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第9章 未来

リョウは目を見開き、驚愕のまなざしをイーグルに向けて言った。


「…なん、だと? いま、なんて言った?」


──カラサワ博士。 俺と同じ姓。 そして、俺の父さんは… 科学者だった。


「わたしたちも、知らなかったわ。まさか”彼”に、後継ぎが居たなんてね」


レイニーは腕を組み、リョウを見据える。


「……」


ミナは黙ったまま、リョウを見ていた。

そのまなざしは、安堵なのか、憂いなのか、わずかに涙を浮かべているようにも見える。


「察しの通りだ。カラサワ博士は、お前の父親。…我々ドールズの、生みの親でもある」


「そんな… いや、ちょっと待ってくれ。俺は…」


「俺は、父さんに造られたアルファだっていうのか?」


ミナが意を決したように、口を開く。


「違うわ、リョウ。 …違うのよ」


「ミナ…?」


「あなたは、造られてなんかいない。あなたは正真正銘、カラサワ先生の…息子」

「普通の、人間よ」


「な…? どういうことなんだ、ミナ…」


イーグルの、無感情な声が響く。


「…理解していたようだな。№37の言う通り、お前はドールズではない」

「つまり、お前は我々が探しているアルファではない。№37… ミナ、といったか。お前が求めるアルファとも違う存在だ」


「じゃあ俺はいったい… この力はいったい何なんだ!」


──わからない。混乱している。 この力のこと、父のこと… 俺はいったい、誰なんだ?


「ごめんなさい、リョウ… 黙っていた訳ではないの。私もいま、この話を聞いて… 確信できたのよ」

「あなたにナンバーが無いこと、ナンバーが見えないこと… 辻褄が合うの」

「でも、良かった。…あなたは、造られたものじゃない」

「あなたは、呪われてなんかいない。普通に生きていけるのよ」

「それがわかっただけでも、本当に良かった…」


心から安堵している様子だった。

ミナは自分の出自を呪い、疎ましく思っていた。

その呪いを、何も知らずに過ごす青年に『告げなければならない』という業を背負い、これまでひとり生きてきたのだ。


それが今、彼が博士の本当の息子── 普通の人間だったことにミナは心底、ほっとした。

彼が異能者で、能力による宿命を背負っていたとしても、それはきっと自分のように後暗いものではない。


彼こそがきっと、本当の意味での『導いてくれる存在』であるのだと、ミナは確信していた。


「ミナ… 俺は…」


リョウは、そんなミナの心を感じ取り、言葉を出せずにいた。

錆びて朽ちかけた鉄柵に体を預けていたレイニーが、すっとミナの前に立つ。


「…ふん。まるでドールズが呪われてるみたいな言い方しないでほしいわ」

「わたしは、誇りを持って生きてるわよ? この力も、この生まれも、疑ったことなんかないわ。アナタはどうか知らないけど」


胸を張り、堂々とした物言いには確かに自負が見て取れた。

ミナとは違い、自身の生まれを卑屈に思ったことなど一度もないのだろう。


「…私は、わからない。でも私の使命は、”アルファとともに世界の歪みを正す”ことだと… 教えられたわ」


「教えられた? …ねえイーグル、これってどういうことなの?」


イーグルに視線を送り、返答を促すレイニー。

イーグルはしばし、黙考する。


「…思っているより根が深いようだな。ひとつづつ整理していくとしよう」

「どうやら我々とお前たちとでは、持っている情報も、目的も、認識も違うようだ」


──確かに、嚙み合わない。アルファとは、『最初に造られた人形』ではないのか? ミナもそう認識していたはずだ。では、こいつらが言うアルファとは何だ?


