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第3章 月明りの先に

リョウはまた、公園に来ていた。

約束もしていないし、確信があるわけでもない。


だが自然にリョウの足はここへ向いていた。何かに引き寄せられるように。

運命の糸なんてものは信じていないが、必ず会えるだろうことは理解していた。


当たり前のように、その少女── ミナは、振り返りながらわずかにほほ笑む。


「やっぱりここなんだね」


まるで旧知の友人のような素振りをみせるが、不思議と違和感は感じない。

運命の、糸── そんなものがあるとして、ならばそれを引いているのは、いったい何者なのか。


リョウはまとまらない思考のまま、言葉を探しあぐねるように視線をミナに向ける。


わずかに月明りが差す夜の公園。今日は珍しく空気が澄んでいる。

ざわざわと嘶く木々の陰に月明りが落ち、うっすらと鈍く輝く。


一定のリズムで軋むブランコの鎖が、この街の無関心を象徴しているようだった。


ミナはリョウと視線を合わせたまま、リョウの言葉を待つ。

リョウを気遣っているのか、あるいは── 覚悟を、試しているのか。

リョウが口を開く。


「やっぱり、よくわからないよ」


ミナは黙っている。


「でも、知りたい… いや、知らなきゃいけない」


「自分なりに、覚悟は決めたつもりだ。 教えてくれないか、知ってることを、全部」


リョウより頭一つ分ほど背の低いミナが、のぞき込むようにリョウの顔を見上げる。

ミナの目には迷いがなかった。

その口元にはかすかな諦念のようなものが滲んでいたが、それでも告げるべきことを選び取るように、息を吸った。


「わかった」


こほんと咳払いし、一歩下がって向き直る。


雲間の月が顔を隠す。

空は、いつもの曇天に戻っていた。


「まず、あなたのその力のことね」


「ああ」


異能。 異常な力。


異常、という響きにリョウは嫌悪感を覚えるが、どう考えても『通常』ではないのだから仕方がない。


これは、呪われた力なのか。


自分は、唾棄されるべき存在なのか。


少なくともミナと名乗るこの少女の話からは、そういう類の雰囲気は感じ取れない。


「異能って、誰にでも備わっているわけじゃない。発現する人間には、ある共通の……因子があるの」


「因子……? それって、遺伝とか、そういうものか?」


「厳密には違うけど、近いわ。もっと根源的なもの」


ミナは視線を空に向ける。

空は重たく曇り、低い雲が垂れ込めていた。

風のない空は、まるで世界の呼吸を止めているかのようだった。


「ねえ、リョウ。あなたが最初に力を使ったときのこと、覚えてる?」


その言葉に、胸の奥が疼いた。

忘れたことなど、一度としてなかった。


苦いというにはあまりに重い、”事故”の記憶。


あの瞬間。

冷たい金属の床。

警報音。

爆風。


——そして。


燃え盛り、崩れ落ちる、父と母の影を。


「……事故だった。俺が十六のとき、家族旅行で立ち寄った──」


「化学プラント、ね」


ミナが先回りするように言った。

リョウは反応できず、目を見開く。

なぜ知っている? この女は──


「その事故、偶然じゃない。あなたの力を“目覚めさせる”ための、演出だったのよ」


判決文を読み上げるように、ミナは冷静に言い放つ。


「……何を、一体何を言ってるんだ、お前は!」


心の中を掻き回されたような感覚に、苛立ちと怒りが湧いてきた。

風のない地面が、わずかに唸る。


無音の空間に、耳鳴りのような、張り詰めた音が響く。

ミナの表情がかすかに強張るが、視線は外さない。


──あの事故が、両親の死が、演出だと?


いまだ影絵のように脳裏に焼き付くシルエットが、瞼に落ちる。

纏わりつく感覚はまるで、呪いだった。


「すぐに全部を信じろとは言わない。でも、あなたは… 普通の、人間じゃないのよ」


ミナの声が、少しだけ震えた。

その震えは恐怖ではなく、怒りでもない。複雑な感情だった。


リョウは返事を返さない。正確には、返せないでいた。

両親のこと、異能とかいう能力、そして── 

自分が、普通の人間ではない。


「あなたは、“アルファ”だと思われてる。原初の存在——つまり、異能を持った存在たちの中で最初に『造られた』、完全な始祖」


「アルファ…… 始祖… 造られた、だって?」


聞き馴染みのない言葉が並ぶ。

とても理解が追い付かないが、ともあれ嘘やデタラメを言っているようには聞こえない。

ある種の決意にも似た感情が、ミナの瞳の中にあった。


「アルファという名は、全ての異能の源。誰よりも強大な力を持つ、始まりの名。私たちにとっては、神様みたいなものよ」


リョウは言葉を失った。


俺が、造られた存在? 神様だと?


