第19話
翌日の日曜日。元々、今日は昼から東部分館に行って勉強しようと予定していたが、昨日のことで勉強する気分ではなくなり、行くのをやめた。
リビングで母親が作ってくれた昼食の炒飯を食べる。玉ねぎ、溶き卵、ひき肉のシンプルな炒飯だが、隠し味の昆布醤油が絶妙なアクセントになっていて美味い。
「母さん、投票に行ってくるけど、あんたは本当に行かないの?」
そう声をかけられて思い出す。今日は富川市長選挙の日。確かベテラン対若手の一騎打ち勝負だったはず。
「行かない」と一言だけ答え、炒飯を食べ続ける。
「分かったわ。でもね、選挙っていうのは自分たちの暮らしに大きく影響するものなのよ。結果次第でこれからの運命が変わると言っても過言じゃないのよ。だから次の機会がある時はもう少し前向きに考えてみなさい」
そう言い残し、母親はリビングを出て行った。
選挙なんかで運命が変わるわけがないだろ。
俺が紙切れ一枚を箱に入れたところで、何か変化が起こるとは到底思えない。
民主主義だなんて言っているが、蓋を開ければ組織票がイニシアチブを握るただのマネーゲームだ。
「運命か……」
唯ちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。無邪気な笑顔を表情に浮かべる唯ちゃんが、こちらを見ている。
選挙に行っても唯ちゃんが助かるわけではない。やはり政治家に運命を変える力なんてないじゃないか。
でも、俺は変えることができるかもしれない。
にこまるのこともシックザルという力のことも、まだ100%信用しているわけではないが、現時点で唯ちゃんの運命を変えられるのは政治家でも医者でもなく、この俺が一番可能性が高い。
炒飯を食べ終え皿を片付ける。こうやって俺が呑気に昼飯なんて食ってる間にも、小さな命はどんどんと蝕まれている。
部屋に戻りスマホを見るとLINEの通知が一件あった。相手は聡美で内容は『投票行った?』と一言。
『行ってない』と返信するとすぐに『じゃあ一緒に行こうよ』と返ってきた。
聡美の家と俺の家は比較的近い。選挙会場もおそらく一緒だろう。
『俺は行くつもりがないから一人で行けよ』と返すとLINEではなく電話がかかってきた。
「もしもし」
「何で行かないの?」甲高い声が耳に突き刺さる。
「大した意味はないよ。単純に、興味がないからさ」
「あんたそれでも富川市民なの?初めての参政権を無駄にする気?」
電話の向こうで怒りを露わにしている聡美の姿が想像できる。
「そう言われてもな。俺はどちらの候補者もよく知らないし、適当に票を入れるのはむしろ失礼になるんじゃないか?」
「どちらかを選ぶことじゃなくて、投票に行くということが大事なのよ。頭が良い癖にそんなことも分からないの?どっちにも投票する気がないなら白票を入れればいいじゃない」
投票において白票は無意味ではない。無論、候補者に入る票には数えられないが、その選挙における投票数と投票率は上がる。どの候補者にも賛同できない意思表示をした、という政治参加をしたことになる。
白票を入れに行くのと行かないのとでは雲泥の差だ。
そんなことはもちろん分かっているんだが──。
「悪いな、今回は遠慮させてもらうよ。次、何かの選挙があったらまた誘ってくれ」
何が何でも投票に行きたくないわけではない。白票を投じるのが嫌なわけでもない。もちろん聡美と一緒に投票へ行くことも。
ただ、今は外出をするような気分じゃない。
「……何かあった?」
さっきまでとは反転して心配そうな声音でそう聞かれる。流石は幼馴染だな。電話越しにも関わらず何かを察したらしい。
「少し考えたいことがあってな」
聡美は数秒間をおいてから「──そう。それなら仕方ないわね。じゃあ、また明日学校でね」と言って電話を切った。
スマホをベッドに置き、机に向かう。勉強しようと思い、物理の参考書を広げるが、やはりやる気にはなれなかった。
気分を入れ替えようと思い、テレビゲーム機のある部屋へ向かう。
バイクワールド3を起動し、ネット対戦モードを選択して顔も名前も分からない人たちと対戦を行うことにした。
1レース目、3分程の激走の末、結果は9位だった。
16人中の9位。どうやら俺はゲームの才能はないようだ。
家にいながら世界中の会ったこともない人たちとこうしてゲームができる。インターネットというシステムはやはり革命的な発明だと思う。
画面の中にいるこの15人のキャラクターは、プログラミングによって生み出されたNPCなどではない。実際に世界のどこかで生きている生身の人間だ。
それぞれが実生活を過ごしていると思うと、何だか不思議な気分になる。
この15人はどんな運命を辿るのだろうか。
ひょっとすると唯ちゃんのような思い病気に罹り、苦しんでいる人がいるかもしれない。逆に、心身共に健康で実家も太く、何の不自由もなく、悠々自適な毎日を過ごしている人がいてもおかしくはない。
想像をいくらしても、実際がどうかなど確かめようがない。まるでブラックボックスだ。
気付くと2レース目が既に始まっていた。スタート地点には俺のキャラクターが一人寂しそうにバイクに跨っているだけで、周りには誰もいない。
完全に出遅れた。
急いでアクセルを全開にしスタートさせるが、結果は16位。
16人中の16位。
これまでの人生で、何かで最下位を取ったことなど記憶の中ではない。
きっと今日は何をやっても上手くいかない──そんな気がした。
3レース目には参加せず、俺はゲームの電源を切って部屋を出た。




