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新しい自分

 目の前にいる1人の戦士。真っ黒な鎧兜は光すら吸い込み、不気味な光沢を見せている。


 張り詰めた緊張感の中、綜馬も短刀を構えた。頭上のカラスは2人を行末を見守るように飛び回っている。

 綜馬の魔法はどちらとも攻撃を得意としていない。バフやデバフ、斥候を得意とする陰魔法と、移動、補助を得意とする空間魔法。


 それぞれ攻撃手段はあることにはあるが、支配的な力はないに等しい。そのため、一対一の戦闘は困難を極める。鎧兜の戦士は綜馬の動きを待っているのか、ぴくりとも動かない。


 綜馬は最大火力を初撃に込めるしかない。なんとなく感じる不穏な気配と、戦士の佇まいからそう決めた。


 綜馬の攻撃は至って単純。空間魔法で相手に近づき動揺している間に魔石か短刀をぶち込む。魔石は魔力を過剰に注ぐことで爆発する特性を持っているため、魔石の大きさや込める魔力量によっては綜馬自身も深手を負う可能性は十分にある。しかしそうでもしないと対等以上の相手にはかすり傷すら負わせることはできない。


 それ以外には空間魔法で相手を抉るという攻撃があるが、数ミリ抉りとるだけでとんでもない量の魔力を消費する。冗談ではなく意識を失うほどの量。場所によってはそれなりの量でも成功するが、それなりといっても一週間でやっと元に戻るような量だ。


 綜馬の作戦通り、左手に握る黄色の魔石へ魔力を込める。黄色の魔石はなかなか手に入らないため、不発に終わるのは色々な意味で痛い。一発で決めきるという覚悟がより緊張感を高める。


 左手に篭る熱の感覚で魔力の膨張を覚える。右手には短刀を構え、魔石の準備ができるのを待つ。その間鎧兜の戦士が動く気配はない。


 魔石の発熱が高温になり、近づく時がいよいよとなる。持っているのだけでやっとになった瞬間、綜馬は鎧兜の目の前へ空間魔法を使って飛びこむ。


 首元に向かって先ずは短刀を突き立てるが、刺さる感触は無いため、今度は魔石を入れて、空間魔法で後ろに下がる。

 下がったのと同時に爆発が起こる。爆発の衝撃が綜馬の肌を引っ掻くように撫でて、勢いで壁側まで吹き飛ばされる。


 近距離で受けれていれば無事では済まなかっただろう。


 やったか、


 この言葉を頭で浮かべた瞬間、フラグを立ててしまったと後悔する。綜馬の想像した通り、鎧兜は地に伏せておらず綜馬を見つめていた時と同じ姿勢のままだった。

 ただ、よくあるフラグ通りの無傷なんて事はなく、しっかりダメージを負っていたようで少しすると鎧兜は膝をついた。


 致命傷にはなっていないが相当量のダメージは与えられたようだ。それならばと、綜馬は橙色の魔石を取り出して再び溜め始める。


 その様子を見て鎧兜は綜馬の元へ向かってきた。さっきと同じようにはいかないようだ。距離を取ろうとするが、このダンジョンの構造上、一定以上の距離を取る事は出来ない。


 幻を解いた後、すぐに下層への階段を見つけて、降りた瞬間、円状に切り出された洞穴のような場所に繋がっていて、そこにいたのはあの鎧兜だけだった。

 カラスは綜馬を追うようについてきていて、今現在綜馬と鎧兜の行末を見つめている。


 鎧兜という姿から想像できない身のこなしで身軽に動き、あっという間に距離を詰められる。サーベルのような剣は一太刀で綜馬を真っ二つに出来るだろう。

 鎧兜の動きを集中して観察し、魔石をぶち込むチャンスを図る。

 しかし、なかなかそのチャンスは訪れない。


 空間魔法を駆使しつつ回避を続けるが、このままでジリ貧だろう。どこかで一撃逆転を、と考えるが鎧兜ももう一撃喰らうと負ける事を理解しているのか、綜馬が何もできないようひたすら攻撃を繰り返す。


