教室を出たところで堀内桃香に声をかけられた。


「実はお願いがあってさ──数学で分からない問題があるの。答えの解説を見ても全然理解できなくて……もし良かったら教えてほしいなあって思って──」


 数学の問題集を両手で抱えながら桃香は俺にそう言ってきた。


 堀内桃香とは高校1年生の頃、5ヶ月ほど付き合っていた。


 桃香は普通科のため、授業で顔を合わす機会はほとんどなかったが、共通の友達を通して向こうから連絡先を交換して欲しいと言われたため、LINEのIDを教えたことがきっかけで関係ができた。付き合った後に聞いたことだが、体育祭のクラス対抗リレーで、俺がアンカーとして走っている姿がカッコ良かったらしく、そこから意識するようになったとか。


 連絡先を教えてからというものの、桃香からのLINEは毎日のように届いた。内容はその日の授業や部活の感想、今ハマっているアーティストについてなど、些細なものばかり。俺はそれらのメッセージに素っ気無い返信をしていた。


 そんなやり取りを二週間程した後、付き合ってほしいと告白され、特に断る理由もなかったため了承した。好きでもないし、嫌いでもない、というのがその時の俺の気持ちだった。


 交際が始まってからも関係性は変わらなかった。LINEのメッセージを送るのも、デートに誘うのも全て桃香から。積極的な桃香からのアプローチを俺がただ受け入れるという構図。


 その関係性自体はさほど嫌ではなかった。しかし、付き合っていく中で俺は桃香に対して次第に息苦しさを感じていく。


 それは桃香の束縛が激しかったからだ。俺が他の女子と接するのを極端に嫌がっていた。


 特に聡美とやりとりすることには嫌悪感をむき出しにしていて、「話すのをやめてほしい」「連絡先を消してほしい」等の要求を突きつけられた。


 ちなみに桃香以外の女子生徒と、俺は必要最低限以上の会話をしていなかった。そもそも、気軽に話せるような仲の良い女子友達なんていなかったからだ。聡美とは確かによく話していたが、それは幼馴染だからであって、恋愛感情があったからではない。ただ、どんなに説明しても桃香は納得してくれなかった。


 そういう経緯があり、俺の方から交際を打ち切った。


 別れた後もしばらくはLINEのメッセージがよく届いていたが、2年生に進級した段階でそれはピタリと止んだ。


 クラスも異なるため、関わりはほぼゼロになった──と思っていたが、3年生になると以前ほどではないが、また連絡が来るようになった。俺としては関係をやり直すつもりは毛頭もないため、正直迷惑な話だ。


「勉強を教えてほしい」と放課後にこうして言われるのも今回が初めてではない。頼まれるたびに毎回やんわりと断っている。


「──別に構わないが」


 だから自分の口から出た言葉に自身で驚く。


「……っえ?」


 桃香も俺の返答に驚いていた。いつも断られているからか、了承されることを想定できていなかったようだ。


「どの問題が分からないんだ?」

「──えっとね、ちょっと待ってて……あれ、何ページだったっけ──」


 焦る様子で問題集を乱雑に捲っているが、該当の問題は中々見つからないようだ。


「とりあえず、教室にでも入るか」俺は探究科学科の教室を指差してそう言った。


「いいの?私、普通科の生徒だけど」

「何も問題ないだろ。放課後だし、それに、教室にはもう誰もいないしな」

「そっか。じゃあ、お邪魔します」

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