第1話
「続いてのニュースです。富川市長選挙が今週日曜日に行われますが──」
リビングで朝食のトーストを食べていると、テレビから地元ローカル局の女性アナウンサーがニュース原稿を読み上げる声が聞こえる。
「そういえば今週が選挙だったわねえ。翔、あんた選挙は行くの?」
薄いピンクと白のチェック柄のエプロンを付けた母親は俺にそう聞いてきた。
公職選挙法の改正により、これまでは20歳以上に与えられていた選挙権が、2016年からは18歳以上に引き下げられた。
高校3年生の俺は現在18歳。ゆえに、選挙権を手にしている国民である。
しかし、同じ高校3年生でも、誕生日を迎えていない者は17歳のため、選挙権が与えられていないことになる。
この改正について、「学年が一緒なのに得ている権利に差が生じるのは平等ではない気がする」何かの話の流れで、以前父親にそう話したことがある。それに対して「公平ではあるけどな。同じ学年って言っても誕生日が違えば生きてきた日数は違うだろ?早く生まれたやつはその分だけ人生経験を積んでいるんだから、少しぐらい早く権利を得てもいいんじゃないか?まあ、自動車免許だって同じ仕組みだしな」と言っているのを聞いて、納得できるようなできないような気分となった。
「俺は行かないよ。大学を卒業して、社会人になってから行くと決めてるから。学生は政治よりも学問が大事ってことで」
正直選挙に興味はない。
「行くのがめんどくさいだけでしょ?」
流石は俺の生みの親。大正解だ。
「ここ数年の市長選挙の投票率は毎年下降していますが、この状況を変えるためには、北山先生、どうするべきでしょうか?」
テレビでは女性アナウンサーが隣に座る、選挙の専門家らしき高齢男性に意見を求めていた。
「やはりネット投票を全面的に解禁するべきでしょう。私もそうですが、歳を取ると体調が悪くて選挙会場に行くのが難しい方も多くいますし、それに、若者もスマホで気軽に投票ができるとなったら、確実に投票する人が増えるでしょう」
しかしネット投票には、通信障害、情報の漏洩、投票者の本人確認が困難、などといったデメリットも多く、実現にはまだ時間がかかる。北山先生という人物はそう続けた。
「ネット投票が実現していたら、あんたも投票するって言ってたかもね」
母親はそう言ってシンクの方へ行き、洗い物をし始めた。
多分ネットで投票できたとしても、俺は投票をしていない気がする。
ネット投票を解禁すれば確実に投票率は上がるだろう。だけどそれは、国を良くするための根本的な解決策にはなっていない。
大切なのは、国民が政治の知識をより深め、国のために選挙に参加しなくてはいけないという気持ちを高めるためにはどうするか、を考えることだ。
投票システムが便利になったところで、投票する側の意識や能力が低ければ、それは返って悪政を導くだけだ。
選挙の投票率の数字だけをただ上げようとする政策は、SNSでやたらと適当にフォロワー数を稼ごうとする人物の手法と重なる部分がある。
政治に興味関心のない俺が何を言ってるのやら。
テレビには今回の富川市長選挙に立候補する人物2名の写真と簡単な説明が画面に映っていた。
一人は「西村誠司」という男性で、年齢は63歳。薄い頭頂部にぷくっとした丸顔、目尻には深い皺が刻まれていて、年相応な人物という印象。県議会議員や市議会議員を何年も務めたことのある地方議員のベテランであり、3つの政党から推薦されているとのこと。
もう一人の方は「北原正俊」という男性で、年齢は31歳と政治家にしては非常に若い。前職は中学校の教師で、今回の選挙が政治活動初の立候補らしい。推薦政党はなく、無所属での出馬だそうだ。前髪をあげたデコ出しヘアーの黒髪、顔にはシミや髭が一切なく、全体的に清潔感のある印象を受ける。写真の爽やかな笑顔からは、画面越しにも明るい性格な人物であることが伝わってくる。きっと女子生徒からモテていたんだろうなということも容易に想像できる。
若手の新人が歴戦の猛者に勝負を挑むといった図式。
まあ、どちらが当選することになっても俺には何の関係もないだろう。
ちなみに今回の選挙は、前市長が大麻の所持及び使用による向精神薬取締法違反により逮捕され、市長の座が空いてしまったために行われている。
政治家の不祥事というものは、ゴキブリの生命力並みに絶えないものだ。
テレビでは北山氏が今回の市長選のポイントを解説しているが、トーストを食べ終わった俺は皿を片付けてからリビングを出た。