 数分間の均衡、実際は綜馬がただ削られる一方の時間だったがここで綜馬にチャンスが訪れる。うっかり壁ギリギリに転移した瞬間、その衝撃で腰に入れておいた煙玉が効果を発揮しあたりは煙に包まれる。


 鎧兜はその煙をものともせず綜馬がいるであろう場所に飛び込んで刀を振りかぶった。

 しかしそこは壁、勢いよく振りかぶったため刀は弾かれ隙が生まれる。綜馬は緊急用の小型爆弾と爆発寸前まで貯めた魔石を、ガラ空きになった胸元に投げ込み、即座に端まで移動する。


 タイミングは完璧。さっきと同等かそれ以上の爆発が起こり、ダンジョンは揺れる。しかし、ダンジョンが崩壊する事はない。砂煙が上がり、爆発の衝撃が遅れてやってくる。


 その衝撃をどうにか堪え、鎧兜の方を見る。今度は立ち上がっているなんて事はなく、見事に地に伏していた。やった、と言葉になるギリギリくらいの声量で喜びを噛みしめた。


 鎧兜を倒したことですぐにでも脱出の何かしらが出てくるのかと思ったが、砂煙が収まっていくのみでダンジョンの変化は起きていないようだ。このたった数秒間で喜びは不安に変わっていく。今倒した鎧兜はボスではない可能性、本当はまだ倒せていない可能性、ダンジョンは続いている可能性、何も起こらない時間が様々な感情を募らせていく。もちろんマイナスな感情を。


 何度も鎧兜の方向を確認するがその様子は変わらず、倒れているままだ。辺りを見回しここでやっと気づく。


 しかし、どうやって。長居してもいいことはなさそうだったのでさっさと決着がつく方法を選ぶことにした。頭上を悠々と飛び続ける一羽のカラス。綜馬の視線に気づいたのか、それともあざ笑うためなのか、こちらを向き直して「カぁーー」と叫んできた。


 その瞬間、使いたくなかった空間魔法の使用法。空間を切り取る刃が烏の羽の根本に向かい、あっという間に撃沈。烏も地に落ち綜馬はとどめを刺した。

 すると、鎧兜、カラス、それぞれが淡い光に包まれて消えていく。ダンジョンではよく見かける光景だ。亡骸は残らずダンジョンに溶けて消えていく。その代わりに――


―――――――――――――――――――――――――――


 「なるほど、これは便利だ。」

 綜馬は現在空き家となっている飯田さん宅の和室で横になりながら独り言を繰り返している。絵面だけ見れば不審者であること間違いなしなのだが、そんなことお構いなしに「おおぉぉ、」とか、「これすっげぇ、」とか、とにかく珍しい興奮した様子で何かしている。

 

 しかし、この破滅した世界でこんなにも吞気な様子ではしゃいでいるとどんな目に合うのか、火を見るよりも明らかだろう。音と匂いに敏感なコボルトがやってくる。綜馬それすらお構いなしに目を瞑り横になったまま、動く気配すらない。ダンジョンでの戦闘による疲労で、気配察知すらしていないのか。

 答えは否である。それならばなぜ。綜馬はコボルトが飯田さん宅に来ることは当然知っていた。というかこちらに向かってくるその姿を頭上から見ていた。

 

 コボルトは飯田さん宅に一切の配慮することなく土足で踏み入れる。綜馬も土足だが、意味合いは少し違う。鋭い牙を鳴らし、久しぶりに獲物に興奮気味だ。綜馬の下半身が目に入った途端もともとあってないような理性がはじけ飛び、一心不乱に噛り付く。が、コボルトの願望は綜馬に近づく前に空しく散った。体を真っ二つに断ち切られそのまま絶命。

 

 コボルトを真っ二つにしたのは黒く輝く長刀。横になってはしゃぐ綜馬の傍らには漆黒を自らに灯す鎧兜の騎士がいた。


 そして、その光景を綜馬は窓の外から見届ける。綜馬の目は瞑ったままだが、コボルトが人の気配に気づいた時から飯田さん宅に向かい、真っ二つにされるまでの一部始終、綜馬はしっかり見届けた。

 斜めに倒れた電柱の上から、カラスの目を通して。

 

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