表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

第10章 獅子 エピローグ


”空を裂いて、(カモメ)たちが飛ぶ。


   彼らの翼が、心に静かな響きを灯す。


      ひとひらの風が、またひとつの群れを、遠くへ溶かした。”


誰かが、そんな詩を残していた。


風の流れを捉えるため、波打つように飛ぶ。

時には途方もない距離を、ありつける保証もない餌を求めて旅をする。

飄々として、自由で、無垢な姿。

離れては寄り添い、寄り添っては漂う、白い影。


彼らは薄曇りの下にあって尚、堂々としていた。



「…いい加減、下ろしてくださらない?」


レイニーの声。


「ぅえっ!?」


ミナは驚きのあまり声が裏返る。

投げ出すようにレイニーを地面へ立たせると、胸を押さえながら言った。


「な… ちょっとあんた、起きてたんなら早く言ってよね!」


髪や服の乱れを丁寧に直しながら、レイニーはわざとらしく拗ねたように答える。


「なによゥ、別にいいじゃない。 …口笛、お上手でしたわよ?」


いじわるっぽく、ニヤニヤと笑う。 まるで子供だ。


「ぐぅ…!」


ミナが顔を赤らめながら睨みつける。


 気を失ったレイニーを抱きかかえていたミナは、しばらくそのまま空を見上げていた。

あどけない少女の寝顔のせいか、ただ単純に人の温もりを感じたからなのか──

なぜかはわからなかったが、心地よかったのだ。


「でも、アナタって強いのね」


こほんと咳払いしてから、レイニーはミナを真っ直ぐに見つめる。


「負けたわ。 …完敗よ、カンパイ」


驚くほどあっさりと負けを認めるレイニーに、ミナは啞然とする。


「…へぇー、もっと怒ったりするもんだと思ってたけど、意外ね」


「あれほど見事にアナタの術中にハマっちゃったんだもの。そりゃあ認めるしかないわよ」


少し悔しそうに口を尖らせているが、そこに敵意や憎悪といった感情は見られない。

ドレスやスカートのあちこちを手で払い、汚れを確認している。


ミナは浅くため息をつきながら答える。


「バレてたか… ああでもしないと、勝ち筋が無かったのよ。ごめんね」


レイニーは目を丸くして、向き直った。


「…アナタって、本当にわからない人。 なぜ謝るの? いえ、謝れるの?」

「わたしはアナタを本気で殺そうとしたのよ?」


真っ直ぐに訴えかけるような物言いに、少したじろいだ。


「なぜって言われても…」


言い淀むミナに、なおもレイニーは畳みかけるように言った。


「自分が殺されるかもしれないのに、相手は傷付けたくない…とでも言うつもり? 最後のアレも、わざとわたしに()()()()()んでしょう?」


レイニーの圧に押され、目を伏せながらも絞り出すように言葉を返す。


「…深い意味なんてないわ。私はただ、誰も悲しませたくないだけ。 カッコつけて言ってるんじゃなくて、自分もよ。 …私も、悲しい思いはしたくない」


言葉を選んでいる様子はない。 本心だ。

レイニーは黙ったまま、じっとミナの目をみている。


「私たちは、戦いのために生まれたのかもしれない。誰かのために造られたのかもしれない。でも、そうしなきゃいけない、なんて決まりは無いのよ」

「みんな同じなのよ。あんたも、私も、リョウだってそう。…みんな同じ、人間だわ」

「誰かの都合のために生きるなんて、私はゴメンよ。 私は、私が正しいと思った道を生きる」


道、という言葉にわずかに反応するレイニー。

その目に浮かぶ感情は、哀れみか、同情か、あるいは羨望か。


「だから、私は誰も傷付けない。 …それが正解かどうかなんて、知らないわ」


小さく聞こえる鴎の鳴き声と、風の音。


「……」


しばしの沈黙の後、レイニーが切り出す。


「…カラサワ博士の望んだ、ドールズによる世界平和。 本当にそんな事が、出来ると思っているの?」


ミナは、開き直ったかのように即答する。


