第15話
三学期が始まってすぐのこと。
放課後、東部分館のフリースペースに訪れると本郷さんはいた。その日もいつものように生物の話を聞かせてくれていたのに。それなのに、話に区切りがつくといきなり──。
「年明け早々、頭痛が頻繁に起こっていてね。何かおかしいと思って病院で検査してもらったら──とんでもない大病を罹患していたことが判明したんだ」
病名は教えてくれなかった。が、放っておくと死は絶対に避けられず、手術をしても成功する確率がかなり低い。そんな病気だということを教えてくれた。
「来週から入院生活だよ。いやあ、まいったね」
微笑んでそう答える本郷さんだが、声には覇気が感じられない。俺に心配をかけないためか、精一杯強がっている姿は、見ていて胸が締め付けられるように痛い。
「俺、お見舞いに行きます。どこの病院に入院するんですか?」
しかし本郷さんは首を横に振る。
「気持ちだけ受け取っておくよ。入院する病院なんだけど、かなり遠方だからさ」
「どんなに遠い場所だって行きますよ。だから、教えてください!」
「ありがとう。でも、弱っている姿を君には見せたくないんだ。頼むよ……」
それ以上は何も言えなかった。
これ以上自分の気持ちを強引に押し出すと、きっと本郷さんを困らせてしまう。
自分の思っている善行が、相手のためになるとは限らない。
俺は──なんて無力なんだろう。
自分の価値に気付かせてくれた恩人に、何も返すことができない。
「そんな悲しい顔しないでくれよ。これじゃあどっちが病人か分からないじゃないか」
「……すみません」
沈黙が流れる。
俺たち以外の利用客が本のページを捲る音が聞こえてくる。
普段なら耳に入らない紙と紙が擦れる音が、今は鮮明に聞こえる。
「分かった、約束しよう」
「──約束、ですか?」
「ああ。僕は手術を受けて必ず病気を治してみせる。いつになるかは分からない。けれど、またここに来て君に生物の話を聞かせよう。そうだなあ、いつも僕ばかり喋っている気がするから、次会う時は君の話も聞かせてほしい。君の、学校生活の話を。だから、たくさんネタをストックしておいてくれよ」
本郷さんは優しい目をこちらに向けてそう言った。
俺を悲しませないために──励ますために。
本来なら、俺が本郷さんを元気づけなくてはいけない立場のはずなのに──。
「後悔するかもしれませんよ」
「何をだい?」
「そんな約束をしてしまったことをです」
「どうして?」
「本郷さんに生物の話をする暇なんて与えないぐらい、俺が自分の話を永遠とし続けます。インド映画100本分ぐらいのストックを用意しておきます」
「あはははっ。それはいいね。実に楽しみだ」
愉快な笑い声を出す本郷さん。少しは、元気を与えることができただろうか。
「そろそろ閉館の時間だね。じゃあ、この辺でお開きにしようか」
そう言われスマホを見てみると、時刻は閉館時間3分前となっていた。
しばらく会えない。次に会えるのがいつか分からない。名残惜しい気持ちが激しく心に打ち寄せる。
本当に次は……あるのだろうか?
「はい……出ましょう」
俺はそう言って帰り支度をした。他に言葉が出てこなかった。
外はすっかり暗くなっていた。
空には鋭利な三日月が浮いている。
「それじゃあ、またね」
いつもと同じ別れの言葉を述べて、本郷さんは去っていった。
何事もなかったかのように──。
いつもと同じように──。
誰もいなくなった東部分館の前で俺は立ち尽くしていた。
冷たい風が衣服を突き通し、肌を襲う。
富川の冬は寒い。
でも今日は、いつもよりも空気が冷えているように思えた。




