幕が上がる
綜馬は[スコル]と自らの身で空間魔法内にあるオリジナルではない大量の火薬をダンジョン内に撒いていた。
分身を使うことで作ることの出来る複製。その量や複雑さで魔力の消費量は変わり、どれだけ魔力を消費してもオリジナルに及ぶ事はない。
綜馬は日々の探索で使うために、コツコツと火薬類の複製を貯めていたが、その全てを吐き出す勢いで消費していく。火薬類は魔力消費が特に多い部類に該当する。普段ならこんな使い方しないが、ここから出られるのであれば出し惜しみする気はない。オリジナルだって使う気でいる。
椎木蘭香と再開し、その流れで堂島と天谷との再会を果たした綜馬は、再開の喜びや募らせた謝罪を出す暇もなく天谷の立てた作戦に従い行動していた。
綜馬の空間魔法の事はなんとなく察している天谷と堂島は、わざわざ何かを言うような事はなく頼む、とだけ伝え綜馬も小さく頷くだけだった。
綜馬は分身を使いながらも単独でダンジョン内を縦横無尽に動き回る。天谷の作戦成功のためもあるが、1人で動き回っているのは帰ってこないミケアを探すためでもあった。
蘭香にどう説明しようと考えているうちに堂島と天谷の元へ案内されたため、ミケアに関する問題は未だ解決していなかった。
[スコル]と[カンジ]の感覚も利用しながらミケアの気配を探る。今回の作戦を成功させるためにはミケアの力も必要だった。
あの3人ならばミケアの姿を見ても敵対心を浮かばせないだろうが、反対にミケアがどうするかわからない。彼女はおそらく自分以外の人を知らず、堂島達を敵として認識してもしょうがない。
少し前までの最悪はより良い形へ変化したが、新たな最悪をもたらした。とは言え、四方八方塞がっていたような状況から光が溢れているような状態になったのは手放しに喜びたい。
粗方の作業を終え、堂島達の元へ戻ろうとした時[スコル]の感覚からミケアの気配を感じ取った。今綜馬がいる場所からそう遠くはない。堂島達と出会ったような感じはしないし、最悪は免れるだろうとほっと安堵したのも束の間。
「ブォォォォォォォ!!!!」
けたたましい轟音がダンジョン内を巡る。瞬間的に空間の殺気が飽和するほど滲み出す。
堂島達とミケアの関係や、堂島への謝罪、地上で起こっているだろうワイバーンの問題など思考を占めていたほとんどを置き去りに、ただこれから起こるであろう死闘への覚悟が呼び覚まされた。
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シェルター813内に蔓延る星5憎し、議長憎しの感情は日に日に膨れ上がっていた。ワイバーンの件以降議会に義務付けられた仕事は、時間や労力以上にシェルター住民たちの精神を蝕んでいた。労働が義務付けられている者とそうではない者の分断、無償労働によってより困窮した生活を送る者。かろうじて星4、星3等級の一部住人は今の生活を続けていられるが、今後もそうである保証はない。
もしものために蓄え続けられる物資も、元をたどれば本来自分の食卓に並んでいたはずのものだ。時間経過と比例するようにシェルター内の鬱憤は積もっていく一方だった。
「これで今日の分は終わりだ!」
「あぁー、疲れたぁ。レオさん達いつもこれくらいやってるって事だもんね。」
「やっぱりすげぇな。」
少年たちは石田に頼まれた仕事をこなしながら、その都度もらえる物資や魔石をレオ達への恩返しに使おうと貯めていた。
最初は簡単な荷物の配達だったが、数回行うと信用を得たのか別等級間の配達や議長から直々の連絡も任されるようになった。
仕事を任されてから今日で10日目。大事な書類があると呼ばれた少年たちはいつもとは違い、天谷という男が書類を差し出した。
「重要書類だ。田邊議長から片桐と佐山への伝令になっている。くれぐれも扱いは気を付けるように、」
仰々しい物言いに驚きつつも彼らは頷き手紙を受け取った。
「おい、本当なんだろうな。」
「間違いない、昨日片桐と寝た女が言ってたんだ。」
「なんだよそれ、」
「詳しい話はまたあとだ。あいつらが田邊と共謀して着服してる魔石が今日家に届くらしい。元々俺らが集めたものだ返してもらうだけだ。」
「けど、星5のやつらがいたら、」
「大丈夫なはずだ。あいつらがこんな雑務するはずがねぇんだ。どうせ誰かにパシらせ、ってあれだよ。」
星4等級に住む有紀と高元はとある情報筋から得た話を頼りに、星5の人間が着服しているという魔石を奪うため、片桐たちの住む星5住居エリアに潜んでいた。
有紀も指さす方向には三人組の子ども。星5住居エリアには不相応で、それにキョロキョロと辺りを警戒して歩いているのが見て取れる。現れたのが子どもという事もあり、星5に怯えていた高元は途端にやる気を出し始め、最終手段であった力づくで奪うという作戦を口にした。
「おい、本当にあいつらかちゃんと確かめた方が、」
「そんなこと言ってるうちに星5のやつらが来たらどうすんだよ。もし間違えてたらその時はちゃんと謝って小遣いでもやれば許してくれんだろ。」
やる気になった高元に圧された有紀は渋々了承し、魔法発動準備にかかる。
「恨むなら今を恨んでくれ!」
有紀の放った暗闇は少年たちの視界を奪い、そのタイミングに合わせた高元は3人を捕縛する。少年たちは有紀の魔法により意識を失い、有紀と高元の前には厳重に封された紙袋が残されていた。
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『ブライス』としてシェルター813内に潜むマオと聖、他数名はサイバからの指示を今か今かと待っていた。1ヶ月近くシェルター813のために動いている彼らだが、監視すべき隣人という待遇は相変わらずだった。
彼らの行う監視はある種の恣意性を感じていたが、監視について口を挟む事でこれまで構築した全てが崩れてしまう事を恐れ、なすがままにその状況を受け入れるしかなかった。
「もう限界なんだけど!!」
最初に現状が耐えられなくなったマオが感情剥き出しの声を漏らす。いくら修羅場に慣れた彼女であってもひと月もの間、誰かに監視され続け一挙手一投足が評価されていると思うと気がおかしくなってしまうのも当然だと言えた。
マオの悲痛の叫びをただ噛み締めるしかない聖達は、何度目かの慰めと打開の未来を口々に話した。まるでそれは自分に言い聞かせるような口ぶりで、マオの激情がマオ以外の衝動を肩代わりしていると言えた。
場の空気に耐えられなくなった聖は外の空気を吸いに外へ向かう。
シェルター813のシェルター壁際の住居。等級で言えば星1等級の中で上位層が住める最低限の場所。シェルター813の機能が低下していけばまず初めに切り捨てられる場所にいる聖達は、シェルター813の思惑と彼ら自身の希望もあってこの場所を拠点としている。
気持ちを切り替えるために外へ出るといつかの癖で、胸ポケットを触ってしまう。シェルター内でも最高級の嗜好品となったタバコの味を懐かしく思いながら口いっぱいに空気を吸い込む。
空気を吐きながらなんとなくシェルター外に目をやるとゴブリン、羽間からの使いがこちらに向かって手を振っていた。
外から戻ってきた聖が開口一番「作戦決行は明日の夜22時。やっと帰れるぞ!」息を切らしながら、吐ききった言葉は重たくくらい部屋の空気を一変させた。
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