表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/57

歪み

 うちっぱなしのコンクリートは部屋に広がる暗闇をより濃く、そして冷たさも映し出す。サイバは古びたパイプに腰掛け、目を瞑り過去に耽っていた。


 世界を改変させたあの日以降、まともな睡眠をとれたためしがなかった。胸の奥にこびりついた恐怖はいつになっても拭えることが出来ない。

 買ってもらったばかりの玩具で遊ぶように、目の前でぐちゃぐちゃに崩されていく妻と息子。

「どうして貴方は、、」

 自分だけ生き残った事による鳴り止まない自責。記憶には存在しない妻と息子が自分を見つめながらどうして私たちは死んだのと問いかける光景。


 自分もそっちの世界に、と何度も死を試みた。しかしその願いが叶うことはなかった。自分から体温が抜けていき、暗闇の世界に身を投げるほどの勇気は持ち合わせていなかった。

 死という概念が軽くなった世界に身をおいたとしても、死という絶対恐怖に抗えるものは少ない。


 モンスターという破壊的な存在を前にしたときは不思議と勇気が湧く、復讐心と言ってもいいかもしれない。目の前の醜い生き物をすぐさま駆逐しなければ、自分が望む世界から消し去らないとという使命感が後押ししてくれる。


 モンスターが発生する理由にシェルターの存在があると知った時、サイバは自分の進むべき道が見えた気がした。全て終わらせて元通りにしよう。

 帰ってくるはずのない2人が頭に浮かび、なぜかこの道を進んでいけば2人とも帰ってくる気がした。

 死への恐怖とモンスターへと敵愾心のみが活力の源となり、その日を生かし続けてくれた。目標ができたおかげでサイバはこの世界に生きてていい。そう言われたのだと理解した。


 サイバの知ったシェルターとモンスター発生の関係は掲示板によって公開された一つの論文からだった。いつものように寝れずシェルター内を散歩していた時偶然目にしたマークと名乗る者の論文。ランダムに色々なシェルターに送っていたのだろう。その一つにサイバのいたシェルターが選ばれたのだ。


 深く読み込もうと翌日掲示板を確認した時、その論文もマークの名前も一切が消えてなくなっていた。その時点では半信半疑のサイバだったが、読んだ記憶を辿り、近隣にあった超小規模シェルターを訪れた時にサイバは事実なのだと確信した。


 自分のいた中規模シェルターや、何回か訪れたことのある大規模シェルターの周りには数だけではなく能力の高いモンスターがそこら中を彷徨いている。しかし、超小規模シェルターの周りはどうだ。サイバなら数分あれば全てを魔石に変えられるほどの数と質のモンスター達。


 『マーク』の存在を知ったのは、これから少し後のこと。『重力魔法』を持つサイバが部隊を任されるのにそう時間はかからなかった。


 磨りガラスの小窓から僅かな光が漏れ始める。

「もう朝か、」サイバは寝なくていい口実を自らに言い聞かせるように呟いて立ち上がる。廃校の一室、無機質な室内にはパイプ椅子と白いマット、下駄箱。どれも廃校の備品だ。


 取り壊し中だった廃校は打ちっぱなしのコンクリートの部屋が基本で、数室だけ当時の面影を残している。サイバは最低限の物を自室まで運び、最低限の暮らしを過ごしている。

 食事や日用品はどうしたってシェルターの力を借りなければままならない。『マーク』が最も頭を抱えている部分でもあり、この先シェルターを破壊していくにつれさらに肥大化していくだろう。


 羽間に実力をかわれ、実際にサイバが戦って仲間に入れた岸が少しだけ興味深い話をしていた。何か後ろめたさがあるのか、それとも隠し事をする理由があるのか、話は中途半端に終わったが、大量の物資を抱える人物がいるかもしれないという話。それが事実ならなんとしても味方に引き込みたい。


