重い腰を上げる
報酬で貰った魔石を砕いて粉々にする。粉になった魔石を分身体と一緒に畑に撒いていく。こうすると、作物の育ちがよくなり、味、大きさ、栄養素も高水準で安定する。
一輝から、今月の報酬として身体強化のスキルスクロールと、キュアポーション、ハイ・ヒールポーションを貰った。これら、スクロールやポーション類も分身体を利用した複製は不可能だ。魔石も出来ない。
『倉庫』の中に身体強化のスキルスクロールは3つ余っている。これで4つ目だ。
『メイン』『サブ』の魔法以外に『スキル』の獲得は平等な権利として捉えられている。『スキル』には先天的、後天的な2種類に分けられるが、人それぞれ『スキル』には上限の枠があり、一般的であれば4枠、多くても10枠とされている。
綜馬のスキル上限枠は5枠。平均より少し多いが、恵まれているというほどでは無い。先天的な『スキル』獲得は自ら選ぶ事ができない分、固有のものや強力なものが手に入るケースが多いという。
綜馬は、『祭壇』という固有のスキルを先天的に獲得しているが、データバンクと呼ばれる世界中で情報共有に利用されるシェルターの拡張設備には何も載っておらず、発動条件も発動内容もわからないスキルを使うわけにもいかないため、死に枠が出来たと当初は悩んでいた。
今では元から4枠だったと思うことに切り替えて、どうにかやっている。そもそも、『メイン』に陰魔法、『サブ』に空間魔法という組み合わせは現在2人しか確認されておらず、そのもう1人は魔力量が乏しいため、実質綜馬の能力は唯一無二で相当強力なものだ。その事を理解しているため、スキルも恵まれてしまうとこれ以上厄介な事に巻き込まれかねない。
きな臭い宗教団体や、綜馬を利用した外交、大規模遠征を行う人間蜂起軍に狙われたり、知っている情報を辿るだけでも、目立つ事は良い結果をもたらさないと証明してくれる。
綜馬は生存力的な部分や、物資の潤沢さ、小手先の戦闘では優秀だが、真っ向からの肉弾戦や多数での戦闘はあまり役に立たない。
攻撃力や戦闘能力に長けた人間1人送り込まれてしまえば、綜馬は手も足も出ない。それなら、シェルター間を助け、所属シェルター付近であれば手を貸してくれる優秀な補助要員として、認知されていた方が良いだろう。
そのために、綜馬は自分の力を過少申告しているし、わざとミスを起こしている。
世界がこうなった以上、自らの自由を守るのは自分しかいない。一つのミスがどう転ぶかわからない以上、身の丈に合わない評価は、自分から捨てておくべきなのだ。
畑作業で汗をかいた綜馬は、風呂場へ向かう。昨日洗濯でも使った水桶に手を当てながら、ラック内にある赤い魔道具を手に取る。そちらにも魔力を込めた後、水桶の中に放り込むと水温が徐々に上がっていく。
水桶から手を離し、湯桶でお湯を掬いながら、体を洗う。ボディソープもシャンプーも、この世界では絶版の貴重品だ。物資申請すれば手に入るが、そこまで手が回るのは相当強くて豊かなシェルターでない限り無理だろう。ほとんどが良くて石鹸を申請しているくらいのはずだ。
水浴びを終え、体を拭いた後朝ごはんの支度に取り掛かる。昨日の豚肉は挽肉にしてあるので、タコライスにしようと採れたてのトマト、レタス、大豆で調理を始める。
合い挽きだったらなんて、贅沢を言えるのはこの世界で綜馬くらいだろう。
香ばしい匂いがキッチンに充満するが換気扇は回せない。引き篭もり初日にそのミスをしたせいで、4階から5階に変更せざるを得なくなってしまった。コボルトの嗅覚を舐めてはいけない。
このために綜馬は消臭石をとりに定期的にダンジョンに潜っている。
出来上がったタコミートと、トマト、レタスをご飯の上に盛り付け、チーズをかけてバーナーで軽く炙る。チーズの焼けた香りがより一層食欲を掻き立てる。