「まず、リョウ。 お前は、いうなれば()()()()()といった所か。レイニーが言ったように、俺も知らなかった事だがな」

「そしてその力は、先天性── 生まれついてのものだと思われる。おそらく、お前に備わる力を研究し、発展させたものが、ドール計画の骨子になったのだろう」


「オリジナル… 俺が? じゃあ、アルファってのは…」


レイニーが割って入る。


「アナタたちが言うアルファってのは、№0のことでしょう? わたしたちの元である、原初の存在。その認識は合ってるわよ」

「ただ、リョウ君じゃないわ。それに、アルファってのはアナタたちが思ってるような『神様』じゃないの。むしろ、真逆ってトコかしら?」


体を鉄柵に預け、腕を組むレイニー。

時折り吹くぬるい風に目を細め、ため息をつく。


「カラサワ博士がそれを造り上げたのが、20年程前だそうよ。結果は成功。生まれたばかりの新生児の頃からそいつは、強力な力を持っていたわ」

「ただ、そいつには欠陥があったの。…とっても致命的なやつがね」

「そいつには、自我が無かったのよ。感情も。 泣いたり、笑ったりもしなかった。可愛くない赤ちゃんよねぇ」

「わたしたちのこの力は、感情と強く結びついているの。…アナタ譲りってことに、なるのかしら?」


「感情…」


リョウは自身の両手を見つめる。


──以前、レイニーに向けて放った力。あれは、()()()()()()()()()

イメージしたものがそのまま効果となって現れた。ああしなきゃ、ミナが危ないと思ったからだ。

でも何か… どこかに、違和感がある。


「ともかく、この力は心で制御する部分が大きいのよ。気持ちが乗らないと、強い力は出せない、ってことね」

「でも、№0── アルファは、そんなことお構いなしに強力な力を発現していたの。赤ちゃんなのに、よ?」

「そこで博士は、アルファを封印することにしたのよ。まぁ当然よね、そんなアブナイ奴、野放しになんてできないわ」

「それからしばらくして、計画は頓挫した。詳しくはわたしたちも知らないけど… 無理があったのね。資金とか、いろいろと」


レイニーは小さく肩をすくめて見せた。


「で、この計画は買い取られたの。()()()()()()()()()にね」

「それで生まれたのがわたしたち。№1から19までのドールズ。20以降── ”3列目(サード)”は、そのオジサマが造ったものではないわ」


「…どういう、ことだ?」


リョウの問いに、レイニーは得意げに答える。


「19までの製造時点で、ドール計画は完全に破綻しちゃったのよ。詳しい事は知らないけど、工場や研究施設も全て封鎖されたわ。そもそも、カラサワ博士の手を離れていたんだし… 所詮、夢物語だったのね。悲しいけれど」


