理想の朝
アラームは朝を示す。ピピピピと軽快な音を立てて綜馬の睡眠に区切りを打った。あくびを噛みながら洗面所へ向かう。
蛇口ではなく魔道具に手をかざして顔を洗っていると、ピピピピと同じアラーム音が響いた。
顔を洗い終わった綜馬は未だ鳴り続けるアラームの元へ向かう。綜馬の寝ていた隣の部屋から垂れ流されるアラーム音。聞こえていないとは知りつつも申し訳程度のノックを送り、扉を開けた。
「魔法使って音聞こえなくしたら意味ないでしょ、」
綜馬は気持ち良さそうに眠るミケアに声をかける。きっとこの声も【音魔法】で塞いで聞こえていないかもしれない。
アラームを止めて、ミケアの肩に触れる。
「もう朝だよ。」
「んーー、ん、」とミケアは返事する。
ミケアと二人で行動して様々な発見があった。最初の出会いはダンジョンで死が常に隣り合っていた。その後も二人の時間は多かったものの生活は共にしていたわけではなかった。
一番驚いたのは寝起きの悪さ。機嫌が悪くなるとかではなくて、とにかく二度寝、三度寝が長くて多い。スイッチを切り替えたダンジョン内や、外での野営では物音ひとつで臨戦態勢を取れるほど眠気をコントロールしているが、安全圏と認めた場所では好きなだけ惰眠を貪る。
同郷の仲間たちが生存していると確かめられた今、速さは重要だが仲間たちの強さを信じているミケアにとって、気を緩めるには十分な材料となった。
一つの場所に留まることは嫌だったが、のびのびとクエストを進めるのは気が楽だった。
コンロに火をつける。ブワッとガス火は燃え上がりフライパンを温め始める。手をかざして温度を確かめたのちに軽く油をしいてベーコンを焼く。ベーコン自身の油でカリカリと焼け始めたくらいで卵を落とした。
目玉焼きとベーコン。付け合わせはミニトマトとポテトサラダ。トースターには6枚切りの食パンがこんがりと焼かれている。
まさに理想的な朝食。
綜馬は調理が終わると再びミケアを起こしに向かう。
「もう起きたー?」
「んんー、」
調理の匂いで起きたのだろう、部屋に入るとミケアは伸びをしていた。まるで新婚生活みたいだ、綜馬は今日みたいな朝を迎えるたびにふと考える。
特別に満ち溢れた日常。それを噛み締めながら、幸せを享受する。
「朝ごはんできたよ。」
「ありがとぅ、」
眠気を中和しながらミケアは答える。のそのそと起き上がると扉の前に立つ綜馬を見つめて
「おはよう、」と改めて挨拶を交わした。
――――――――――――――――――――――――――――――
現在綜馬達は神奈川県北部に拠点を置いていた。個人で閲覧できるようになった掲示板のおかげで、ダンジョンの位置が分かりやすくなり、ダンジョンの難易度や種類など情報を得てから準備出来るようになった。
‘裏クエスト‘《宝珠の欠片を集める》報酬:スキル『叡智』の獲得。
これを目標にしている二人は、宝珠の欠片の情報集めのために日本国内でも有数のダンジョン群生地帯の関東に拠点を移して行動する事を決めた。
宝珠の欠片の情報は一つ知るために青の魔石が十個という法外なもの。天谷や、嘉山はシェルターでそれを支援すると言ってくれたが、彼らには守るべき市民がいる。その邪魔になるのは嫌だった。
それに、関東にはたくさんの人が集まるようになっているらしい。ランキングシステムによって上位ランカーには別途報酬が発生しており、それと同時にランカーを撃破する事で報酬も得られるようになっていた。
上位ランカーは報酬アップの代わりに自らの位置を公表する機能があり、関東には上位ランカーが多いという事で報酬を目当てに人が多く集まっている。
シェルターという家を失い、各々が自分のためだけに戦わなければいけなくなった現状。少しでも希望があるならその場へ進む。新たな世界において小さな光があるだけで集まるのに十分な理由になっていた。
集団の時代から個の時代へ。多くの者は己のみを考えて戦う。ただ、強者達は理解していた。集団でいた頃も今も何も変わらない。強者である事だけが唯一の秩序なのだと。
「今日はどっちのダンジョン行く?」
「駅前の方は今日も人多そうだから、公民館の方。」
「わかった。それだと、そんなに厚着しなくても良さそうだね。」
以前と変わらず口数はそこまで多くないミケア。けれど表情も雰囲気も心なしか柔らかくなっている。
この拠点に来るまでの間、何度かミケアの正体がバレかけた事があった。フードをかぶっていても美しさは隠しきれず、佇まいから放たれるオーラは中々いない。
絡まれるたびに[シーナ]や[スコル]を使ってモンスターを装わせ、混乱が生じた隙を見て逃げていた。
現在居を構えるこのエリアは特に人の気配が無く、戦闘痕が少ない事からある程度心安らげる場所となっている。拠点は付近に三つ用意してあり、五日でローテーションして使う事にしている。
初めは慣れなかったが、日に日に付いていく生活の痕跡に心も体も気を許し始めていた。
今日はB拠点と呼んでいる居住地で、駅前のダンジョンと公民館のダンジョンが近くにある。駅前はこのエリアでは一番の人の多さで、その分ダンジョン自体の規模と深度が大きい。
ランキングシステム導入後から、ダンジョンの難易度が数値化されるようになり、その一つの基準として『深度』が重視させる事になった。
深く慣ればなるほどモンスター強くなり、フィールドの凶悪さも増す。共通認識が数字として可視化されたという進歩だった。
綜馬とミケアが向かっている公民館のダンジョンは深度や規模は小さいものの、一階層からフィールドダンジョンとなっており、発生するモンスターの種類も特異だった。
山岳型と呼ばれるダンジョンで、ダンジョンなのに上に登る。普遍のルールとして環境がキツくなればモンスターの強さも比例して強くなる。
難易度としてはA級に相当するこのダンジョンは、立地の悪さも手伝ってほとんど人が来ない。綜馬とミケアからすれば最高のダンジョンだと言えた。
山の環境は辛いが、綜馬というチートがいる。ダンジョンの過酷さは【空間魔法】の前では意味をなさなかった。
「入るまでは慎重にね。」
綜馬は周囲を感知しながらダンジョンまで歩く。ミケアの正体がバレる事と、普通ならあり得ない二人での高難易度ダンジョン探索が見つからないように慎重に動いていた。
かつての実力者は肩で風を切れたが、現在はまず最初に狙われる標的でもある。強さは価値の証明であると同時に、豊かさの象徴にもなっている。
何がなんでもという精神を宿した者が少なくないこの世界で、綜馬のように人を容易に切り捨てられない者は利用されてしまう。綜馬はそれを自覚しているため、このように細心の注意を払って行動していた。
「大丈夫そう。」
「今日は中腹まで進もうか。」
登山靴を履いた綜馬とミケアは山頂に視線を合わせながら、山道に足を踏み込んだ。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。




