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第6章 異能者

夕闇の静寂(しじま)に落ちる公園。


周囲の木々がざわめく広場の中心で、白いワンピース・ドレスを纏った少女がひとり。

食い破られたかのようなスカートの裾、その繊維のほつれを握り、荒々しく引きちぎった。


「…ちっ」

「舐めやがって、クソガキが…」


猛犬の、低い唸りを思わせる声で吐き捨てる。


レイニーが立つ砂地の上には、いまだ場違いな冷気が漂っていた。

湿った風が落ち葉と冷気を掃き攫う先には、黒いコートの大男。


「余計なことはするなと、言ったはずだが」


レイニーは、薄くため息をつき、首だけを回し振り返る。


「あら… 見てたのね、イーグル」


少しばつが悪そうにしながらも、普段の高貴な声音で返す。

襟元を正し、靴の汚れを確認しながら、イーグルと呼ばれた男に向き直る。


イーグルは、レイニーと目を合わせず周囲を見渡しながら口を開く。


「お前はいつもこうだな。何かあったらどうするつもりだ」


レイニーの身を案じての言葉ではない。

『監視対象に』という意味であることは、彼女も理解していた。


人の心配をするような男ではないし、なによりそれほど軽んじられているとも思わない。

レイニーは今までのドールズとしての戦闘行為で、負けたことなど一度も無かった。

驕りにも見えるほどの高慢さは、確たる実力に裏打ちされてのものだ。


彼女の戦闘能力は、イーグルをして『絶対的』と言わしめるほどだった。


レイニーは意に介さず、両手を後ろで組み、上目使いでイーグルの顔を覗き込む。


「でも、『おかげでデータが揃った』…でしょ?」


芝居がかった低い声で、イーグルの口調を真似る。


「…結果論だ。あまり調子に乗るな」


イーグルが無表情で答える。


「ほんっと、オモシロクない男」


レイニーは、ふいと顔を背け、辺りを見やる。


木々の陰、落ち葉が積もる砂地の上に、小さな傘。

打ち捨てられた”お気に入り”が視界に入り、わずかにため息を漏らす。


「しかし、お前が遅れを取るとはな。『雨降らし(レイニー)』」


「あら失礼ね、油断してただけよ」


振り返らず、傘に向かい歩きながら言葉を返すレイニー。


「……」


レイニーの服、その損傷具合を見ながら、イーグルは考えていた。


──自信家ではあるが、こと戦闘においてレイニーは油断などする女ではない。

  ましてや二対一だ。格下とはいえ、もうひとりは出自も定かでない正体不明の異能持ち。手を抜ける状況ではない。


「しかし…」


──しかし仮に油断があったとしても、この女には並のドールズが束になろうと、傷一つ付けることはできないだろう。


レイニーは傘に付いた砂を払い、しきりに息を吹きかける。

傘に異常がないことをみとめると、ほっと安堵の顔を見せながら、右手を伸ばし指を広げ、その爪の先、遠い虚空を見つめるように呟く。


「私の『雨』… 届かなかったなぁ」


寂しげな声とは裏腹に、その表情は強い憎悪と悔恨に満ちていた。


レイニーの、雨。

その能力は『融合』だ。

任意の空間、そこに存在する全ての物質をことごとく”融合”させる。

光を含むあらゆる物質を融合可能であるが、レイニーが行うのは主に『水素原子の融合』。

──つまり『核融合』である。


核融合反応で生み出される莫大なエネルギーにより、空間内の物質は鉄でさえも灰となる。

空間内は凄まじい力場と化すが、ドールズたちが持つ異能の力はあくまでも『作用させる』ものであり、物理的な現象、その”結果”を制御することはできない。


よって、目の前で大規模な核融合を起こせば、能力の使用者自身も無事では済まない。

レイニーは緻密かつ高度な能力制御により、自身に被害が及ばない程度の反応にまで加減して行使しているのだ。


対象が無機物なら、粉々に破壊する程度。

対象が生命体であるならば、その細胞膜を破壊する程度に。


細胞膜を破壊された生命体は、体中から水分が抜け、やがて死に至る。


つまり、人間に対して力を行使したならば、その人間は全身から血を噴き出して死ぬ、という末路を辿ることになる。


能力を制御した結果なのか、()()()()()()()()()()()()のか。


それは彼女にしかわからないが、この力を彼女は『血の雨(ブラッディ・マリー)』と名付けた。


イーグルは、この破滅的ともいえるレイニーの力を誰よりもよく知っていた。



雨が降れば、地面は濡れる。これは『必ず起きる事象』だ。


雨とはつまり、『絶対的な力』の象徴。


ゆえに、彼女の異名は『雨降らし(レイニー)』なのだ。


初期ロット(ファースト)のドールズ、No7。


『血の雨降らし』、レイニー”ブラッディ”マリー。


それが、彼女の名だ。



──そのレイニーが、”力の発動すらできなかった”。


「…やはり、調べねばならん」


  サングラスを指で押し上げ、深く息を吸う。


「支度をしろ、レイニー。作戦行動に移る」


素早く振り返り、きょとんとするレイニー。


「作戦…行動? 監視はもういいの?」


「そうだ。確かめたい事がある」

「ただし、二度と勝手な行動はするな。俺と一緒に居てもらうぞ」


「ふふ、まるでプロポーズね。嫌いじゃないわよ? そういうの」


傘をくるくると回し、おどけてみせるレイニーを無視して踵を返すイーグル。

慌てて追いすがるレイニーだが、すでに出口へとイーグルは歩き始めている。


「もう。ほんとにカタブツね、アナタって」


いつの間にか日は落ち、辺りは闇と静寂、人工の光に彩られていた。


公園というには、あまりに物寂しい空間。

霞みがかった空に薄く輝く月は、わずかな光を地上に投げる。


遠くの規則的な瞬きとは対照的に、月の光はいまだ燻る冷気に溶けて鈍く輝く。


湿った風が、かすかに残る二人の気配を掃き清めていた。

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