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無音の世界

作者: iris
掲載日:2026/08/15

以前に書いた「私、メリーさん。」に出て来た登場人物で書いた企画作品になります。

ジャンルはホラーですが、身の毛もよだつような怖い話では無いので注意してください。


*この物語はフィクションです。出てくる人名、建物、地名などは実在の物と関係ありません。また、この作品はホラーです。読んで気分を害されても責任を負いかねません。自己責任でお願いします

 ある夏の日、時期はちょうどお盆の日であり、私は親戚の家にてお線香を上げて、自分が店長を勤めている喫茶店へと戻る最中でした。


「ふう……」


 今、歩いている道は建物や住宅が並んでおり、車通りもそこそこあるのですが、私のように額に汗を掻きながら、歩道を歩いている人は全くいませんでした。


(暑い……ですが、今日はマシな方ですね)


 私を照らす日差しは強く、一方で気温は30℃にも満たず、時折吹く風のおかげで、肌を焼かれる感じはあるのにそこまで暑く感じない、そんな昼下がりの午後でした。


(……)


 歩きスマホなどせず、黙々と歩く私。そのため、周囲の音に敏感になります。


(これはあの建物からか……)


 ちょうど横に差し掛かったどこかの会社の建物から聞こえる室外機の低い音。


(後ろからトラックが来ますね)


 道を震わせ、私の横をトラックが通り過ぎていく。すると、今度は風が吹いて街路樹を揺らし音を鳴らす。遠くからはけたたましい蝉の鳴き声が聞こえてくる。常に私の周囲から音という物が流れる。それらの音を耳にしながら、歩道を黙々と進んでいきます。


(……ん?)


 信号機のある十字路に差し掛かると、ある違和感を感じました。


(珍しい……車が一台も止まっていない)


 今、歩いているこの道は大きな主要道路を繋ぐ道のため、車が途切れることは珍しいことです。よく見たら、向こう側から来る車の気配が全くありません。まさかと思い、後ろを振り返るとそちらからも車が来る気配がありませんでした。


(本当に……珍しいことがあるものですね)


 若干の違和感を感じつつも、信号がいつの間にか青になったことに気付いた私は再び歩道を歩き始めます。すると、また新しい違和感を見つけてしまいます。


(……そういえば蝉の鳴き声が聞こえない)


 先ほどまでけたたましく鳴っていた蝉の音。それが無くなっていることに気が付きます。それだけではなく周りの建物からの音も途絶えていました。


(一体……何が?)


 私はその場に立ち止まり辺りを見渡します。すると、ついには風も止み街路樹からの音も無くなり、全くの無音の状態になりました。咄嗟に熱中症にでもなってしまったかと思ったのですが……頭痛や吐き気など熱中症の症状はありませんでした。


(……)


 喫茶店にて様々な怪異の相談を受け持つことがあった私はここで自身が何かしらの怪異に巻き込まれたことを察しました。自然界では起こり得ることは無い無音の世界。その無音せいで自分の心臓の鼓動や呼吸の音が聞こえるようになります。その何ともいえない不気味さに、私を照らし続ける夏の日差しによって流れる汗とは別の汗が全身から吹き出て、着ている衣服が身体にへばりついてしまいます。


(おっと……)


 ここから離れようとして、私が一歩二歩と大きく聞こえる小さな足音を立てながら前に進もうとすると、体感がふわふわとして、バランスがおかしくなるような錯覚に陥ります。これだけなら熱中症の症状とも捉えられるのですが、周囲の異常な状況がそうではないと訴えてきます。


(……前に進もう)


 私は足元に気を付けながら歩道を進みます。大通りにいけばこの状況を打開できると信じて。


(……)


 靴底と砂利が擦れる音。


(……)


 先ほどよりも荒い自分の息。


(……)


 先ほどよりも五月蠅い自分の心臓の音。前に進んでいるのに、それ以外の音が全くせず、車も人の往来も全くないという、まるで悪い白昼夢のような世界に私は少しだけ恐怖を覚えました。


(……)


 いくら進んでも、目の前の景色が変わり続けても、全く聞こえない周りの音。この異常はいつになったら終わるのか……。そう思っていると、そんなに大きくはない古びた鳥居と、同じように古びた小さな祠しかない神社が視界の端に入ります。そして……私はそこを管理する人が飾ったのだろう祠の軒下に飾られたある物に目が入り、この状況を打開できるかもと考えた私は鳥居をくぐり、一度手を合わせてから、それを鳴らしました。


チリーン……


 周囲に響く風鈴の音。それと同時に蝉のけたたましい音が戻ってきました。そして、歩いていた道の方にゆっくりと視線を向けると、先ほどまで一台も通らなかった車が往来をしていました。


(戻ったのか……)


 無事に帰って来れたことに安堵した私は、お礼も兼ねて祠の前にある小さな賽銭箱に賽銭を入れてお参りをするのでした。


 その後、大通りまでやって来た私は近くにあったコンビニで飲み物を手に入れ、カラカラに乾いた喉を潤します。一体アレは何だったのか、私は何に巻き込まれたのかコンビニの前で考えたのですが心当たりが全くなく、結局理由は分からずじまいでした。


 けど……風鈴の音を鳴らした瞬間に音が戻って来たということは、アレは何か悪い物だったのでしょう。現在は夏の暑さを払う目的の風鈴の音は、元々は魔を払う音としてお寺の屋根の四隅に飾られていたのですから。そうなると気になることがもう1つ……もし、私があの風鈴を見つけられなかったら、私は一体どうなっていたのか……。今もこうして喫茶店でコーヒーをお出し出来ていたのか、そこだけが少しばかり気になっているのです。

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