馬鹿げてる。

こんな話があるものか。


しかし、怒りは湧いてこない。自分が他の人と違うことが、ハッキリとした形で理解したからかもしれない。

だがその心の変遷は、今までの自分との決別を意味していた。

ミナは彼の反応を確認しながら、慎重に続ける。


「私も、…最初は半信半疑だった。でも、あなたと会って、確信した」


「あなたの力と、その感覚… …私たちとは、普通の『ドールズ』とは明らかに、違う」


「ドールズ……って、それはいったい何だ。 それも、造られた人間なのか?」


絞り出すように、リョウは口を開く。

様々な感情がとぐろを巻き、体中を這い回る。

重たい空気に圧され、もはや顔を上げることもなく、色を無くしたかのような地面を乾いた目で見つめる。

しかし、聞かなければならないであろう事は辛うじて理解していた。

リョウの問いに、ミナはしばらく沈黙した後、腰を下ろし、落ち着いた声で語り出した。


「ドールズというのは、人間を『模して』造られた、有機生命体」


「成長もするし、感情もある。ほとんど普通の人間と変わらないわ」


「私もその、ドールズのひとり。私の名前—— ミナっていうのも、本当の名前じゃない。ただの番号の語呂合わせよ」


「……番号だって?」


「…製造番号。 造られた順に付けられるの。私のは、“No.37”」

静かに語られる言葉に、リョウは全身が凍るような衝撃を受けていた。


「じゃあ……お前も、”普通の人間”じゃないってことか」


「そうよ。でも、私は“失敗作”とされてた。 私たち、ナンバー20以降のドールズはまとめて、『サード』と呼ばれているの。 …廃棄物、なんて言われる事もあるわ」


「私たちは、能力が発現するかどうかもバラバラで、感情の起伏も強い傾向にある。だから、『親』からすれば駄作ってワケね。」


自虐的ではあるが、どこか安堵の色がある。

ミナは続ける。


「親は、子の『反抗期』を許さない。人間と違ってね。だから、制御装置を付けて反抗させないようにするの」


「私には能力が発現しなかったから、その価値もなかったようだけど」


「ははっ」


リョウが笑う。



「いよいよSFっぽくなってきたな。脳にチップでも埋められたってか?」


冗談めかしたセリフ── いや、冗談であってほしいという願いからの軽口かもしれない。

ミナもそれを感じ取ったが、反論も、茶化す事もしなかった。


リョウの言ったセリフ、まさにその通りだったからだ。


「 …制御装置が埋められている個体は、思考や行動が管理されているそうよ。具体的にどうやって作用するのかはわからないけど… 『親孝行』、を最優先に考えるようね」


皮肉交じりに言うミナの表情には、あきらかな嫌悪感がある。


『親』も、ドールズも、嫌いなのだろう。 自分も。


「チップが埋められているのは、『初期ロット』と呼ばれる、ナンバー9までのドールズたち」


うつむいたまま、静かに聞いているリョウの様子を確認したミナは、こほんと咳払いを入れ、言い聞かせるように続ける。


「初期ロットたち── 『ファースト』とも呼ばれる彼らは、私たちドールズの中でも特に強力な力を持つ個体なの」


リョウは言葉を発しないまま、すっとミナを見つめていた。

ミナと目が合う。リョウは、自分の運命を受け入れつつあった。底知れぬ深い業と共に、生きていくであろう未来を。

それは、ミナも同様だった。


「彼らは、やろうと思えばこの世界を掌握できる。あなたももう何となくわかっているだろうけれど、その力は、使い方次第で──」


「兵器、になるだろうな」


リョウが割って入る。その表情は穏やかではあるが、かすかに狂気を孕んでいるようにも見えた。

ミナは少したじろいだが、相槌のかわりに軽くうなづく。


「私が話せるのは、このくらい。でも…初期ロットたちが今、動き始めてるのは確かよ。彼らにとって、あなたは“証明”なの。『アルファという存在』が本当に事実だったとなれば──」


