濁った色眼鏡
携帯食を齧る。やっぱりいつ食べてもこれはまずい。レオ達のご相伴にあずかり、シチューを少しもらったがそれでも口の中に残る気持ち悪さはなかなか拭えない。
晩ご飯は焼きそばでも作ろうかと思っていたため、まさかのメニューにやる気も下がる。
彼らに空間魔法の話をするメリットとデメリットを天秤にかけ、話すという秤は上がることなく綜馬はこの場をやり過ごすつもりだった。
シチューをもらった事と、自分を入れてくれた事を理由に、他の四人より長く見張り番をすると名乗り出る。この時間に分身を使って本当の晩御飯を食べようと決心する。
話し合いの結果、綜馬から順に見張りをする事になり、彼らは欠伸をしながらテントへ向かっていった。
気を遣っているように見せかけて、綜馬はこれを狙っていた。眠ったことを確認して、空間魔法を展開する。
食料溢れる食糧庫と、畑が広がる農地それぞれを行き来し食材を準備し始める。焼きそばと汁物を作り終え、本当の晩ごはんに手を合わせる。
「あぁ、美味い。」
にんじんとキャベツのシャキシャキとした歯応え、香ばしいソースが絡まった麺、肉を多めに入れた事もあり食いごたえがすごい。
こうやって出来立ての料理を作って口に運ぶたび少しだけ罪悪感を覚える。分けてあげたいという気持ちも浮かんでくるが、その思考は一度ストップがかかる。
綜馬がシェルターにいた時の失敗を思い出す。綜馬が物資に余裕があると知った時の周囲の目。綜馬を利用しようと様々な方法で近づいてきた彼ら。そのせいでほとんどの友人を失い、新たに出会う人間全てを信用できなくなった。
自分たちに利益が与えられないと知った時、まるで全てが綜馬のせいであるかのように怒りをぶつけ、憎しみの目で見つめてきた彼ら。
ただ、彼らが一方的に悪いのかと考えると、そうとも思えない。たまたま綜馬がこの力を手にして、たまたま持っていたから彼らが醜く見えているだけ。同じように飢えていたら逆の事をしていたって不思議じゃない。
他人の優劣を自分の尺度でしか図れなかった自分の愚かさにも嫌気がさす。
まるで友人のように接してくれたレオ達に、失望するのも失望されるのもしたくない。
食事を終え、布団の上で横になる。外では綜馬の分身が見張りを代わっているため、今が本当の自由時間だった。テントに戻って貸してくれた寝袋に包まれているより温度も湿度もちょうどよく、ふかふかの布団の上で全身伸ばしていられる時間は短い。
アラームを何重にもセットして仮眠に入る。戦闘や探索、単純な作業であれば分身体でもどうにかなるが、人とのコミュニケーションとなると魔力をふんだんに使った個体であっても難しい。
ロボットのように同じことを繰り返すか、黙るかのどちらかになりかねない。いつもより多めにアラームをセットしているのはこのためだった。
明日以降の献立を考えているうちにいつの間にか眠りに入っていた。目が覚めたのは予備でかけておいたアラームの音だった。やりすぎなくらいセットしておいて良かったなと思いながらも、自分の眠りの深さに驚きを覚える。
急いで外に出て分身を解除する。次の見張り番はギャルA、つまりララの順番だった。起きていれば良かったのだが、彼女が眠りに入る前「ぎりぎりまで寝てたいからテントまで起こしてよ」と頼まれていたことを思い出す。
女性が寝ているところに、なんていう童貞丸出しの緊張と興奮を押し殺しながら、テントの入り口に手をかける。早くなる鼓動を堪えてジッパーを勢いよく開ける。微かな柔軟剤の香りが鼓動をより加速させる。
「あの、あの、」
名前がパッと思い出せなかったのと、緊張でしり込みしてしまいモゴモゴともたつく。
「んぅう、あぁーー、もうそんな時間か、」
当のララは、綜馬の立てた物音と声で目が覚めたようで、瞼を擦りながら伸びをする。隣に寝ているカホを起こさないよう、器用にテントから外に出た。
「長くやってもらっちゃってごめんねー、あれだよね、そーま君、泊まる気なかったのに付き合わせたみたいな感じだよね。」
「そんなこと、」
と言ったところで口篭る。おそらく綜馬から出る態度の節々にそう思わせる理由があったのだろう。こうやって言語化させてくれる機会をくれるというのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
「そうでした。はい。けど、別に嫌だとかそんな事は一切思っていません。」
本心だった。人への警戒や集団への嫌悪感が拭えた事など、こんな世界になってから無いに等しかった。今回もその気持ちが無くなったわけでは無い。けれど、誰かと会話をしながら食事をするという感覚が新鮮で幸せなのだと気付かされてしまった。
それと同時に、人に対する飢えが出てきてしまっている現状に少し後悔を覚える自分もいる。
「すぐ寝れそうじゃないならさ、話し付き合ってよ。」
ララはまだ眠たい瞼を擦りながら、静かに笑ってそう言った。断る理由もない綜馬は小さく頷いて、それぞれ折りたたみの椅子に腰掛けた。
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「それでさ、うちのシェルターノルマとか言い出してんの。やばくない?」
「そんなのこの辺じゃありえないですよ。」
他愛もない身の上話から、各シェルターの話に話題は移り、彼女たちがわざわざ遠出した理由が詳細にわかってくる。
所属するシェルター813は、綜馬が所属している事になっているシェルター800と同じように大規模シェルターに分類され、どちらも同じように物資不足の状況だった。
