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虐げられ、使い捨てられた悪役令嬢はすべてを失うはずだったけれど、没落した家族や裏切った婚約者たちを横目に、隣国の麗しき王子から誰よりも愛されることになりました

作者: 結城斎太郎
掲載日:2025/09/03


侯爵家の令嬢でありながら、私は決して大切にされたことがなかった。


「セレナ、あなたは本当に出来の悪い子ね。姉のリリアを見習いなさい」


母はいつもそう言って、私を突き飛ばす。父は無関心で、姉は美貌と才気で周囲から称賛を浴びていた。私はただ「家のための駒」として扱われ、婚約者すら家が決めた男──公爵家の嫡男アランだった。


アランは、最初から私を愛していなかった。

「お前は婚約者の役目を果たせばいい。学園でリリアを持ち上げる悪役を演じろ。そうすれば俺はリリアと自由にいられる」


そう告げられたとき、私は震えながらも頷くしかなかった。拒めば家族に殴られる。私には逃げ場などなかったから。


学園での私は「典型的な悪役令嬢」として振る舞った。令嬢たちの前でリリアを貶める役を買って出て、アランが「庇う英雄」になれるように。

けれど結果はどうだったか。

「セレナ様って本当に意地悪」

「どうしてあんな人がアラン様の婚約者なの?」

そんな陰口ばかりが増え、私の評判は地に堕ちた。


それでも耐えた。涙をこらえ、心を殺して。

だって、私にはそうするしか生き残る術がなかったから。


◇ ◇ ◇


運命の日は、唐突にやってきた。


大広間で開かれた夜会。煌びやかなシャンデリアの下、アランは皆の前で声高らかに告げた。

「侯爵令嬢セレナとの婚約を、ここに破棄する!」


人々がどよめく。隣には姉リリアが立っていた。アランは彼女の手を取って、誇らしげに宣言する。

「真に愛しているのはリリアだ! 俺たちの愛を邪魔する者は許さない!」


場が拍手に包まれる。私は息を飲み、血の気が引いていくのを感じた。


「……婚約、破棄……?」


足が震えた。耐えた日々はすべて無駄だったのか。悪役を演じ続け、憎まれて、笑われて、すべてを捧げてきたのに。


「お父様、お母様……」

視線を向けた両親は、冷笑を浮かべていた。

「無能なお前に用はない。出て行きなさい」


突き放され、私は大広間から追い出された。涙が頬を伝う。馬車も屋敷も与えられず、ただ薄暗い夜道を一人歩くしかなかった。


――ああ、私は捨てられたのだ。


◇ ◇ ◇


数日後。


ぼろ宿の片隅で眠りながら、私は空腹と寒さに震えていた。家族からの援助はなく、知人も皆、私を避けた。

「悪役令嬢なんて関われば不幸になる」

そんな噂ばかりが流れ、誰も手を差し伸べてはくれない。


けれど皮肉なことに、その頃から世界は少しずつ変わり始めた。


父の侯爵家は、莫大な投資に失敗して財政が破綻した。

母は贅沢三昧が露見し、社交界で嘲笑の的となった。

姉リリアはアランとの結婚を狙ったが、裏で彼が複数の令嬢と密会していたことが暴かれ、信用を失った。


私を踏み台にして栄光を得た彼らは、次々に落ちぶれていったのだ。


私はただ、冷たい窓辺からそれを見ていた。

「……ざまあ、なんて言えないわ」

胸は空虚で、ただ静かに涙がこぼれた。


◇ ◇ ◇


そんなある日だった。


宿の前で倒れ込んだ私を抱き起こした男がいた。

「大丈夫か?」


見上げた先にあったのは、透き通るような金の髪と碧い瞳。

王族だけが持つ気高さをまとった、美しすぎる青年だった。


「俺は隣国の第一王子、レオナルド。……君は?」

「わ、私は……ただの、厄介者です……」


必死に拒もうとしたのに、彼は優しく微笑んだ。

「厄介者だなんて。君の瞳は、誰よりも強い光を宿している」


