第十話
カイトは学校からの帰り道、友弘と共に図書館に寄った。
「カイトが素直に姉さんのことを信じるなんて珍しいね」
「信じてなんかいない。ただ、本当に両親が悪霊と化しているなら、成仏してもらいたいと思っただけだ」
カイトは霊や除霊に関係する本を片っ端から手に取り、同時に妖怪の本も集めた。
「除霊は伯父さんにやってもらえばいいんじゃないかなぁ」
「俺の両親だ。見えるのも俺だ」
空いている席に本を置き、集めた本を読み始めた。
友弘は妖怪伝説と大きくプリントされた図鑑を眺め、あるページでページをめくる手が止まった。
「カイトォ、鴉丸の姉さんって、やっぱりすごいねぇ」
「何だよいきなり」
友弘は図鑑をカイトに渡し、大きな鴉の絵を指差した。絵の下には解説が書かれていた。
「六山の大地を潤し、村を護り続けた護り神、光の妖怪八咫烏。人に化けては孤児を引き取り、成人になるまで育てたといわれる・・・・・・なんだこりゃ」
「つまり姉さんは、人を助けてたって訳だね」
「今は迷惑ばかりだがな」
たくさんある資料から信頼性の高いものをノートに写し、同時に妖怪や悪霊の現れる条件なども調べた。
友弘は他の本からも鴉丸に近い妖怪を見つけ、少しずつ情報を得ていた。
「腑抜けの貴様が熱心に調べ物とは驚きだな」
日も沈みかかり、ようやく除霊できる方法を調べ終わったカイトたちが図書館を出ると、漆黒の着流しを着た鴉丸がどこからもなく姿を現した。
「悪かったな、腑抜けが勉強して」
カイトは鴉丸を素通りしようとしたが、それは鴉丸の手によって拒まれた。
「友弘、おまえは家に帰れ。これから人間にとっては一番危険な時間になる。吹雪から聞いただろう」
「日が完全に沈む直前は、鬼が裏の世界から人を食らいにやってくる・・・・・・だけど僕だってカイトや姉さんの力になりたいし、何があったんですか?」
「これは妖怪とこやつの親の問題だ。関係のないお前がわざわざ巻き込まれることは無い」
鴉丸は懐から札を出すと、友弘の手首に括りつけた。
「お前にはわしのにおいが付着している。鬼にとって、力を持つ妖怪は人間より美味な存在。この札には魔除けの効果がある。決して外すな」
「魔除けってお前も魔除けの対象物だろ」
カイトの言葉に鴉丸は呆れたようにため息をつくと、友弘に家へ帰るように促した。
友弘は後ろ髪を引かれるような思いで、しぶしぶ家に帰っていった。
「わしは元人間だったと言っただろう。魔除けも意味は成さん。それより急ぐぞ」
緊張した空気に、さすがのカイトも素直に頷き、寺へと全速力で走った。
しかし日が沈み、寺に着いてもおかしく無い時間帯になってもカイト達は寺に着けずにいた。
「おい! どうなってるんだ? なんで何時までたっても寺に着かない?」
「どうやら、少し遅かったようだな」
鴉丸は足を止め、人ひとりいない道を眺めた。
「遅かったって、どう言う事だ」
「わしら妖怪には一人の頭領、一つの山。つまり一人の頭領は一つの山すべてを制することが許される。しかし、人間と同じように土地争いが起き、一人の頭領が二つ、三つの山を持つことがある。今回、その暴れ者がわしの目覚めに気付き、この地を狙っている」
カイトはなんとか息を整え、考えを巡らせている鴉丸を待った。
「タイミングの悪い雑魚共が・・・・・・とりあえず寺に戻るのが先手だ」
「それもそうだが、タイミングが悪いってどういう意味だ」
路上を調べていた鴉丸は動きを止め、カイトに振り返った。
「悪霊を成仏させようと準備をしていたのだ。それを邪魔されたのだ。他の日ならばいつでも相手にするが、わしら妖怪の天敵を相手にしている時に現れては迷惑だってことだ」