シェルター800内では明言せずともカースト制ような枠組みを作り出し、物資補給に関する能力でその待遇や配給が変化していた。これにより働く意欲、働かなければという強迫観念が強まり、とりあえずの物資の確保に成功している。
しかし、このやり方は綜馬が拒否感を抱いたものであり、様々な問題が事実としてあった。
一方、シェルター813では僅かなカースト的意識は存在するものの、明らかな区別は行われていない。その代わり、シェルター800では後方支援、雑務といったカースト下位にあたる戦闘を得意としない層、関係なしに個人のノルマを設定し、達成できないものには相応のペナルティーが発生する仕組みが出来上がっているという。
シェルター800のように居住区がとか、嗜好品がとか、仕事内容がとか、視線がとか、そういう次元ではなく、ノルマ未達成者にはそもそも配給されないみたいな事が普通にあるようで、場合によってはシェルター追放なんて話もあるらしい。
シェルター813で用意されるノルマがどんな内容なのか知らないが、そのノルマをこなせない者にとって配給なしで暮らすというのが何を意味するのか。
それこそ、ダンジョンに潜るかシェルター外の市街地を探索するか。ただ、それが出来る人間にノルマがこなせないなんて事は考えられない。
だとすると――
「うちらはさ、まいちゃん、あぁ小学生の子とか結構おじいちゃんみたいな人たちのノルマをやってるの。ホント、あいつらありえないよ。」
ララはシェルター813でルールを作っている管理者達に対して愚痴をこぼす。
管理者や、能力の高い人間からすると、シェルター813のやり方はやればやるほど自分に利益が生まれ、ごく僅かな支払いで生活も維持される。
シェルター800と比べてどう、みたいな話ではないがどうしようもできない人からすると、シェルター800での生活の方がいくらかマシなのかもしれない。
その後も、綜馬とララはララの愚痴が軸ではあるが様々な話を交わした。
話もある程度区切りがつき、綜馬が欠伸を噛み殺したのを見たララが、「じゃあ起きたらまた話そ」と、綜馬が休めるように促す。
「ありがとう、おやすみ。」
と伝え、レオ達のテントまで進んだところで、綜馬は立ち止まる。自分もシェルター内で起こっていた人を値踏みするような事を、彼女達にしてしまっていたのでは無いか。そんな後悔が渦巻く。
綜馬は体を翻し、座る姿勢に飽きて伸びをしているララに声をかける。
「ん?どうしたの?眠れない感じ?」
「あの、これ。」
綜馬が渡したのはビニール袋。中にはチョコやクッキー、グミなんかが相当な量入っている。
「え、これどうしたの?凄くない?」
ララは袋の中を覗き込み、目を丸くさせている。
「空間魔法が、使えるんです。それで、子どもたちとか、ララさん達にあげます。それ。」
綜馬はララの顔を見る事が出来ず、俯いている。もし仮に、これで綜馬の事を利用としてくるのならもうそれでも良い。けれど、あの瞳はもう見る事が出来ない。誰かを絡めて騙し取ってやろうとする欲に満ちたあの瞳。
ララの言葉を待てず、逃げるようにテントの方向に体を向けてしまう。
「貰えるわけないじゃん。こんな凄いの。だめだよそーま君。」
想像していたどれとも違う言葉に思わずララの瞳を見てしまう。ララは少し怒ったような表情を浮かべ、言葉を続けた。
「子ども達に言ってくれるのも、うちらにくれるって言うのもそりゃ嬉しいよ。嬉しいけどさ、何にも返してあげられないし、そーま君の大事な物でしょこれ。こんな簡単にあげちゃダメだよ絶対。」
綜馬の胸元に袋ごと突き返した。
「でも、」
「そーま君はうちらが可哀想に見える?」
「そんな事ない、です。」
「うん。うちらはこれでも結構毎日楽しいんだ。大人とかは色々言ってくるし、この髪染めてるのもさ、毎回めちゃくちゃ頑張ってカラー剤みたいなの取ってんだ。周りから見たら馬鹿みたいだろうし、まいちゃん、なお君、ひまりちゃん、だいすけじいちゃん、てつジィ、みんな我慢してるけど、みんな自分を可哀想だって思ってないよ。」
綜馬はララの顔を見る事が出来ない。今度はララに自分の瞳を見て欲しく無いから。人は欲で生きると決めつけ、これを渡せば喜ぶんだろと見下したような下品な瞳。
「それじゃあさ、そーま君今度遊びきてよ。ちょっと遠いかもしれないけど、うちらの家遊び来て、その時ご馳走するからそーま君はサプライズでお菓子パーティしてよ!」
突き返された袋を受け取れずに立ち尽くす綜馬に気を遣って、ララが笑顔を浮かばせながら提案する。
彼女は優しすぎる。そしてその彼女の優しさが綜馬の暗さを際立たせる。
「んー、そうだなぁ、いつが良いんだろ。そーま君決まった仕事あるんだもんね。んー、」
「ララさん、ごめん。自分が嫌に、」
「こういう時はありがとうで良いんだよ。むしろこっちがごめんね。そーま君悪気があったわけでもないのに、なんか熱くなっちゃってそーま君の優しさ振り払うみたいな事しちゃった。」
お互い恥ずかしそうに謝罪を譲り合う。その後、綜馬はララに再び頭を下げて、
「ありがとう」
と静寂の中に思いを落とす。
ララは頷き、「明日、探索あるんでしょ。早く寝な」と二回目のテントへ促した。空間魔法で休めたはずだったが、気疲れかぐっと睡魔が襲ってくるのを感じて、今度はまっすぐテントに入った。
綜馬用の寝袋には「お疲れ様!ありがとう!」とレオとしゅんからのメッセージが添えられてあった。
固い地面と、体を広げて寝られない環境のはずなのに、この日はここ最近で一番ぐっすり眠りにつけた。