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八咫鴉様と俺  作者: 白猫
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第伍話

「お前さ、家で大人しくするって言ったよな」


「ああ」


「面倒事は起こさないって言ったよな?」


「ああ」


「それなのになんで俺の目の前には化け物がいるんだ?」


「それはわしが暇を持て余していたからだ。それに・・・・・・」


鴉丸は肌に刺さるような眼で睨まれ、いったん口を閉じた。


「その力を使うな。内臓がつぶれる」


「そうだよ。姉さんだって悪い事してないよ。だから落ち着こうね」


友弘は鴉丸の前に立って、今にも噛み付きそうなカイトの目線をそらした。


「友弘の言う通りだ。わしはここの校長に会いに来ただけだ」


肌を刺すような痛みが去り、カイトが睨むのをやめたことが分かった。


「校長になんのようだ」


「前にも言ったが、わしは部下を探している」


手を空に差し出すと、一羽の雀が舞い降りてきた。


「そして、うつむの部下が、ここの校長が妖怪使いの子孫だと言う事を突き止めた」


「つまり、校長先生が姉さんの部下さん達を捕獲してるかも知れないってことですね」


友弘は手をポンと合わせながら言った。

鴉丸は頷き、雀を肩に乗せた。

雀は少し肩に乗るのをためらったが、鴉丸が大丈夫だ、と口にした瞬間に顔色を変え、鴉丸の肩に飛び乗った。


「その夜雀はうつむさんですか?」


「こいつは、うつむの部下の娘だ。名はさきだったな」


咲は小さく頷き、頭をペコリと下げた。


「さっきから思うんだが、何でこいつは他の雀と違って態度が小さいんだ?」


寺にやってきた夜雀たちとの態度の違いに気付いたカイトは、ボソリと呟いた。

それを待ってました、と言わんばかりに友弘は鴉丸の横に並んだ。


「妖怪はね、妖怪同士の関係をピラミッド型にしているんだ。

例えで言えば、鴉丸の姉さんが一番てっぺんにいて、次に偉い妖怪が多数いるんだよ。そしてその妖怪たちの部下達がたくさんいて、それがずっと続くんだ。

姉さんの第一部かであるうつむさんは、たくさんの部下を持っていて、うつむさんより身分が下にある部下の娘が、頭である姉さんに触れたり、話したりすることは本当は出来ないはずなんだよ」


長い説明を早口で終え、満足そうに一息つくと、確認を取るように鴉丸を見た。


「ずいぶん詳しいな。お久にでも聞いたか?」


「いえ、ザシキワラシの吹雪さんに教えてもらいました」


「そうか」


友弘の答えに満足した鴉丸は咲を空に放つと、校舎に入っていった。その後を機嫌の悪いカイトと、笑顔を絶やさない友弘がついていった。



校長室に迷うことなくたどり着いた鴉丸は、手も使わずに妖力と呼ばれる妖怪独特の力でドアを開けた。するとそれを待ち構えていたように、二人の男が鴉丸に襲い掛かった。


「遅い」


二人の男は鴉丸に掴みかかろうとするが、鴉丸はそれを許さなかった。


「この瞳鬼三鈴黒鴉どうきさんりんくろからすに手を出すとは、たいした度胸だな」


勢いの付いた蹴りが二人の男を捕らえ、廊下の先まで仲良く飛んでいった。その出来事は

一瞬で、鴉丸以外、誰も蹴りを入れたことに気が付かなかった。


「お前何やってるんだよ! 学校で人を蹴り飛ばすな!」


少し遅れて今の状況を理解したカイトは、鴉丸の胸倉を掴みながら怒鳴った。


「案ずるな。あやつ等は式神いってな、紙切れから出来ている。すなわち、蹴り飛ばしても、意味がないと言うことだ」


カイトの手を剥ぎ取り、校長室に入っていく鴉丸を余所に、友弘は紙切れに戻ってしまった式神を拾ってから、固まっているカイトを引きずり、校長室に入って行った。



 室内では、肌が裂けてしまうような「気」で包まれていた。


「来るとは思っていたが、まさか正面から来るとは思いませんでしたよ」


「無駄な話は無用だ。わしの部下をかえして貰おう」


まだ若く、顔も整った校長先生は、しばらくの間鴉丸を観察していたが、鴉丸が微動もしないため諦めた。


瞳鬼三鈴黒鴉どうきさんりんくろからす。過去に最も恐れられた妖怪の名前だが、あなたがそれだと言う証拠はあるのかな」


「貴様に答える必要がどこにある」


「私の家には何冊か、妖怪についての書があってね。その中に巨大な鴉の妖怪が描かれて

いるんだ。説明には、鬼のような瞳をした鴉だが、三鈴の音よりも美しいと書かれていた。だから見てみたくてね」


校長は気味の悪い笑みを見せながら言った。

それに対し、鴉丸は相変わらずの無表情で、何を考えているのかが全く分からなかった。


「三鈴の音って何だ?」


「アホが」


この重たい空気にもかかわらず、空気を読めないカイトは何の戸惑いもなくはっきりと聞いた。


「三鈴とは、妖怪の魂を意味している。妖怪の魂は、消えるときを迎えれば、一瞬にして消えてしまう。そのすぐに消えてしまう妖怪の魂は、消える瞬時に音を発する・・・・・・それは一度耳にすれば、決して忘れる事が出来ないほど美しく、切ない音だ。