その声に、胸が震えた。誰からも否定されてきた私に、初めて向けられた肯定の言葉だった。


レオナルドは私を抱き上げ、躊躇なく馬車に乗せた。

「これからは俺が守る。君を決して一人にはしない」


その腕の温かさに、私は堪えきれず泣き崩れた。


――そして、私の新しい物語が始まった。



---



「おはよう、セレナ」


まぶしい朝日と共に、柔らかな声が降り注ぐ。

目を覚ますと、真っ先に私を見つめているのは隣国の王子、レオナルド様だった。


「ま、毎朝……ご自分で起こしにいらっしゃるなんて……」

「当然だろう? 大切な人の寝顔を見ないで一日を始められるか?」


真っ赤になる私に、彼は優しく額へ口づけを落とす。

――信じられない。

今まで「無価値」と罵られ、汚物のように扱われてきた私が、こんなにも大切にされるなんて。


彼の城に迎え入れられてからの日々は、夢のようだった。

栄養たっぷりの食事、ふかふかの寝台、温かい風呂、そして何より……彼の惜しみない愛情。


「セレナ、今日のドレスはこの色が似合うと思う」

「そ、そんな高価なもの、私には……」

「君だからこそ相応しいんだ。宝石なんかよりもずっと美しいから」


レオナルド様は事あるごとに私を褒め、甘やかし、笑わせてくれる。

私は自分でも知らなかった。愛されることが、こんなにも心を満たすものだなんて。


◇ ◇ ◇


一方で、かつての家族や婚約者の噂は次々と耳に入ってきた。


侯爵家は破産し、父は爵位を剥奪され地方へ追放。

母は社交界から爪弾きにされ、虚栄にすがって屋敷の隅で嘆いているらしい。

姉リリアはアランに捨てられ、彼女を嘲笑っていた貴族令嬢たちからも見放された。

そして、アラン本人もまた、裏切りと贅沢が露見して地位を失い、今は下級役職に落ちぶれたという。


かつて私を嘲笑い、利用し、踏みにじった人々は、みな落ちるところまで落ちていった。


「セレナ、復讐を望むか?」

レオナルド様が問う。

けれど私は小さく首を振った。

「もう、いいのです。……彼らを恨むより、私は今を大切にしたい」

「……君は、本当に優しい」


彼は切なげに私を抱き寄せた。

「そんな君だからこそ、俺は惹かれたんだ。セレナ……俺の隣で、永遠に微笑んでほしい」


◇ ◇ ◇


そして迎えた、王宮の大舞踏会。


煌めくシャンデリアの下、私は真新しいドレスに身を包んでいた。

レオナルド様が選んでくださった、深紅のドレス。

鏡に映る自分を見て、思わず息を呑む。

「……私じゃないみたい」

「違う。これが本当の君だよ」


彼はそう言って、そっと私の手を取った。


音楽が流れ、私たちは舞踏会の中心で踊る。

人々の視線が集まり、誰もが憧憬の眼差しを向ける。

――ああ。

かつて悪役令嬢と嘲られた私が、今は王子に愛され、堂々と胸を張っている。


曲が終わると同時に、レオナルド様が片膝をついた。

「セレナ。俺と共に、未来を歩んでほしい」

差し出されたのは、煌めく婚約指輪。


「わ、私なんかが……」

涙が頬を伝う。

「君じゃなきゃ駄目なんだ。俺の世界は、もう君なしでは成り立たない」


その真剣な瞳に、胸が熱くなった。

私は震える手で指輪を受け取り、彼に微笑んだ。

「はい……私でよければ、喜んで」


会場に大きな拍手が響き渡る。


◇ ◇ ◇


後日、瓦解した家族や元婚約者が、私に赦しを乞いに来たという噂を聞いた。

だが私はもう、彼らを振り返ることはなかった。

私の隣には、愛を惜しみなく注いでくれる王子がいる。

私の居場所は、過去ではなく未来にあるのだから。


「セレナ、幸せか?」

「……はい、とても」

「なら良かった。俺は君を一生、愛し続ける」


彼に抱きしめられ、私は心から微笑んだ。



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