障壁
【空間魔法】の可能性。天谷は綜馬から打ち明けられたすべての情報を戸惑いながらも理解し、そして綜馬自身の気づかない可能性を幾つも考察していた。
県境のダンジョンから逃れた4人は、当初意識を戻さない綜馬の回復に努めており、その間明らかにエルフであるミケアの正体に触れられないという生殺し期間を経て、様々な情報共有のもと現在に至る。
天谷、蘭香の二人が話した裏切り者のマーク達の話。そして、天谷の弟と長月琴の安否について。
綜馬が話した自分の持つ力の全てとミケアという少女の紹介。
ミケアが話した自分の持つ問題と悩み。綜馬に協力した理由。
彼らはそれぞれ求めるものは違うが、協力し合うのが最適解である事を理解していた。そして、まず初めに動いたのはミケアの問題について。早急に動くべき課題であると判断し、どうしたらミケアの世界に行けるのか考え合った。
そこで天谷が思い出したのがダンジョンにあった転移陣。魔力の膜に包まれる感覚の後、目を覚ますと別の空間に移動していた。この原理を使ってミケアはこの世界に来たのではないか。
転移酔いと呼ぶべきか、天谷と蘭香は転移してしばらく意識や記憶の混濁があった事を覚えている。この症状はミケアにもあったらしく、4人は転移陣の作成について動き出した。
様々な課題は山積みだが、人数も少なく情報も頼りない彼らはとりあえず動くしかなかった。思考に時間を浪費している暇などなかったのだ。
転移陣の作成、転移陣の構造を利用した別の移動を考えた時、綜馬の【空間魔法】の存在がキーになるのは自然な流れだった。その結果、導き出した初めの行動は色の強い魔石、大きな魔石をたくさん集める事に決まる。
綜馬の説明では【空間魔法】の効力は魔力量に依存している。単純な移動利用でも、遮蔽物があれが数十メートルの位置に大量の魔力を使ってしまうらしく、次元の移動、世界の移動ともなれば必要な魔力量は計り知れない。
魔石収集の場所を関西に移したのは大きく二つの理由がある。一つは『マーク』の存在。『マーク』が全国的、世界的に存在する団体であることは知っているため、どこに移っても『マーク』自体から逃れるのは難しい。がしかし、天谷達の顔が割れているここらのエリアでは、死んだはずの自分たちが生きているのは余計な問題を増やすことに繋がる。
もう一つは調査された中級ダンジョンが関西圏に多いという点。エリアボスのように地上を支配する中型から大型のモンスターを狙うより、中級ダンジョンで狩りをした方が遥かに効率的である。県境のダンジョンのように情報が少ないダンジョンに入ってしまうと、常に死を連想しなければならなくなる。
関西圏では自警団や、シェルター毎の探索が活発らしく、中級ダンジョンの攻略とまでは言わないが、様々な情報が広がっているという話だ。
途中まではかなり上手くいっていた。案外大したことないなと考えた矢先。そうはさせまいと運命の悪戯がいつものように起こった。
シェルター間の闘争。ちょうど戦い真っ最中のシェルターに
滞在の申請をしてしまった。女二人と中肉中背の男が二人。
下卑た欲望が向けられるのは容易に想像できたはずだった。これまで上手く行きすぎでいた事もあり、明らかな油断があったのだ。審査をすると別々の部屋になり、あまりにも時間がかかる彼女達を心配に思った綜馬が[カンジ]を召喚し、意識を失った彼女たちを見た事で[スコル]を投入し、その場から離脱。
結果、4人は追われることになってしまった。
「どこか、掲示板を触れる場所があればな、」
梅田駅を抜け、合流した4人は駅前の商業施設内にあるカラオケ店に入り今後をついて話し合う。
「ここらに拠点作って、僕が見て回るのが1番いいですかね。」
「それか、手分けして探すか。」
「いや、それ無理じゃない?ある程度の相手なら倒せるけど、危ないって!」
天谷は考え込む。綜馬の案が1番無難な選択ではある。しかし、今の自分たちが悠長に構えている暇がない事も事実であった。蘭香は綜馬の意見に同意しているが、ミケアは複雑な胸中をそのまま表情にして浮かべている。
「手分けして動こう。情報収集は僕と蘭香ちゃん。綜馬とミケアは広範囲の探索をお願い。」
3人は天谷の指示に頷き、細かい調整について話し始めた。
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[シェルター1501]
ここ数ヶ月戦い続きで隊員たちにも疲労の色が見える。規模として言えば小規模シェルターに該当するシェルター1501だが、シェルターの範囲や物資の潤沢さでいえば相当のものだ。
シェルター難民と呼ぶべきか、他のシェルターから逃げて来たものや仲間に加わりたいという者はひっきりなしにやってくるが、このシェルターは一貫して受け入れについては簡単に首を縦には振らない。
援助や救援に関しては快く受け入れるため、そこまでヘイトを買う事はないのがいいバランス感覚の現れなのだろう。
現在シェルター1501は近隣の中型シェルター3つから包囲網を組まれていた。
「嘉山さん、また探索中に2班襲われたました。」
「民間か?」
「はい、それぞれ隊員1人ずつ派遣していたんですが、10人以上の敵だったらしく、」
嘉山は苦々しい表情を浮かべ、現在シェルター1501が抱える状況に対し何か光明がないか思考する。
「負傷人数と負傷状態は?」
「重症2名、軽傷5名です。軽傷者は経過を見て明後日にでも復帰できるとの事です。」
「問題は物資と、魔石の採取か、」
近隣シェルターがシェルター1501に向けて行っている作戦はわかりやすく兵糧攻めだった。対面戦闘では勝ち目がなく、内通者を忍ばせる事も出来ない。強いシェルターであればあるほど裏ミッションで得られる恩恵は大きく、近隣のシェルターがシェルター1501に唯一勝る人数差を駆使して妨害交錯を繰り返す。
常勝のシェルター1501だったとしても魔石を無限に所持しているわけではない。シェルターの治安や外敵を軍が守り、魔石やシェルター内での経済活動は一般層が行う。これを基本としているため、各々の役割を分担でき、一般層も修練することが出来る。極めて効率的な役回りだった。
その当たり前の構造が現在脅かされており、真綿で首を絞められているような感覚がここ最近ずっと続いていた。
伝令を仕事場に帰し、打開策を考える嘉山。俯きながら可能性を見出していると、
コンコンと再びノックを受ける。良いぞと返し、次はどんな話なんだと胸の痛みに備えた。
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