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第9話

 富川市の図書館は、本館である富川市立図書館に加え24館の分館が存在する。


 放課後俺が訪れたのは24館の内の一つである、富川市立図書館東部分館だ。


 淡い緑色の壁のこじんまりとした2階建ての建物で、1階が主に蔵書の閲覧コーナーになっている。貸し出しカードを作ることで、一度に5冊までの本を、2週間借りることも可能だ。2階はフリースペースになっており、四人掛けテーブルと椅子のセットが十数台設置されている。1階で借りた本だけではなく、家から持ってきた本を読むことも可能で、飲食は禁止となっているが、会話は許可されている。そして学生にとって何よりも嬉しいのは、勉強の許可もされているということだ。


 俺が今日ここに来たのは、閉館までの時間、2階のフリースペースで受験勉強をするため。自宅から自転車で10分もかからない距離にあるので、土日はよく利用しているのだが、こうして平日の放課後に来ることはあまりない。


 ただ今日は、何となくどこかで寄り道をしてから帰りたかった。


 最初はゲーセンに寄って麻雀の対戦ゲームでもしてから帰ろうと思ったが、仮にも受験生ならば、受験生らしい寄り道の方が良いだろう、と、俺の良心が行き先を図書館に変えたのだった。


 フリースペースには三人の利用者がいた。休日はもっと人がいるのだが、それでもこのフリースペースが満席になっている光景を見たことがない。もしこれが民間運営の営利施設だった場合、毎月多額の赤字を出していることだろう。


 利用者の一人である女子高生が使用している席へ近づく。


「あ、茜川君」


 その女子高生は俺に気づくと、読んでいた英語の参考書を閉じて声をかけてくれた。


「よっ、三宮」俺はそう言って、斜め向かいの椅子に腰掛ける。


「平日に会うなんて珍しいですね」

「俺は基本的に土日しか来ないからね。三宮は平日もよく来るの?」

「そんなに多くは来ないですよ。2週間に一回来るか来ないかぐらいですね」


 三宮有紗と初めて会ったのは約1年前。


 休日、勉強をしようと思い東部分館を訪れると、フリースペースの入り口で三宮有紗が立ち尽くしていた。


「どうしました?」と、声をかけると「勉強をしようと思ってここに来たんですが、どのテーブルを使っていいか分からなくて……」と頬を少し赤く染めてそう答えた。「特にルールなんてありませんよ。空いているテーブルならどこを使っても大丈夫です」そう教えると三宮は「ありがとうございます」と微笑みながらお礼の言葉を述べた。


「俺も勉強をするためにここに来たんですが、良かったら一緒のテーブルでやりませんか?」


 断じて下心があったわけではない。本当にただの気まぐれで発した言葉だった。


 とはいえ、今考えるとどう見てもただのナンパ野郎だなと思う。しかも親切を施した後に行うという、心理的に相手が断りにくいシチュエーション。下衆を極めている。


「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて、ご一緒させていただきますね」


 しかし三宮は嫌悪感を示すどころか、喜色満面で俺にそう返答した。


 2時間程勉強すると互いに一段落つき、自然と雑談をしていた。その話の中で、三宮は俺と同級生で富川高校の生徒であることが分かった。富川高校というのは、富川中部に次、県内で二番目の進学校だ。


 そして、天下の東京大学に進学することを目標としており、1年生の頃から毎日受験勉強をしているということも判明。


 普段は家で勉強をしているのだが、今日は何となく気分転換をしてみたかったらしく、母親にこの東部分館のことを教えてもらい、初めてフリースペースに訪れたらしい。


 この日をきっかけに、俺たちはこの東部分館のフリースペースで一緒に勉強する仲となった。とは言っても、一緒にフリースペースに行こうという約束を事前にしているわけではない。お互い、行った時に居たら同じテーブルで勉強するという形式である。LINEも交換しているが、メッセージのやりとりは全然していない。一度おすすめの数学の参考書を聞かれたので、それを答えたっきりだ。


 俺はカバンから化学の参考書を取り出し、ページを開く。三宮も手にしていた英語の参考書を再び開いた。


 互いに会話をすることなく、ひたすら参考書に向き合う。


 18時。閉館時刻を知らせる放送が流れた。

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