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第3章モノローグ ミナの葛藤

冷たく、湿った空気が頬を撫でていく。


リョウと別れた夜。


ミナは人気(ひとけ)のない廃ビルの屋上でひとり、膝を抱えていた。

雲に覆われた空は重く沈み、街の灯りすら遠く霞んで見える。

まるで、この街そのものが何かを隠そうとしているようだった。


——あれで良かったの?


誰にも向けずに漏れた言葉は、胸の内に落ちていった。

リョウの表情を思い出す。

怯えでも驚きでもない、どこか受け入れてしまっているような——

そんな諦めが見えた。

あの目を、ミナは忘れられなかった。


「あなたを、アルファだと思っている」


リョウにそう告げたとき、声の裏に自信はなかった。

確信など、最初から持てていない。

ただ、そうであってほしいという願い。

それが胸の内で膨らみ、言葉となって口をついた。


もし——彼が本当に、“アルファ”だったら。


この閉じた世界に終止符を打てる、唯一の存在かもしれない。

けれど。

ミナは肩をすくめ、うっすらと湿ったフードを目深にかぶり直した。


リョウの力は、確かに異常だった。

空間を歪めるような温度の揺らぎ。

周囲の気圧すら変えるような重苦しさ。

それが制御されぬままに放たれたときの、脆く、危うい力の奔流。


——だけど、それはとても壊れやすい。


彼の力が、誰かを傷つける前に。彼自身を壊す前に。


「……時間がない」


ポツリと呟いた。

初期ロットの動きは、まだ水面下にある。

だが確かに“気配”はあった。ミナ自身はリンクの感覚が鈍い。

けれど、時折、ひりつくような違和感を背中に感じることがある。


それはかつて、自分と同じ“製品(ドールズ)”として生を受けた者たちが近くにいたときと、同じ気配だった。


あの夜もそうだった。公園の空気が、ほんの少しだけ重かった。


あの“ざわめき”を明確に感じ取っていた、リョウ。

彼の感覚は、きっと常人の──

普通のドールズの、それではない。

彼だけが何か”特別なもの”を掴める。

そうでなければ、あれほどはっきりとした反応は起こらない。


——あなたは何者なの?


答えを持つのは、リョウ自身だけ。

彼が自分を認めたとき。

彼が、自分の“存在”を正面から受け止めたとき。


そのとき、初めて彼は“アルファ”になるのかもしれない。


ミナは、工場の廃墟に身を潜めるようにしてここまでの日々を過ごしていた。


”両親”と(たもと)を分かった、あの日からずっと。


監視カメラにも映らず、街の記録にも残らない場所。

そこからはリョウの住む区域が遠巻きに見渡せた。

もちろん、彼の部屋を覗くことはしなかった。

ただ、彼がどこにいるか、どこへ向かおうとしているか。


——見守っていただけ。


それが、ただの監視だったのか。それとも……。

ミナは視線を伏せる。自分が何を願っていたのか。

心の底では、知っていた。


——私は、あなたに会って、変わりたかったのかもしれない。


その夜、灰色の夜空に、ほんの一瞬だけ月が顔を覗かせた。

まるで、その想いに応えるかのように。

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