遠く、灰の街を俯瞰するように見つめる。どこか哀愁を感じさせる目だった。


「それ以降の、3列目(サード)が生まれた経緯は知らないわ。マトモな設備が無くって、不良品ばっかり、って噂を聞いてはいたけれど、ねぇ?」


そう言って、ミナの方をちらりと見やる。

ミナは視線を伏せ、黙ったままだ。


「あら御免なさいね、悪気はないのよ。 でも事実として、わたしたちとアナタたちとでは、”明確な違い”があるの。…ご存じ?」


怪訝な表情を浮かべながらミナが顔を上げる。


「違い、ですって?」


レイニーはミナと視線を合わせず、薄くため息をつき話を続ける。

表情はどこか寂しげにも見えた。


「…わたしたち、1列目(ファースト)は『調整』されているのよ。任務を全うするために、ね」

「強化、と言ったほうがいいかしらね? 能力をより効率的に運用できるように… ま、要するに改造されてるってことね」


小さな鏡を見ながら、淡々と話す。


「で、わたしたちに課された任務は、主に敵対勢力の排除と、目標地域の制圧──」

「つまりは、戦闘用ってこと。わたしが『制圧』したのは3つぐらいだったかしら」


リョウは眉をひそめ、拳を握りしめる。


戦闘と、制圧。それはつまり武力の行使だ。武力の行きつく先は、破壊でしかない。

破壊がもたらすものは、崩壊── そして、終焉。


やはりこの力は、何も生み出せないのか。

ドール計画の── 父の目指したものは、理想論に過ぎないのか。

リョウは父の面影と、ミナの言葉を思い出していた。


「くそっ…」

「あんたたちは、この力を使って何をやろうってんだ? 国を支配して、人間を支配して… 戦争でも起こすつもりなのか」


リョウは怒りを覚えた。だが同時に、自分が怒りを感じていることに驚いてもいた。

彼はこれまでの人生で、人並みの道徳心のようなものは持ち得ていたが、正義に関してはむしろ否定的ですらあった。


この街の陰鬱な気候がそうさせたのか、他人に関わろうともせず、自身を呪いながら閉じた世界で生きていた彼に、正義や悪などといった概念は雑音でしかない。

そんな彼に、いっぱしの正義感など芽生えようはずもなかったのだ。


だが── 父の記憶か、ミナの言葉か、あるいは自身の力に対する”贖罪”の意識か。


リョウは、この力を武力として行使する事を、はっきりと拒絶していた。


「戦争? そんなもの、起きないわよ」


レイニーは素っ気なく答える。


「国をひとつ獲ろうとするなら、()()()()()()()()()()()()の。それだけでおしまい」


「そりゃあ、普通に国を制圧しようとしたら軍事力を投入するだろうから、戦争になるでしょうね。でもね、そんなもの、要らないのよ」

「わたしたちには、武器なんて必要ないわ。…これがどういうことか、お分かり?」

「どれほど厳重に警護しようと、武器も持たないひとりの人間を、完全に遮断するのは不可能… わたしたちは単独で、国を獲れるの」


リョウは湧き上がる寒気を抑える。


一歩踏み違えたなら、兵器となりうる能力であることは理解していた。

だが、淡々と語るレイニーの姿は、目前に迫る現実を見せつけるかのようだった。

レイニーはさらに続ける。


「そして、ファーストのドールズは9人。『大国』といわれる、大きな軍事力を持つ国は、この国を入れても8つよ」

「その全てを同時に『制圧』すれば、戦争なんて起こりようがない… ってコト」

「どう? とっても、『平和的』でしょう?」


自身の論がいかに正当かを主張するように、レイニーは両手を広げてみせる。

リョウはレイニーを睨みつけながら、言葉を絞り出す。


「…それで、その先に何があるんだ? お前らの意のままに世界を操って、何をするつもりなんだよ」


「そう。そこなのよねぇ、困ってるのは」


