第14話
「勉強のやり方って大切なんですね。今回のことでそれがよく分かりました」
「それはそうなんだけど、この結果は君の地頭の良さがあってだよ。誰もが勉強方法を変えただけでこんな結果を取れるわけじゃない。どうだい、少しは自分の頭の良さに自信が持てたんじゃないか?」
自信を持たざるを得なかった。1位という権威は俺が思っていた以上に絶大で、自己の意識や気持ちを変えてしまうものだと思い知った。
「君は優秀なお兄さんが近くにいたから、今まで自分の能力の高さに気づけなかったんだ。人間っていうのは不思議なものでね、周りに自分よりも凄い人間がいると、例え自分が凄い人物だったとしても、己の価値を低く見積もってしまう。相対的に能力が低く見えてしまうことはあるかもしれない。だけど、いくら周りに凄い人間がいたところで、本人の能力それ自体が下がるわけではないのにね」
人間は誰かと比較をすることで自分の価値や能力を測ろうとする。なぜならそれが手っ取り早くて分かりやすいからだ。他人という物差しを自分に当てて、どちらがより大きいかを見るだけでいい。
しかし、普通の物差しがどれも同じ単位で統一されているのに対して、他人という物差しはそれがバラバラだ。
俺が使用していた兄貴という物差しは単位が極端に大きかった。その結果、俺は自分の能力の値を見誤っていたのだろう。
「話を聞く限り、君のお兄さんはとても優秀だ。もしかすると僕よりも……ね。だけどそんなことは君には関係ないのさ。お兄さんと比較すること全てを悪いとは言わない。でも、他人ではなくて自分に目を向けることを優先した方が、より正しい自分を知ることができる。僕は、そう思っている」
中間テストの結果が書かれた紙が本郷さんから返された。
「1位」という文字が目に留まる。
「本郷さん、一つ質問してもいいですか?」
「もちろん」と微笑む本郷さん。
「本郷さんは今回の中間テストの結果を見て、俺のことを凄いと言ってくれました。だけど、この1位という結果は、他人と比較することで得られる情報です。本郷さんは、他人よりも高得点を取った中学1年生の男子生徒のことを凄いと言ったんですか?それとも、俺個人のことを……どっちですか?」
前者と後者ではまるで意味が違う。前者は結局のところ、人物ではなくてただの肩書きだからだ。今回がたまたま俺であったというだけの。
「あっははは。そんなの決まっているじゃないか」白い歯を見せて笑う本郷さん。続く言葉は──。
「もちろん後者さ。別に君が今回1位を取れなかったとしても、僕が君のことを優秀だと思っていることは変わらなかったよ」
そう言ってくれると思っていた。思っていたのに、聞くとやはり安心する。
「僕は茜川翔という人物を優秀だと認めている」
嬉しかった。他に言いようがない。同じことを、教師や親、兄貴に言われてもきっと今のこの感情は湧いてこなかっただろう。
本郷さんに認められた。この上ないエネルギーが全身を巡っているのを感じる。
今の俺になら何だってできそうだ。
どんなことでも成し遂げられる。そんな気がした。
その日を境に、放課後や休日に東部分館へ行く機会が増えた。
もちろん本郷さんと会うためだ。
当然だが毎回会えるわけではない。会えない時は勉強をしたり、小説を読んだりしていた。
本郷さんは俺に会うと嫌な顔一つせず、話をたくさんしてくれた。その九割以上が生物に関するものだったが、俺は本郷さんの話を聞くのが好きだった。
東部分館のフリースペース。小さなその建物は、俺の中で大きな存在となっていた。
本郷さんのような大人になりたい。俺の目指すものが定まった。
「ひょっとしたら、もうここには来られないかもしれない」
だからその突然の宣告が信じられなかった。




