ふたたび
堂島の背を見送り、ミケアは地獄のような連絡拠点を見回した。二十階層に足を踏み入れてから少ない時間を過ごしていたが、こんな場所があることは気づいていなかった。
どうにも逸る気持ちを抑えきれずに獣たちを狩るしか頭が働かなかった。二十階層にくるまでの間も、ここと同じように目を覆いたくなるような場所はいくつもあったが、この場所は特に酷かった。
ミケアが体験したいくつもの悲惨な戦場と同じように、死んでいく者の面が恐怖と悲哀が刻み込まれ、死を呪っている。彼らの魂を浄化させるためにミケアの世界では呪術師が力を使うのだが、この世界にはその力は存在していないようだった。
ミケアは彼らに黙祷を捧げ、限界を迎えた武器や飢えていた動物性脂肪の食事などを手に取る。装備への不安が拭えたことで、僅かな心の余裕も生まれてくる。
そうだ、綜馬もここに連れてこようと考え、綜馬の反応を読みながら綜馬の分身体もいないか探し始める。
ちょうど、綜馬の黒い鳥を見つけたタイミングで、
「ブォォォォォォォ!!!!」
ダンジョン内に鳴り響く獣の王の咆哮は、死戦の始まりを告げた。
綜馬を探さなければと、一瞬我を失ったミケアはすぐさま自分のすべき行動を考え動き出す。正体不明の3人を探る暇などなく、逃避か戦闘か、どちらにしても彼が隣にいなくては選択を用意することすらできない。
綜馬のために多めの水と研ぎ石を抱え、彼とその眷属の気配を探る。彼の気配には殺気の色が薄く、どちらかと言うと希死念慮のような今にも消えそうな靄がかかっている。底のない暗闇ではなく、晴れることのない霧。そんな彼の仄暗さが彼の力の根源であるとも言えるかもしれない。
2人の成果によって、獣の数が極端に少ない事もありミケアの機動力を十全に発揮することができる。しかし、思い当たる箇所を飛び回り、綜馬の姿を探すが痕跡ばかりで肝心の本人が見つからない。
焦りを抱きつつも冷静さを失わぬよう、現在の状況のみを考えるために集中し感覚を研ぎ澄ます。そんなミケアの嗅覚はいつもと違う異変を嗅ぎ取った。
綜馬がばら撒いた火薬。
ミケアの鼻はその違和感を逃すことなく、そしてこの違和感の正体は綜馬に繋がっていると確信していた。綜馬への手がかりを見つけ、隠していた焦りも落ち着きを見せた頃、今度は
ドガァァァーーン
と、階層を震わすような衝撃が飛び込んできた。ミケアはこの衝撃の正体が何なのか一切分からなかったが、本能的な直感が働き違和感の匂いが消えるまで走って後退した。
次の瞬間、さきほどまでミケアのいた場所も同じように衝撃の波に押し潰されて爆ぜていた。
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憎い存在。かつて自らの根城に足を踏み入れながらも、その血肉を抉り取れなかった相手。匂いとその雰囲気で理解した。
オークの王は慌てて追うような事はしない、自分から漏れ出る殺意を隠すようなこともしない。ただ純粋に眼前の獲物を屠るのみ。自分は捕食者であり、その立場は揺るぎない。しかし、この揺るぎない事象を勘違いしている者が少なくない。ならば、と王は渾身の慈愛を持ってその事実を突き合わせてやろうと声を張り上げた。
「ブォォォォォォォ!!!!」
と喉を震わせた王は、ゆっくりと歩を進める。食欲という根源たる純粋な欲望から枝分かれした怒りや飢えを原動力に動き出す。血で喉を潤し、肉で腹を満たし、断末魔で心を癒すために。
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堂島のもつ『土魔法』と『硬化魔法』の組み合わせは数多ある魔法の組み合わせの中でも上位に入る親和性を持っていた。戦闘において有用性があることは勿論、インフラが死んだこの世界で舗装された道を作れることや、即席の拠点を作れることは文字通りの百人力だと言える。
20階層で起こった事象においても堂島がこうして生き残れているのはこの二つの力があったからだ。そして、今まさに行われようとしている互いの命を懸けた戦いにおいても、堂島のこの力は天谷の作戦の根幹を握っていた。
綜馬の引いて攻めての攻撃。オークの感情を刺激して理性を壊すのが目的だが、蓄積のダメージが入るのならそれも助かる。理性を失ったオークに傷を負わせるのが蘭香の仕事。『風魔法』と『肉体強化魔法』というこちらも親和性の高い組み合わせから繰り出される一撃は、過去のオークの王との一戦でも傷を負わせた実績がある。綜馬は蘭香のサポートをしつつ攻撃の手は休めない。彼には底がないという印象が残るように多くの秘密を抱えている。
そしてこの間、オークが彼ら二人に致命傷を与えないよう盾として立ちふさがるのが堂島の仕事だった。全体の指揮を執る天谷から『結界魔法』の支援は飛ぶがこれを頼り切っていると、万が一が起こる可能性は高くなる。
あくまでも行動は自分主体。堂島の判断と行動に綜馬、蘭香の命、ひいては天谷や地上に残る仲間たちのこれからが掛かってくる。心臓を握られたようなひりひりとした責任感と緊張感は慣れている。自分が今立っている場所の不安定さに足は震えそうになるが、格好つけて前を向けと勇気を演じる。
堂島は二度目となるオークの王との邂逅に無理やり口角をあげて挑む。
「今だ!!」と合図を送り綜馬の準備した仕掛けを発動し、地形の有利を作り出す。オークの王が面食らった表情を見せ、腕に火傷を負わせることが出来たのは願ってもいない誤算だ。
彼らの運命の戦いが始まっている裏で、シェルター813ではシェルターで起こった反乱が終結に向かっていた。
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