レイニーは素っ気なく答えると、呆れたように肩をすくめて見せた。


「なに…?」


戸惑うリョウに、イーグルが口を開く。


「…我々は、自分たちを産んだ『親』の指令を遂行するように造られている。レイニーが言った任務以外の行動は許されていないのだ」


「制御装置…ね」


ミナが低い声で呟く。サングラスを指で押し上げ、イーグルが無感情に答える。


「知っていたか。その通りだ。…だが、今はその『親』が不在でな」


「不在? …いなくなった、ってことか?」


「不明だ。だがそのおかげで、制御装置の機能は失われているようだがな」


──制御装置の機能。ミナいわく、反抗させないための措置だ。確か、『思考と行動』をコントロールする、と言っていた。


レイニーは鉄柵に両肘を乗せ、頬杖をつきながら遠くを見ている。


「わたしたちは生まれた時から役目が決まっていたのよ。だから、『その先』なんてものは知らない… というか、知ったこっちゃないってワケ」


リョウたちに向き直り、少し低い声音で続ける。


「『オジサマ』が消えちゃってからすぐに、そのアルファの存在を聞かされたのよ。ドールズの№1── …シルバーハンドってヤツにね」


言葉に、かすかな嫌悪が混ざる。レイニーは腕を組み、目を伏せた。


「我々の親が消息を絶ったのは、5年ほど前だ。アルファが『動き出した』というのも同じ時期… リョウよ、お前の”力の覚醒”も、同じ時期ではないか?」


ミナがはっとしてリョウを見る。

リョウは真っ直ぐにイーグルを見据えていた。


「…ああ、5年前だ。 俺が16の時、事故があった。その時に発現した。…父さんと、母さんの命と引き換えにな」


「…うそ、博士が…? ちょっと待ってよ、おかしいわよソレ──」


言いかけるレイニーを手の合図で遮るイーグル。レイニーは少し戸惑いながらも、従った。


「やはりな。…どうやらやっと状況が見えてきたようだ」


イーグルはそう言うと、ミナの方へ体を向ける。


「ミナ、といったな。お前は”誰に生み出された”のか、理解しているようだな?」


ミナは意を決したようにはっきりとした声音で、答えた。


「…ええ。理解…できたわ」

「私は、カラサワ博士によって生み出された。私だけじゃない、20番以降のナンバリングは、すべて博士の『子供』よ」


リョウがはっとしてミナを見る。

決意と信念に満ちたミナの目。その目に、リョウはなぜか懐かしさを感じていた。


「そして、ちょうど…5年前に、こう言われたわ。『アルファと共に、正しい道を進め』と」


リョウの頭の中で燻っていた、もやのような感覚が消えていく。

ミナの言葉が持つ説得力はつまり、父の意思でもあったのだ。


「リョウ。あなたのお父さん、カラサワ博士はきっと、生きているわ。 たぶん、お母さんも」


「…演出だと、言っていたな… 何か知っているんだな、ミナ」


「あの時のことは、博士から聞いていたの。『目覚めさせた』とだけ。アルファの動きとあなたの覚醒にどんな関係があるのかまでは、わからないけれど…」

「きっと何か大きな意味があるはずよ。博士があなたに託した、何かが」


──託されたもの。力の覚醒と、アルファの存在。

父さんが造った、ドールズ。そしてミナとの出会い。


父さんは俺に、何を託したのだろうか。


レイニーは困惑の表情を浮かべながらイーグルを見る。


「カラサワ博士が造ったのは、アルファだけじゃなかったの? というか、順番がヘンだわ。わたしたちが1列目(ファースト)のはずよ…?」


イーグルは少し間を置き、確認するように話し始める。


「『先に生まれた』のが初期ロットである我々、1列目(ファースト)。お前たち3列目(サード)は、博士が秘匿していた── いわゆる『種』の状態だった。そして、計画が破綻した後で『受胎』したと。…そういう事だな?」


