第13話
「例えば、英単語を覚える時、君はどのようにして覚えているかな?」
「書いて覚えています」
「書くという手段を選択している理由は?」
「小学生の頃に母親が『漢字は書いて覚えるのが一番よ』と言っていて、それ以来、暗記物は基本書いて覚えるようにしています」
「つまり、書くことに特にこだわっているわけではないと?」
「まあ、そうですね。習慣みたいなものです」
すると本郷さんは「ふふっ、やっぱりね」と俺の答えを予期していたかのように笑った。
「何かを覚える時、まあ今回は英単語に限定しよう。英単語を覚える方法は大きく分けて三つある。一つは君が実践している『書く』という方法だ。他には『見て覚える』と『声に出して読んで覚える』がある。まあ、『書きながら声に出して読む』みたいな複合したものも含めると三つ以上あるけど、とりあえず三つで考えてほしい。ここで問題だけど、この三つの中で一番良い覚え方はどれだと思う?」
普段書いて覚えている身としては『書く』が正解であってほしいと思うが──。
「分かりません」
適当に答えても良かったが、分からないものは分からない。俺は正直にそう答えた。
「流石だね。正解だ」
「──はい?」どういうことだろうか。ひょっとしてからかわれているのか?
「どれが一番良いかなんてものは人によって違う。『書く』が一番適している人もいれば、『見て覚える』が一番の人もいるし、『声に出して読んで覚える』が一番の人もいる。暗記の方法で、全員が共通して最適とされるものなんてあるわけがないんだ。人間はロボットじゃない。一人一人が別物の個体だからね。人によって一番適した方法が違うのは当然さ。だから君の「分かりません」という答えは正解なんだよ」
俺の答えをからかっていたわけではないらしい。
「勉強の方法全般に同じことが言える。勉強の方法はたくさんあるけど、誰にとってもベストとされる方法なんてものは存在しない。大切なのは、自分にとってのベストを見つけることなのさ」
本郷さんの言っていることは正しいと思う。しかし、「なるほど」という納得感はない。人によってベストな勉強方法は異なる、そんなことは多くの人が分かっていることだ。
重要なのはそこじゃない。
ポイントは、分かっているからといって、実践できているかどうかは別ということだ。
「英単語に話を戻そうか。君は『書く』以外の方法で英単語を覚えてみたことはあるかい?」
「一応あります。見て覚えたことも、読んで覚えたことも」
「でもどちらもあまりぱっとしないから、お母さんに教えてもらった『書く』という方法を何となく使っている。そうだよね?」
「そうです」
「さらに言うなら君は、自分にとって英単語を覚える方法は『書く』がベストだと、心の片隅でそう思い込んでいる。違うかい?」
ニヤリとした表情の本郷さんに、俺は無言で頷いた。
俺は本郷さんの真意がやっと理解できた。
英単語を覚える方法を、俺は「書く」以外にも試したことはある。しかし本郷さんの言った通りあまりしっくりこなかったため、結局書いて覚えるという方法を現在採用している。
だが、俺にとって英単語を覚える方法が、本当に「書く」がベストなのかどうか、その保証はどこにもない。
他の教科の勉強も同じだ。国語、数学、理科、社会──教科によって勉強方法は異なるが、今俺が採用している勉強方法が自分にとってベストなものかどうか深く追究したことはない。ただ何となく、漫然と選んでいるに過ぎない。
「君にとっての英単語を覚えるベストな方法はひょっとしたら『見て覚える』かもしれない。または『声に出して読んで覚える』だってあり得る。もちろん、『書く』が一番の可能性もあるけどね。自分にとってどれがベストか、その答えを出すことは想像以上に難しいことなんだよ。英語の場合は英単語の暗記に加えて、文法の覚え方、リスニングや長文読解、英作文等、それぞれの勉強方法のベストを見つける必要がある。国語や数学等の他教科でもそれぞれのベストを見つけるとなると──」
「気が遠くなりますね」
「そうだね。それ故に、本当に自分にとってベストの勉強方法を熟知している学生というのは、ほとんどいないものだよ」
少なくとも俺のクラスには一人もいないだろうなと思った。
「とりあえず1ヶ月ほど、自分にとってベストな勉強方法が何かってことを、各教科、分野毎に見つける努力をしてみなよ。色々な方法を試してね。ベストは分からないかもしれないけど、ベターなら発見できるかもしれない。中間テストの勉強は、1週間前ぐらいから始めれば十分だと思うよ。君の地頭ならね」
こうして俺のベストな勉強方法探しの旅が始まった。
主要教科を中心に、どのような勉強のやり方が自分に合っているか、毎日色々と試行してみた。
しかし1ヶ月ではベストは分からなかった。
ただ、ベターだと感じられる勉強方法はいくつか見つけることができた。
ちなみに英単語の覚え方は、俺は「書く」よりも、実は「見て覚える」の方が効率が良いということが判明した。
そしてベターな勉強方法で1週間、中間テストの勉強をし、10月末の試験に挑んだ。新しい武器で魔物を狩る、そんな感覚だ。
国語、数学、英語、社会、理科、全ての教科のテストはテスト翌週には全て返却された。もちろん順位表も。
結果を報告するために東部分館を訪れたが、本郷さんに出会えたのは2週間後だった。聞くところによると、ここ数日は仕事が忙しかったらしい。
「今は微生物の研究に没頭していてね」
「ゾウリムシとかミトコンドリアとかですか?」
「確かにそいつらも微生物だけど──僕が今研究しているのは別の微生物さ」
きっと中学校程度の教科書には載っていないような、難解な微生物を研究しているのだろう。だとしたら、これ以上聞いても俺には理解できない。
「中間テストの結果が返ってきました」微生物の話を早々に切り上げ、本題に入ることにした。
「おおっ、それはそれは。どうだったの?」
袋に包まれて中身の見えないクリスマスプレゼントを貰った子供のような表情で本郷さんはそう言った。早く知りたい、というオーラが全身から溢れている。
俺は点数と順位が書かれた名刺サイズの小さな紙をポケットから取り出して本郷さんに渡した。
「やっぱり僕の言った通りじゃないか」
満足そうな笑みを俺に見せる本郷さん。
それもそのはず。
今回の中間テストで、俺は総合得点で1位を取ったのだから。
「本郷さんって凄いですね」
この人は本当は学者ではなくて占い師なのではないか?そう思えた。
「凄いのは僕じゃない、君だろ。とにかく、おめでとう」
両手の平を向けられる。これはいわゆるハイタッチ、というものをしようということか。本郷さんの両手に向かって自分の手を押し当てる。
パンッという音がフリースペースに響く。
一瞬の音。たった一瞬の空気の振動が少し心地良かった。
今回の俺の中間テストの結果は次の通りだ。
・国語 90点 順位:8位
・数学 97点 順位:3位
・英語 100点 順位:1位
・理科 100点 順位:1位
・社会 96点 順位:2位
・総合 483点 順位:1位