それに対し、人間の魂は未練が地上に残れる。他の生き物も少しはとどまる事が出来る」


「つまり、あなたは魂が見えるわけだ」


「それが何になる。さあ、ワシの部下をかえして貰おう」


腰の竹刀を一瞬で抜き、校長の喉に先端部分を突きつけた。


「私の家は妖怪使い。今はその妖怪が減ってしまい、その力が意味を成せなくなっている。

しかし、一匹の頭領の支配下にいる妖怪たちは他の妖怪と違い、数が多い。例えれば夜雀。

私の手先で調べた所、この町だけで三百羽はいるそうでね。そこで私の祖先は、大量の妖

怪の頭領であるあなたが封印されている事をチャンスとし、多くの妖怪を妖怪使いの手先

にした。つまり、手先の世話も出来ずに封印されたあなたが悪いのではないのでしょうか?」


竹刀が鴉丸の腰に戻るのを確認してから、校長は金のかんざしを取り出した。


「ずいぶんと、懐かしい物が出てきたな」


「ご存知のようですね。なら話は早い。早速腕を貸してください」


校長の不穏な動きに、さすがの友弘も理解できず、何が起こるのかを見ている事しか出来

なかった。

鴉丸が素直に腕を差し出すと、その白い腕にかんざしを突き立て、勢いよく横に引き、傷をつけた。鴉丸は一瞬顔を歪めたが、すぐに無表情に戻った。


「何をしているんですか! いくら校長先生でも、やっていい事と悪い事があるのではないのでしょうか!?」


「何を言っている。この妖怪は、今と言う時代にとっては単なる異物。私はその異物を引き取っただけですよ」


笑顔で答える校長に、カイトは腕を組み、鼻で笑った。


「異物だと? 式神もろくに操れない奴にそんな事がいえるのか?」


「福永カイト君。君には妖怪を抹殺する神力が宿っているようだが、今の君が相手に出来る妖怪ではない。さあ、最初の実験と行きましょう。瞳鬼三鈴黒鴉どうきさんりんくろからす、お前のすべての手先を校庭に呼びなさい」


ニヤ付く顔をどうしても抑えられないほど校長は興奮していた。今ここにすべての妖怪を集めれば、妖怪の頭領も夢ではないのだ。

しかし、鴉丸は命令を聞くどころか動く事もしなかった。


「どうした。主人の命令は絶対のはずだ。最強最悪の妖怪でもな」


一瞬肩がゆれたと思うと、不気味な笑い声が響いた。


「残念だったな青二才。わしは妖怪などではない。化け物だ。化け物にそのかんざしは効くまい」


ゆっくりと歩き出し、客用のソファーに身を落とした。そして傷をつけられた腕を見せつけるように突き出した。


「妖怪は、傷をつけられれば数秒で回復する。しかしワシは回復能力は人間と同じ、時が必要だ。そのかんざしはその妖怪の回復力を利用し、使い手の「気」を体に流し込む事によって妖怪を操る。わしは回復する合間に「気」を無意味にする」


腕には太いみみず腫れが痛々しく残っていた。


「化け物って、妖怪も化け物だろう?」


「腑抜けの上に、失礼な奴だな。妖怪は下等なものもいるが、ほとんどは神に近い。地を汚す人間よりもはるかに上の存在じゃ」


「でも姉さんは、妖怪のリーダーなんですよね?」


友弘は、校長の机の上にあった水でハンカチを濡らし、鴉丸に渡しながら聞いた。


「人間は好奇心旺盛で困る。短直に言う、わしは元人間だ」


「人間だったんだぁ。って信じるかよ! 六百年も生きる人間なんて聞いた事がない!」


「当たり前だ。今は化け物だからな」


六つの視線が一つの場に注がれている。それは言葉にしなくても何を言いたいかが分かるほど簡単だった。


「わしはこの地で生まれ、この地にて死を迎えた。わしが九つの時、一匹の妖怪を助けた事をきっかけに、わしは村から嫌われた。そして、ある事をきっかけに、わしは信頼していた村の住民に殺された・・・・・・その憎しみがわしを化け物に変えたのだろう」