分かったらどこかに潜む妖怪を探せ! と鴉丸に怒鳴られ、カイトは鴉丸から離れた所で妖怪探しを始めた。
妖怪探しを始めてからずいぶんと時間がたち、辺りが真っ暗になる頃にはカイトは鴉丸と触れるか触れないかの距離で妖怪を探していた。
「貴様は本当に腑抜けだな。これしきの闇、恐れることはないだろう」
「バ、バカ言うな。俺は、怖がってなんかいねぇ・・・・・・た、た、たまたまここら辺に妖怪がいそうだなって思っただけだ」
「仕方ない。腑抜けの貴様のため、わしの部下を呼んでやる」
鴉丸が言うと同時に、青い炎の塊が道を照らした。
カイトはいきなりの事に悲鳴を上げ、鴉丸に口をふさがれた。
「これは狐火といってな、闇夜には大いに役立つ」
「せめて、赤とかオレンジにはなれないのか?」
カイトの言葉を理解したのか、狐火達は青から赤へと色を変えた。
「ん?」
突然、一つの狐火が慌てた様子で鴉丸に寄ってきた。
何事かと聞いてみると、狐火はふよふよと寺の方向へ漂った。
「腑抜け、時間がもうない。出来れば見せたくなかったが、仲間の命も掛かるような事態に陥ってしまった。妖怪探しは狐火が引き継ぐ。貴様とわしは寺へ戻り、暴れん坊どもを止める」
鴉丸はカイトから離れると、一瞬にして大鴉に姿を変えた。
「まさかまさか・・・・・・俺、眼でも悪くなったカナ。バ鴉が本物になっちまったよ」
「四の五の言っていないで、さっさと行くぞ」
大鴉はナイナイと一人でしゃべり続けるカイトをくわえ、空へと飛び立った。
その瞬間、圧力がかかったような息苦しさがカイトを襲ったが、大鴉にくわえられている事に悲鳴を上げていたため、気がつかなかった。
「これがわしの本来の姿だ」
「た、ただの大きな鴉じゃねぇかぁ。別に怖くないぞ。ビックリしただけだ」
「そうだな」
その後、鴉丸は何も言わなくなり、何となく暇になったカイトは下を見てみた。
下では赤い狐火が彷徨い、妖怪を探していた。しかし、狐火が突然見えなくなり、代わりに歪んだ壁のようなものが見えた。
「おい、あの壁みたいなものは何だ」
「腑抜けにも見えるようだな。あれは強力な妖怪が施した結界。わし等の行く手を塞いでいたものだ」
「だから妖怪を見つけろって訳か・・・・・・結局どんな妖怪なんだ?」
「おそらくはここからそう離れてはいない山の狐だろう」
「狐?」
「九尾の化け狐だ。わしの部下にはいないが、九尾は妖怪の中では上に位置するほどの力の持ち主だ」
「へぇ~。マジ?」
「マジだ」
鴉丸が答えている間に、足が地面に着いた。
急いで辺りを見回してみると、寺には何の変わりもなく、静かだった。
「お頭。ご到着がずいぶんと遅れましたね。向こうの者にでも出くわしましたか?」
真っ白い着物を着た女が人に戻った鴉丸に駆け寄ってきた。
「結界を張られてな。特に問題はない。それよりも、向こうの動きを確かめられるか?」
「はい。ムクロ山の頭領、天狐率いる九尾、猿鬼、獅子をはじめ鉄鼠など、下等なものから上、様々な妖怪が町にて我等の仲間を襲いつつあります。九尾、天狐、獅子はこちらに向かっています」
カイトの横に現れたのは鳥の頭をした天狗、烏天狗だった。カイトは飛び退くように烏天狗から離れ、話を聞いていた。
「そうか。狛犬兄妹、宗旦狐を呼べ、全ての夜雀は向こうの行く手を阻め」
烏天狗は頷くと、一瞬にして姿を消した。
「どうなるんだ?」
「妖怪の争いが始まる」
鴉丸が本来の姿を現しました!
これから鴉丸VS天弧の戦いが始まります。
今まで姿を見せなかった部下達も出てきます。