「…そうよ。20人以上いるはずだけれど、博士がひとりで動かしていた設備だったから、あまり成果は良くなかったようね」


ミナが寂しげに答えると、レイニーは顎に手を当て小首を傾げて呟く。


「ええっと、つまり… №1から19までの19人が『オジサマ』製で、№0であるアルファと、№20以降の20人くらいが『カラサワ』製… って事になるのね?」


「そういうことのようだな」


イーグルはきっぱりと答えた。レイニーは自分に言い聞かせるかのように続ける。


「そして、5年前にオジサマが失踪して、アルファが動き始めた。リョウ君の覚醒も。そこのサードが博士から話を聞いたのも、同じ時期…」


ぶつぶつと呟くレイニーに、イーグルが口を開く。


「…№1、シルバーハンドが我々に『指令』を出し始めたのも、この時期だな」


レイニーは、すっとイーグルに向き直り、睨みつけた。


「ねえ、イーグル。 コレってどういうこと? …裏で絵を描いてるのは、誰なの?」


「さあな。ただ、どうやら我々はその『絵の中』にいる…という事のようだ」


「…フン、どこの誰だか知らないけど、舐めたマネしてくれるじゃない。わたしたちに何をさせようってのよ?」


苛立たしげに腕を組み、イーグルに食って掛かる。

イーグルは慣れた様子でリョウたちに向き直り、淡々と告げる。


「まずは、本物のアルファを見つけることが優先だな。…お前たちも、そこに関しては我々と目的は同様のはず」


「…そうみたいだな。何か、アテはあるのか?」


イーグルに向けた言葉であったが、レイニーが答えた。


「…№1よ。シルバーハンド。 やっぱり何かアイツ気に入らないわ。締め上げてやりましょうよ、イーグル」


「奴が何かを企んでいるのであれば、こちらから動くのは得策ではなかろう。指令どおりに調査を進めてからでも遅くはない」


「まぁ、そうね… あんまりモメたくないヤツだし」


無感情に答えるイーグルだが、かすかな不信感を覚える言葉使いだった。レイニーも、あまり干渉したくないかのような口ざまだ。


「そういう訳だ、リョウ。 おそらくだが、お前が”オリジナル”だという事を把握しているのはここにいる我々と博士だけだ。だが、せいぜい気を付けるがいい」


「お前という存在は、この世界のカギとなりうるもののようだ。…争いを好まないというのなら、証明してみせろ」


「証明…?」


イーグルはしっかりとリョウの目を見据え、言った。


「…お前の父が目指したものを、やり遂げるのだ。お前自身がな」


命令口調ではあったが、確かに、願いのようなものをリョウは感じた。


「イーグル、あんたは…」

「わかったよ、それが俺の使命なんだろ? やれるだけ、やってみるさ」


リョウはかすかに笑みを浮かべ、答えた。


「でも、あんたたちが敵じゃないってんなら、いったい何に気を付けるんだ?」


初期ロット── イーグルたち、1列目(ファースト)の目的が自分でないなら、当面の脅威は去ったように思えた。

だがイーグルはまた無感情な声に戻り、淡々と答える。


「レイニーが言ったように、我々は『個』の戦力だ。今は俺とレイニー、そしてシルバーハンドがチームとして動いてはいるが、基本的には単独で行動している」

「つまり、他の1列目(ファースト)2列目(セカンド)がお前たちを標的にする可能性は充分にある、ということだ」


「マジかよ…」


風になびく銀の髪を耳にかけながらレイニーが声を上げる。


「教えといてあげるわ、リョウ君。 2列目(セカンド)は、わたしたちの『()()()』ってハナシよ。 会ったこともないけど、相手にするとしたらたぶん…相当、手ごわいわよ~?」


からかうような口調で話すレイニーは、どこか楽しげだ。


こんなのが量産されているのか── リョウは絶望とも呆れともつかない複雑な感情を抱えた。


「では、我々は一旦『任務』に戻る。いずれまた会うことになろう」


「ああ。わかったよ、イーグル」


イーグルの威圧感は、すでに戦友に対する信頼のようなものに変わっていた。

目指す目標は、影さえ掴めぬ途方もないものであったが、『自分たちだけではない』という事実にリョウは心強さを感じる。


「それまでに死ぬんじゃないわよ、リョウ君? …あと、そこの野良ネコちゃんもね」


言いながら、ちらりとミナを見るレイニー。


「…ふん」


ミナは無表情で睨み返す。まだ心から信用はしていないようだ。


「まあ、可愛くないわねぇ… ま、いいけど」


そう言ってレイニーは傘を開き、自身とイーグルの頭上に小さく円を描くようにゆっくりと回して見せた。

かすかに、傘が鳴動している── それは小さな耳鳴りのような、リンクの共鳴に似ていた。

だがそれを感じ取れたのは、リョウだけだった。


1周ほど回し終えると、すっと傘を閉じ小脇に抱える。

片手はイーグルの袖を掴んでおり、エスコートでもさせるかのような様子だ。


「じゃあね、リョウ君。 また今度」


言っている間に、レイニーとイーグルの姿が色素を失っていく。

呆気にとられていると、ものの数秒でふたりはゆらめきとなって消えた。


「……」


ミナが、ふうっとため息を漏らす。

いままでわずかに警戒を保っていたのか、少し安堵の色が伺える。


「なんだよ、今のは… なんでもアリなのか、あいつらは」


目の前で起きたことに、まだ信じられない様子のリョウ。

だが確かに、ふたりの気配はもうどこにも無い。


「量子テレポート、ね。 ふたりまとめて出来るなんて…」

「あのレイニーってやつ、やっぱりとんでもないわ」


風が吹き、ふたりが居た場所を落ち葉がかすめる。


気が付けば空の雲は少しだけ、光を帯びて薄く輝いているように見えた。

雨上がりのような、高い空の解放感をわずかに感じさせる空気にリョウたちは、心が軽くなった気がしていた。


未来を見据える若者たち。

その前途を導く兆候か、あるいは嵐の前の静寂か。


わずかな光に照らされる、灰の街。

それを眼下に見下ろすふたりの間を、いつもより少し、爽やかな風が吹き抜けていた。

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