自分を妖怪のような姿にしたのは夜叉鴉と呼ばれる強力な妖怪だがな、と鴉丸は気にした素振りも見せず語った。


「か、鴉丸の姉さん、一回ストップ。カイトがギブアップしてる」


友弘の横にはぐちょぐちょのハンカチで顔を隠しているカイトが座っていた。


「カイトは変な所で涙もろいんだよ。怖いんだか、悲しいんだか、色んな感情が混ざると、すぐに泣いちゃうんだよねぇ」


よしよしとカイトを落ち着かせるように背中を撫でている友弘を余所に、鴉丸はゆうゆうと煙管をふかしていた。


「それだけで泣くとは、今度は腰抜けにでもなったか」


「お、お前、には関係ない。それ、よりも、一回死んだのか?」


しゃくりあげながら話すカイトに、鴉丸は煙をはいてから言った。


「そうじゃな。先ほども行った通り、心臓を一突きされてな。人の再起とは判らぬものだ」


「では、お前は一体なんなのだ。人間でもない、妖怪でもない」


鴉丸の話しに呆気に取られていた校長が、机を叩きながら静かに聞いた。


「続きは、短く告げよう。その後わしは夜叉鴉と呼ばれる白い鴉に見入られ、その鴉の力で甦った・・・・・・憎しみと共に。いくつの村を潰したのかも覚えていない、どうして自分が生きているのかも分からない、しかし隣にはいつも夜叉鴉がいた。五年の時を得て、わしはもう一つの姿を生み出した。それが瞳鬼三鈴黒鴉どうきさんりんくろからす、憎しみから生まれた化け物。化け物となったわしに人間の体は器が小さすぎた。だんだんと崩れ、いつしか亡くしていた」


「つまり、その体は偽者だと?」


「これは、それを哀れに思った八咫烏がわしから夜叉鴉を突き離し、人間の体を与えたものだ」


カイトの鼻をかむ音が部屋に響いた。


「涙を流す必要はない。哀れむ必要もない。すべてはわしが悪い。罪は重いからな」


鴉丸は涙を抑えるカイトと、その背中をさする友弘を見た。


「この時代を楽しむ事だな。学生も、悪くなかろう。妖怪使いの子孫、いや、間吉。わ

しはこの高校に入学する」


「何を言ってるんですか? 妖怪の頭領と言うあなたが、このような場所に通うなんて・・・・・・」


「おかしいか? 何回も言うが、わしはこの時代を生きる。そのためには知識が必要だ。それとも、わしをここに置くのが不満か」


鴉丸は一瞬にして立ち上がり、ブツブツと悩んでいる間吉校長の胸ポケットに入っているかんざしを取り出した。

それに気が付いた間吉は急いでかんざしを取りもどそうとしたが、鴉丸のほうが幾分か背が高かったため、奪い返す事ができなかった。


「わしは部下の世話を最後までする。わしは封印される前に、すべての部下に術返しを教えた。つまり、わしの部下が貴様の手に落ちる事はないということだ」


術返しとは、相手からの術をある程度跳ね返すという、鴉丸が作り出した独特の力で、その力によって鴉丸の部下たちは身を守っていた。


「では、私が捕らえた夜雀は、他の妖怪」


「そういうことだ。そしてもう一匹、今となっては最後の生き残りかも知れぬ珍種、竜もどき。あいつは方向音痴の上に頭がなかった。だが、治癒の力を持つ唯一の妖怪でもある」


「その、竜もどきがどうしたんだよ?」


「アイツはわしのストレス解消にちょうどいい。どんなに痛みつけても問題なかったからな」


いやらしい顔で笑う鴉丸に、三人とも後ろに数歩さがった。

鴉丸はその笑顔のまま、かんざしを二つに折った。それを目の当たりにした間吉は頭を押さえ、絶叫した。


「なんて事をするんだ! そのかんざしは先祖代々の家宝だというのに」


「わしは妖怪の頭領だ、妖怪を助けるのは言わなくても分かるだろう」


折れたかんざしをゴミ箱に放り込みながら言った。すると、開いていた窓から強風が入り

込んできた。

風がやんだあと、鴉丸の前には、男女五人が片膝をつき、頭を下げていた。


「我らをお助けいただいた事、まことに感謝する」


所々が擦り切れた着物を着たショートへアの女性は、他にいる四人の男女に代わって感謝の言葉をつげた。


「気にするな。長い間、大変だっただろうが、人間を恨む事はするんじゃないぞ」


「ええ。我ら夜雀は決して人間を襲わぬと誓います」


夜雀たちは鴉丸に再び頭を下げると、雀の姿に戻り、大空へと飛んでいった。

見事に校長室をグチャグチャにされた間吉は、床に散らばった書類を集めながらため息を

ついた。友弘はそれを手伝い、カイトはただ呆然と座っていた。



鴉丸の正体は、瞳鬼三鈴黒鴉どうきさんりんくろからすと呼ばれる、巨大なカラスの化け物です。

その姿と力で多くの妖怪の頂点に立ち、人間との壁役を果たしていました。

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