「やってみなきゃわかんないじゃない。 …まずは、あんたたちが協力してくれることが前提だけど」


風に運ばれてきたレイニーの大きな女優帽をすっと拾い、軽くはたいて差し出す。

レイニーは小首を傾げてため息をつき、肩をすくめて見せた。


「…参ったわね。 ホント、変な人」


帽子を受け取り、両手ですっぽりと被る。


「でも」


右手で帽子の前側を押し上げ、歯を見せてニヤリと笑った。


「悪くないわね、そういうのも」


危険極まりない、ドールズの初期ロット。

しかし、初めて見せるその屈託のない笑顔からは、戦闘兵器としての側面など微塵も感じられない。


ミナは両手を腰に当て溜め息をひとつつくと、レイニーと目を合わせ、笑った。


──これでいい。

この子も、私も、何ができるかなんて、今はどうだっていい。

たとえ呪われていようと、どんな宿命を背負っていようと、ただ心の沿うままに進めばいいんだ。


それがきっと、博士の言った『正しい道』なんだ。


正しい道を進んでいればきっと、私たちの役目、リョウが託されたもの… 

そして、この世に『異能』が存在する意味も、わかる時が来る。


それまではただ、進もう。


「さて、じゃあ行きましょうか?」


服を整え、身支度を終えた様子のレイニーが、さらりと言った。


「…行くって、どこへ?」


ミナはぽかんとしている。

レイニーはすでに出口へ歩き出していたが、足を止め振り返った。

後ろ手を組み、覗き込むような上目遣いでミナを見つめて言う。


「お紅茶、ご馳走して下さるんでしょう?」


「あ…」


──そういえば、そんなことを言ったような気がする。


「とっても美味しい所を知ってますわ。お席、空いてるといいんですけど」


有無を言わさぬ物言いで踵を返し、颯爽と歩き出す。

あわてて追いすがるミナ。


「…高いトコじゃないでしょうね?」


手持ちにあまり自信が無かった。

というより、こんなお姫様のような少女が行っている店になど、自分には全く縁が無いと思っていたミナは、値段以上に不安な要素が多すぎたのだ。


「あら、仕方ありませんわね。じゃあ今回は割り勘、という事にしておきましょうか。 …その前に、アナタのお洋服をなんとかしないとダメねぇ」


そう言って、ミナの服を見る。

パーカーのフードは右半分がほとんど()()しており、肩口あたりに空いた穴からは下着が見えている。

ジャージの裾も大きく裂け、左の靴に至ってはもはや原形をとどめていない。


「あー…」


ミナは改めて自身の服を見て、立ち尽くす。

レイニーが口に手を当て、ぷっと吹き出した。


「…あんたがやったんでしょーが!」


ついさっきまで、このふたりは()()()()をしていたのだ。

少なくとも、レイニーはそう思っていた。


「そーだったかしら? 誰かさんに気絶させられたから、忘れちゃったわ」


相手に優位を取らせない、底意地の悪い言い回しで返すレイニー。


「ふぬ…」


思いっきり蹴り飛ばした当人のミナは、何も言い返せない。


「まぁ、丁度いいわ。 アナタに似合う、カワイイお洋服を見繕ってあげる」


レイニーは満面の笑顔を向ける。いたずらを思いついた子供のような目をしていた。


「カ… カワイイ… お洋服…?」


──イヤな予感しかしない。


ミナは自身がフリルのついたドレスを着ている姿を想像し、首をぶんぶんと横に振った。


「とりあえず、まずはショッピングね。行きますわよ!」


意気揚々と歩き出すレイニー。

ミナはため息をつきつつ、左の靴を気にしながらぎこちない足取りで渋々あとを追いかける。


「…カンベンしてよぅ。 私はそんな服、絶対着ないからね!」



街へ向かうふたりの背中を、心地よい潮風が導くように吹き抜ける。


薄曇りの雲が、白と黒の()()()の影法師を見下ろしていた。


相変わらず空に晴れ間は見えないが、ほんの少しだけ、空が高くなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