 物資の種類によれば元本にして複製品を作ることだって出来るかもしれない。それほどまでに『マーク』の勢力は大きくなっている。協力を惜しむようなら、その時は仕方ないが様々な手を駆使して力の恩恵を得るしかないが、現時点の方針では好意的に協力を取り付けるつもりだ。


 それよりも、と正体のわからない救世主問題ではなく今からサイバ達が行おうとしている周辺シェルターを一気に壊滅させるための作戦に意識を変える。冬弥たち数人は混乱に乗じてシェルター813内に潜伏させ、それとは別にマオを代表とした傭兵団を近づかせてある。

 この作戦がうまくいけば近隣の主要シェルターはほとんど機能しなくなるだろう。

 シェルター800の時は事前準備と後処理に手間取ったため、難民を散らばらせるだけで根本的な解決はダンジョンアタックの時に任せてしまった。


 人が増えれば力を強くするシェルター。シェルターの利用は最低限に、『マーク』が日夜強力にしているシェルター外の拠点は今や数だけでなく受け入れ態勢も万全だ。シェルターの維持費も無いため、現在ほとんどの人払いを終えて交換機能と、支援機能だけ活用している3つシェルターで物資も着々と増やしている。

 質は最低限で、かなり逼迫した生活を送らせる事にはなるだろうが目的のためなら仕方ないとみんな納得してくれるだろう。


 シェルター813を崩すことができれば、『マーク』そしてサイバの悲願へグッと近づく事になる。深く息を吸い込み、サイバは部屋を出る。小さな歪みすら生まないように今日も画策する。


――――――――――――――――――――――


 [シーナ]の触角が綜馬に触れる。言葉が通じ合わなくても何を思っているのかすぐに理解した。


「心配してくれてるんだね。」

 綜馬は[シーナ]の頭を撫でる。


 ダンジョンアタックの影響か、15階層の拠点キャンプ地の周辺はモンスター数が極端に少なく、何も出来ずに帰還するという最悪の想定に終わることは無かった。冷静さを取り戻し、状況を落ち着いて把握する。

 綜馬がここにきたのは自分に区切りをつけること。堂島や天谷の消息を自ら確認しなければ、あの日から一歩踏み出す事はできない。


 冬弥から聞いていた話では堂島は殿を務めるために20階層へ向かい、その時には天谷の姿はもう無かったというものだった。いくつかの異常事態が起こったダンジョンアタック。事前準備の段階で予想を遥かに超える事態が起こったのだから、それを超える事態が起こっても何も不思議では無かったはずなのに、ダンジョンアタックをする事を目標に思っていたため判断に一手遅れた。


 正体不明の中型モンスターがキャンプ地を襲い、20階層にはランダムリスポーンの強力な亜種が現れた。人為的な雰囲気を持った死体がキャンプ地内や偵察隊によって発見され、連携や仲間意識もかなり希薄になっていたという。

 連日の戦闘や、満足に休むことのできない環境、常に死と隣り合った恐怖などから崩壊寸前だったと冬弥は語った。


 綜馬は様々な痕跡を辿っていると、不自然なテントを見つけた。逃げる時に押し潰されたり、脱出のために切り裂かれたり、大きな損害がなくとも血や、土などに汚れている他のテントとは違い、まるでキャンプ用品売り場にそのままディスプレイされているような状態を保っている。


 警戒心を高めながら、テントに近づき勢いよく入口を開く。ファスナーを解いて、中の様子が見えてくるとそこには人がいた。

 まるで陽の光を知らないような白い肌、自ら光を放つような輝きを持っている金色の髪、彼女はテントの中で横になり休息をとっている様子だった。


 綜馬の気配に気づいたのか、焦ったように飛び起きた彼女の瞳は翡翠のような色をしており、スッと通る鼻筋、薄く鮮やかな唇といった彫刻のような作り物の美しさがそこにはあった。

 綜馬は面食らう。彼女の美しさにではなく、一つの異常に。完成された美を持つ彼女の耳の端が尖っていたのだ。

読んでいただきありがとうございます。


いいね、☆☆☆☆☆の評価頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