第参話
紅鳴家の家は、鴉丸曰く、昔とあまり変わらない場所にあった。
「六百年間、良く生き延びたな」
「いいえ。我々夜雀は頭が目覚めるまで、いつまでも待ち続けます。
長い年月の眠りはいがでしたか?」
見事な着物を身にまとった黒髪の女は、鴉丸の前で方膝を付いて、頭を下げていた。
「半々だな。寝起きが最悪だった」
「昔とずいぶんと変わってしまいましたから。それにしても・・・・・・相変わらず人間の姿なのですね」
女は鴉丸の格好を見て、困ったように苦笑した。
「わしは気に入っている。うつむよ、日が落ちたらお前の部下を集め、わしの寝床へ来るといい」
「ありがとうございます」
うつむは鴉丸に頭を下げるとポンッと雀の姿に変わり、空へと消えていった。
「それにしても、私たちのご先祖様のお友達が見られるなんて、夢を見ているようだわ」
縁側で腰を下ろしている鴉丸にお茶を勧め、雀が飛んでいった空を見上げながら、紅鳴家の主である紅鳴久は、楽しそうに微笑んだ。
「妖怪を友にしようとするアイツも、お久と同じような事を言っていた」
六百年前からずいぶんと成長した庭を嬉しそうに眺め、お久から貰ったお茶をすすった。
お久もお茶を飲もうと、湯飲みに手を伸ばした。ふと、庭の隅に目を向けると、そこには背の高い、茶髪でジャージ姿の少年と、少し背の低い学生服の少年がキョロキョロと庭を見ていた。
「ところで、そこにいらっしゃいます少年たちは?」
「ああ、あいつ等はワシの世話係だ。小さいのが腑抜け、隣が友弘だ」
「ちょっと待て、なんで俺は腑抜けなんだよ! 友の事は普通に言っただろ!」
カイトは怒鳴った勢いで鴉丸に小石を投げた。が、鴉丸の妖力による何かで、命中する事はなかった。
「当たり前だ。茶髪はともかく貴様はわしを妖怪と呼ぶ。だからわしも貴様を腑抜けと呼
ぶのだ」
カイトをバカにしたような口調で話す鴉丸に、カイトの怒りはヒートアップし、持ち上げるのも精一杯な大きめの石を投げようと、足に力を入れていた。
「そりゃそうだよ、カイト。鴉丸の姉さんも名前があるんだし、今のところ妖怪らしい妖怪的な面影はないじゃん」
カイトの肩にポンと手を置き、鴉丸の意見に同意した。
「今やってるじゃないか! 今!」
吠えるように怒鳴ると、今度は目に見えないものに口をふさがれた。
「人様の家に上がっていながらうるさい奴だ。現代のガキはマナーも分らんのか?」
「それは・・・・・・お前が俺を・・・アホ?・・・・・・バ、バカにするからだ。だって」
口をふさがれたまま話せないカイトのため、友弘が笑いながら得意の通訳を披露した。
「わざわざ通訳しなくとも分る」
「それより鴉丸様、せっかく来てくれたのですから、彼に会いに行きますか?」
最初からそのつもりだった鴉丸は、いまだに状況を掴めない二人を連れて、風に従い、家の裏に足を運んだ。
六百年という、長い間が立っていても変わらない匂いに思わず口が弧を描いた。
「相変わらず良い匂いをしているな」
もう動く事も叶わない遺骨が納められた墓石を愛しそうに見つめ、どこから持ってきたのかも分らない、真っ白な花を墓に供えた。
「これって、さっきから妖怪が言ってる[あいつ]の墓か?」
いつの間にかしゃべれるようになったカイトが、友弘の耳元でささやいた。
「たぶんね。きっと鴉丸の姉さんの大切な人だったんだと思うよ。カイトをバカにしたような目じゃなくて、優しい目をしてるし」
「でもそれって妖怪だろ? 妖怪に人間の友達なんか、聞いた事ないぞ。友は俺をバカにしてるのか?」
「人間だと思うけどなぁ。だってさ、妖怪はなかなか死なないって言われてるじゃん。僕はカイトをバカにするような事はしないよ」
友弘がニコニコと答えたため、カイトは反論するタイミングを逃してしまった。
「妖怪の命は短くて三百年。長い者は・・・・・・そうだな、この世界が出来てから今も生き続けているかもしれん。だが、こいつは普通の人間だ」
懐から煙管を取り出し、葉を詰め、指パッチンで火をつけた。
「そういえば、妖怪って人間を食うのか?」
一瞬鴉丸の眼が鋭く光ったように見えたが、瞬きをした後にはいつものように暇そうな眠そうな眼をしていた。
「妖怪は美味な肉を好む。人間の腐りかけたような肉など、鬼のような下等な妖怪しか喰わん」
「なんか傷ついた」
「これで会いに来る事もない。長い間、待たせて悪かった。これからもゆっくりと眠るといい」
墓石に向かって言うと、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
「なんで会わないのさ。近いんだから、会いにくれば良いだろ?」
突っ込むカイトを鼻で笑うと、鴉丸は墓地を離れ、振り返りもせずに寺へ戻っていった。
その後を、笑われた理由を聞き出そうと唸るカイトと、それを落ち着かせようと頭を撫でる友弘が家来のようについていった。
これが鴉丸との出会いだった。
夜雀は妖怪の一種です。
集団で行動し、夜の山道を歩く旅人などの視界をさらに悪くする妖怪です。
今では多くの妖怪が田舎へ逃げてしまったため、うつむのように、都会に暮らす妖怪は数少ないです。