暗黒への前途
正体不明の気配を感じとったのは数時間前の休憩から5体目のモンスターを倒した時だった。
ミケア達が特異獣と呼ぶ中型モンスター達の群れは次々と現
れてミケアの生命を捕食しようと躍起になっている。
初日、無限とも思えたモンスターの軍勢はその数を確かに減らしており、ミケアの無茶と綜馬の能力で半数近くまで削る事ができた。文字にした時の成果は絶大なもので二人の頑張りが視覚的に現れていると言える。しかし、実状としては初日と比べ大きな変化はない。
主モンスターの圧倒的な力は無数の有象無象をいくら倒しても比較にならない。そのことはミケア自身が一番理解していた。
鬱々とした感情を抱えながら綜馬の元へ帰ろうとした時、ミケアの五感は新鮮な刺激を感じ取った。
これまで対峙してきたモンスターとは違う別種の存在感。主モンスターと同等ではないがそれに近いような気配。敵ならばかなりの危険性を孕んでいる事は間違えなかった。
今すぐに綜馬の元へ、と思考は巡ったが状況把握をしてから向かうべきという効率を考えて立ち止まる。情報を持ち帰ってから二人で話し合った方が手間も少なく作戦に費やせる時間も増える。
ミケアにとってとにかく優先すべきは綜馬とこの空間からいち早く抜け出し故郷に戻る事。帰還方法を知らない現状、どんな作業でさえも効率を優先するのは当然と言えた。
極限まで気配を殺し、気配の根元に向かって進んでいく。幸い、この時間は主モンスターは休眠している。主モンスターの生活サイクルに合わせて動いているため、常に心配事は一つか二つに抑えて動けている。
見慣れない小部屋。それはいた。自分と同じ――似た背格好の生き物。血に飢えた様子はなくこの場にいる2匹は何か発声している。
ミケアは正体不明の気配が綜馬と同種である事を把握した。
ミケアがちょうど堂島と天谷を見つけ、斥候に出た蘭香が綜馬と会ったのと時を同じくして、既知の侵入者の匂いを嗅ぎ取った王はこれまで以上に鼻息を荒くし、目を覚ました。
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議長の木原は、同じく議長の田邉の存在が邪魔で仕方なかった。田邉が理想とする世界は下卑たもので、醜く、極めて稚拙なものだ。支配者として胡座をかき、欲のままに生きる。
木原は田邉が愚かな豚にしか見えなかった。そしてそんな田邉を慕う者たちも同じく豚でしかなかった。
木原の求めるものは新世界。神に選ばれた人類が真の覇者となる理想郷。自分はその選ばれた人間であるという自負があり、選ばれていない人間も受け入れようという慈悲を持っていた。
そのため、羽間から聞いたシェルター同士で争うことによって得られる特典の話を聞き、木原の脳内にはその事だけが埋め尽くされていた。
「石田さん、それでどんな感じですか?こっちの仲間になりそうな人増えましたか?」
「星5の数人に声はかけてある。うまくいって半々といったところだろうな。このままだと中で戦争起こるぞ?」
「半々ですか。この際、中で起こってもらった方がいいかもしれませんよ。この辺のシェルターはどこも小規模ですから。変に問題を抱えたまま大きくしても後々のことを考えたら。」
木原は不敵な笑みを浮かべながら明後日の方向を見る。そんな木原を石田は不安に感じつつも、木原の望む未来はこのシェルターにとって最善の選択になると信じていた。
「下の連中はどうする?」
「星4くらいならある程度使えそうですけど、あ、そういえばあのお人よし達ってそれなりに強かったですよね?」
「あぁ、うん。レオは確実に星5近い実力あるよ。」
「そうか、そうですか、」
様々な思惑が渦巻くシェルター813では、今にも決壊しそうな欲望が一つの出来事によって動き出す事となる。
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警邏隊の仕事を終えたしゅんは、四人の帰りを待つ間に孤児院と老人会に顔を出した。
「おぉ!元気してるかぁ!」
「あ!しゅんくんだ!」「本当だ!!しゅんにぃ!」
物資の援助と時々こうやって顔出す以外は、あまり接触しないようにしているため久々の訪問に皆それぞれ喜びを露わにする。
「しゅん、いつも悪いねぇ、」
総勢50人余りの彼らは、互いに生活を支えながら暮らしている。当初は老人会から数人がレオたちの補助として戦闘に出ていたが、機動力や体力の問題だけでなく獲得できる魔石と、戦闘によって消費される魔石のコストが見合わないため、今の形を取るようになっていた。
孤児院の子ども達は未就学児から小学校低学年がほとんどで、数人15歳を超えているがその数人で孤児院と老人達の世話をしているため戦闘に出る暇などなかった。
しかし、最近では元々小学校低学年くらいの子が下の子の面倒を見られるようになったため、少しずつ戦闘を慣らしていこうという話になってきている。
「レオさん達は今どこに?」
「今日はダンジョンの日で朝から稼ぎに行ってるぞ。なんか用事あったか?」
「その、僕たちも、」
「大丈夫!お前たちも一緒に戦えるようにいろいろ話し合ってるからよ。」
しゅんに話を持ち掛けた少年たちは少しだけ苦い表情を見せながらも、何かを決意したようで頷いた。
「ほんとにれおさん達のためになるんですよね?」
「あぁもちろんだとも。本来なら彼らがするべき仕事だけど、特別にお前らにやらせてやる。これでレオ達は幾分か余裕出来るはずだぞ。」
普段合う事のない議長の言葉は少年たちにとって信用に足るものだった。自分たちも何か力になりたいとレオ達に頼み込んだが、思うような事にはならなかった。そんな少年たちに声をかけた石田は、ひとつの提案を持ち掛けた。本来ならレオ達に振られる作業を少年たちが代わりを務める事で、レオ達の負担を軽減させようという話。
しゅんに直接話そうか悩んでいたが、結局断られるのだろうとさっきの話を聞いて理解した。それならば、まずは行動してレオ達に自分たちの有用性を理解してもらう方がずっといいと考えた。
そんな少年達、計五人は石田に頼まれたシェルター内での荷物授受作業をすることになった。
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「おかえり!!」
「ただいまぁ~」
「あれ?レオと冬弥は?」
「もう少し身体動かしたいんだってさ。」
「あいつら元気だな、」
先に帰ってきたララとカホは今日の成果を机の上に広げる。冬弥が探索に加わってから飛躍的に増えた成果と、安定感によって少し前の不安定な状況から脱したレオ達は、シェルターから課された警邏隊の仕事と両立しながら、豊かさを取り戻していった。
「今日、なおと達のところ行ってさ、」
しゅんはララとカホに今日の出来事を話しながら、反対にララとカホは今日の探索について会話を交わす。
「帰ってくるの遅いし先食べちゃおっか。」
カホは棚からパックご飯とレトルトカレーを用意する。魔石の節約という意味合いもあるが、単純に食事のバリエーションが減った現在では珍しくない食事だった。
掲示板のクエストで得られる新鮮で美味しい食材は、星2等級では届かない。月一でもらえる配給物資も、肉や魚、野菜といった食材は議長や等級の高い者に優先権が行くため、多くの者にとって食事は作業のようになっていた。
「それでさ、」
ただ、いつものように3人は食卓を囲みながら談笑を続ける。こんな時だけは記憶の片隅にある日常に戻ることができていた。
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