畑作業で空いた腹にこの香りは耐えられない。出来上がったタコライスをキッチンで立ちっぱなしでかきこむ。タコミートの辛味と塩味をトマトの酸味が調和させ、レタスの瑞々しさでリセットする。スプーンの往復が止まらない。咀嚼するペースより口に食事を運ぶペースのほうがつい早くなってしまう。
衝動的な空腹を解消し、キッチンからリビングへ場所を移した。一心不乱にタコライスを食べた後、昨晩使い切らなかった水桶の水をシンクに貯めて、使った調理器具と皿をつけておく。
キッチンとリビングに篭る匂いを消すために消臭石を取り出してその場で砕く。ふわふわとした発光体がその場を覆い、匂いが消えていく。
残数を確認すると、残り5つ。使わない日もあるが、多い時は5つくらい1日で消費してしまう量だ。
面倒だが今日か、明日ダンジョンに行かなければならないだろう。だらだらと読みかけの小説でも楽しもうと思っていたから、余計に腰が重い。食後の紅茶を飲みながらクッキーを食べる。
ダンジョンの準備は午後からやろうと、決めて綜馬はソファで横になって堕落を満喫し始めた。
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ポーション、脇差しの短刀二振り、胸当て、緊急用の煙玉と小型爆薬。それぞれ確認して、ポーションも残り少ない事に気づく。
先週、北側のシェルター749でダンジョンにアタックをするから、ポーションを貸して欲しいと頼まれた事を思い出した。一輝を立会人として、綜馬はその時不在だったが代理人も一輝に頼み、きちんと契約した上で、一輝に渡しておいたポーションを彼らに貸した。
そのお返しが恐らく2日後もらえる。すっかり忘れていたし、一輝にも何かお礼をしなければなと考える。
適当なお菓子の詰め合わせでも用意して渡そう。一輝はなんとなく『倉庫』の存在を理解して、それでいて知らないふりをしてくれている。この世界にお菓子なんて金や銀より喜ぶ人がいる代物だが、一輝なら大丈夫だ。
短刀と胸当ての整備を簡易的ではあるが済ませて、そのほか準備も一通り済ませる。夜行性とモンスターも多いが、この辺りのモンスターは人の生活習慣と凡そ同じ。ダンジョンアタックに向かうなら、日が沈み始める少し前。最近は夜の訪れが早いから15時くらいがちょうど良いだろう。
一輝から支給されている時計を確認すると、14時20分を回ったところだった。中途半端に時間を余らせてしまっている。
こういうちょっとした隙間時間、昔ならスマホとかゲームとかいじって時間を潰せたのだが、今は手持ち無沙汰が強調されるだけでなかなか辛い。
乗り気では無いが少し早めに出て、いつもは行かない方からダンジョンに向かう事に決めた。
向かうダンジョンは初級ダンジョンで、最終階層は8階だと判明している。踏破した人間も数多くいる。
綜馬はいつも4階層までしか降りないが、戦闘を得意とせず、単独である事を考えればそれなり優秀な部類に入るだろう。
そもそも、ダンジョン踏破に必要な能力は戦闘力、資源力、統率力の3つだと考えられていて、資源力がダントツで高い綜馬にとってダンジョンは外の環境と大差ない。
強いて言うなら布団で安全に安眠したい場合、空間魔法の中に入る必要があるため、魔力の消費が大きい事と、空を自由に見られない事、起きている間はモンスターの危険を意識しなければいけない事くらいだろう。
多くの者が綜馬の状況を恵まれていると思うだろうし、通常のダンジョンアタックと比べた時に、相当易化しているのは明白だ。それでも綜馬はダンジョンへの訪問はどうにも嫌な感じがしてたまらない。
溜息を吐きながら綜馬はいつもと同じ外出ルーティーンをこなして、地上に降りる。スピーカーの電源を切っていつもとは違う方向に向かって進んでいった。