祷
星4等級の立場はシェルター813の中でもかなり複雑な立場だと言えた。絶対と呼べる議長と星5等級の十数人。ここが、彼らの君臨する王国だとすれば星4等級の者は、王族達にゴマをする貴族だろう。
機嫌を取り続ければ彼らのおこぼれを貰う事が出来て、最高ではないがそれなり生活は担保され、圧倒的に多い自分達以下には偉そうな態度を取れる。
議長と星5等級の彼らに依存した存在。現在の状況に大きな不満を抱える者がいない反面、満足している者も少ない。心のどこかに葛藤と反発を抱えながらも、現実から目を離す事が出来ず惰性でズルズルと無難を繰り返す。
そんな空虚に歪が生まれた。
有紀と高元は魔石が入っているのか確かめるため、封を強引に開けて中に手を入れる。指に触れた魔石の感触で高元は笑顔を浮かべた。魔石の色を確かめるために残りは有紀に渡す高元。緑の光沢を満足げに眺めながら、残りはどうだったかと有紀に声をかけると、
「おい、これ見ろよ。」と、魔石ではなく同封されていた手紙を見せてきた。
「なんだよこれ、俺は個人的なやり取りを盗み見る趣味はないぞ。」
「そんな話じゃない。ここだよ、」
有紀が指さした箇所、そこには――
「徴兵制と、奴隷制度って何だこれ。」
星4等級に該当する人数は合計で100人ほど。派閥的な隔たりはあるが星5のやつらに比べて我が強いわけでも協調性がないわけでもない。それなりに協力し合い、上に媚びて下に威張る。わかりやすい構造を守っていた。その中で、有紀と高元という二人は異質な存在だった。星5や議長に媚びる事はなく、自由を愛し労働を嫌っていた。
なまじ実力があるため、星5達も強く言う事は出来ず彼らにあこがれている者すらいた。そんな彼らが目にした自由とは正反対の世界。きな臭くなってきたと思っていたが、上の連中はこんなことを考えていたのかと高元は魔石そっちのけで怒りを発露した。
「これ、時間ないぞ。外から力借りるみたいだし、分断されて対立を作られたら終わりだ。」
「コソ泥してる時間なんて無かったのかよ。面倒だな、」
二人は溜息を吐きながら自らの住居に戻る。シェルター813で反乱がおこったのは夜22時の事だった。
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魔法の力の開示はこの世界において最も信頼し合えた証拠だと言える。長い間ダンジョン内で時間を共にした天谷、堂島、椎木の3人は互いの連携のため、魔法以外の力に関してもすべて共有し合っていた。
当初の目論見とは大きくずれる事にはなったが、紆余曲折ありながら何だかんだ最初に立ち返っている。難しいことは考えなくていい。これから起こる戦いにたった一度勝利すればいい。卑怯でも偶然でもいい、一回に全てを込める。
綜馬はこの階層にいる間、主モンスター以外を狩り続けたらしくそのおかげで機動力や人数の有利はこちらにある。殺気を隠す様子もないため、常にこちら側が先手をとれるような状況になっている。
綜馬には、ただでさえ機動力のないオークをさらに抑え込むために火薬等を使い森の死角を無くし、見晴らしのいいフィールドを作ってもらっている。
綜馬の力はかなり未知数な部分が多く、色々と噂は耳にしてるが本人が探られることを嫌がっている以上詮索するつもりはない。綜馬の役回りはヒット&アウェイのため、問題が起きればそこで何か力を使うだろうとそこまで心配はしていない。
問題は、ある程度削った後にオークと対面でぶつかる予定の椎木。4人の中では一番火力を出すことが出来、今回の作戦の要になっている。ただ、その分消耗も大きく、チャンスを逃すと作戦の成功確率を著しく低下させる。椎木に役回りが行くまで他3人で完璧に準備しておく必要があった。
作戦の成功率は高く見積もっても3割程度。しかし、これまでやってきた1割にも満たない作戦の数々と比べれば十分部のいい賭けだと言えた。綜馬と堂島が作戦成功のために動く間、天谷は少しでも可能性が高くなるようにと頭を使い続けた。
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綜馬と同じ種族、彼らが綜馬の探していた存在なのか。それならば突然現れたのはどう説明されるのだろうか。悪魔の目覚め。ミケアにとって異常事態が突然、それも2つ同時にやってきた。こんなことをしている場合じゃないと焦燥感に喘ぐ日々がいつの間にか決戦前夜のような緊迫感を纏っているではないか。
どうにかして綜馬と合流しなければと理性が働くが、二手に分かれた目の前の彼らが気になってしまい後を追う。何故か通じ合う彼らの言語を聞いたところ、もう1人仲間がいるらしい。仮に敵だった場合、それぞれが個人行動をしている隙を突くのが良い筈だ。
そんな考えの下、ミケアは隠密に徹しながら、別れた片方、堂島の後を追って行動する。入れ違いになる形で蘭香と綜馬がやってきたのをミケアは知る由もなかった。
堂島が天谷に頼まれた仕事は物資集めだった。一定の期間が経つとダンジョンに吸収される亡骸とは違い、亡者の残した遺品は次の持ち主が現れるまでそこにあり続ける。怪物との戦闘だ、現在のボロボロの状態の堂島達では何が足を引っ張ってしまうかわからない。合同ダンジョンアタックの全貌を知っていたからこそ、命を落とした仲間たちがどこにいるのか堂島が一番よくわかっていた。
それに自分のせいで未来を費やした彼らの骸に頭を擦り合わせないと一歩進めることが出来なかった。
本来は物資の中継地点でありながら、連絡拠点にするはずだった場所。最初の20人が入ったところで違和感を覚え、結果的に一人の死を代償に解放された境界線。
堂島と天谷の予想通りそこには手つかずの物資が大量に置かれていた。大規模のダンジョンアタック隊では厳しいと感じていた物資の量も、その恵みを与える相手が片手の数にまで減ると途端に有り余る物だと捉える。そして、そんな大量の物資と崩れかけのテントの足元にはいくつもの死体が転がっていた。損傷具合を見るにここで起こった惨状を想像せずにはいられなかった。
「快斗、良喜、大志、紗香、修、円華、、」
堂島は顔の原型すらなくなった骸でさえもその者の名前を呼びながら一人一人の顔元で目を瞑り祈りと贖罪を捧げていく。途中、木の陰に隠れて嘔吐を繰り返した。こみ上げてくる自分への殺意と、無力な自分が生き残ったことによる罪悪感。天谷と椎木といるときはひた隠しにしていた、肥大化した自己嫌悪とそれからくる希死念慮。どうしてもこれらを堪えることが出来ず、熱くなった喉元を木陰で落ち着かせる必要があった。
ここにいる全員と顔を向き合わせた堂島は、自ら喉元を強く握りしめ、右手に浮かぶ血管が陰影を濃くし始めたくらいで何かを思い出した様子で、テントから水といくつかの盾を持ち、来た道を戻っていった。その間、息をひそめてその場を見ていたミケアは目の前の彼が持つ危うさが、父の姿と重なって見えていた。
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