ミナは続ける。


「彼らは、自分たちが“支配される立場”だという事に気づいてしまう」


リョウは自身の両手を見つめる。

穢れ、呪われたものを見るように目を細めた。

一瞬の間。わずかに拍を置いて、口を開く。


「だけど、俺は…誰かと戦うだなんて、そんなこと考えた事もない。ましてや、世界がどうのなんて…」


「あなた自身に自覚は無いし、わからないかもしれない。でも、彼らはあなたをそう見てる。それは… 私も、同じなの」


ミナの黒髪が、湿った風にわずかに揺れる。


酸を孕んだ雨に似た、重たく艶のある黒髪。

大人びた表情の、その鋭い眼差しは真っすぐで、どこまでも曇りのない覚悟を帯びていた。


「そして、あなたには、特殊な能力がもうひとつある」


「…この力以外にか?」


「”リンク現象”と言われているものよ。あなたたちのような上位のドールズには、お互いが感覚だけで認識し合えるような、共感性を持っているの」

「うまく説明できないけど… ドールズ同士でだけ発生する、予知能力みたいなものね」


「予知能力…」


いまいちピンとこないが、思い返せば、嫌な雰囲気や予感のようなものを感じる事は多かったかもしれない。

霊感が強いのかも、なんて考えていたが、オカルトまがいの事は信じないタチだったので気にもしていなかった。

そもそも、こんな力が使える時点で、世にはびこるオカルト話など馬鹿バカしいだけだった。


「私には、その“リンク”の感覚がほとんどわからない。かなり近い距離で、明確にドールズと向き合った時くらいしか実感できないの」

「でも、あなたは違う。私よりも── いえ、もしかしたら他の誰よりも鋭い感覚で、見えないものを感じ取れる。…だからこそ、彼らはあなたを恐れる」


リョウは拳を握る。その手のひらが、じんわりと熱を帯びる。


——いや、熱ではない。微細な“冷気”だ。


「昨日の夜、あの公園で… …誰かに見られている、確かな感覚があった」


「それも、きっとリンクの一種。私たちは普段、無意識下で情報を交わしてる。でも、あなただけは、それを“明確に感じ取れる”のかも」


「じゃあ……俺は、ただの人間じゃない。異能を持った、ドールズ… それも、上位の…?」


ひとつひとつ、確かめるように口にする。

突きつけられた現実を確認するように。

自分に課せられたものを数えるように。


それは、己の罪を自白する罪人のようだった。


「でもね、あなたに“ナンバー”がないの」

「ドールズはみんな、造られた順に製造番号が振られる。その番号は、ドールズ同士ならわかるわ。目を見ればね」


ミナが真っ直ぐに目を見てくる理由は、ここにあったのかもしれない。

ドールズとやらの習慣なのだろう。


リョウは逡巡する。自分でも驚くほど冷静だ。


「でもあなたの目には何も映らない。私たちの中で、そんな存在はおそらくあなただけなの」


「だから、俺がその、始祖とやら…アルファだと。そう言いたいのか?」


問いかけに、ミナは答えない。


唐突で、にわかには信じがたい内容だらけだが、ミナの話を信じないわけにはいかなかった。

彼女の語る、あらゆる事実を否定するに足る要素を、何も持っていなかった。


すでにリョウは、足を踏み入れていた。逃れる事のできない、運命の輪に。


「仮にそうだとして… だったら、どうすればいいんだ。これからどうやって……」


リョウの声が途切れた。遠くで、雷鳴のような音が空気を揺らした。

ミナはすっと立ち上がる。


「彼らが動き出す前に、あなたの力を整える。今のままだと、反作用に呑まれて自滅するだけ」


「力を整えるだって? つまり、俺に力を使って戦え、というのか? …代償とやらはどうするんだ」


「そう、異能には、“代償”がある。力を使えば使うほど、どこかの誰かに“揺り戻し”が返る。あなたの力は特にそれが大きい。だからこそ、慎重に『整える』の。訓練みたいなものと思ってくれればいい」


リョウは俯いた。足元に、細かな砂利が散らばっていた。


「…俺は、自分が何なのかも、何が起きているのかもわからない。でも…」

「知りたい。俺の知らないことを。…父や、母のことも」


ミナは微かに頷いた。


「昨日、言いそびれたけれど──」

「私を信じて。 …一緒に行こう、あなたのために。 あなたの『未来』のために」


風が止んでいた。

雲間から差す月明りが、周囲をぼんやりと照らす。


道しるべというには心細かったが、今のふたりには、充分だった。

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