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魔窟

 [スコル]はダンジョン探索の手間を大幅に削減させた。元々[カンジ]の空からの偵察を行えばそれなりの進行速度で森や迷宮を攻略できた。

 しかし、それには周囲の警戒を最大レベルで行う必要があり気配察知の効果を最大限にまで引き上げる必要があった。それは、綜馬の活動時間を削ることを意味していた。


 吐瀉物の酸味が喉に広がり、魔力を使い続けた時特有の倦怠感が全身を覆っている。大量の物資を自在に使え、外界から切り離した世界に逃げ込めるという単独探索に特化している綜馬であっても、未知の世界を切り拓いていく作業には骨が折れる。

 休憩のタイミングでなんとなく召喚した[スコル]。[朔]では消費魔力も多いし、機動力も高くない。休憩中の見張りにちょうど良いかもしれないと試しに使ってみたところ、綜馬が想像をしていなかった動きを見せる。

 地面に鼻を寄せ、耳をピクピクと動かす[スコル]目を細めて、キョロキョロと首を動かしたかと思うと、跳ねるように走り始め姿を消した。


 [カンジ]のように召喚した時、詳細な行動内容を指定しなかったせいかもしれないと、次回への反省を考えていた綜馬の元へ幾つかの影が降ってきた。


 どたどたと、モンスターの死骸が綜馬の隣に積まれ、1匹のカマキリを背負った[スコル]が目の前に姿を現した。

 綜馬が1度目の探索で戦ったいつぞやのカマキリ。召喚された[スコル]は完全体ではなく、本来の5割程度の実力になるよう魔力を使った不完全な状態。


 身体にはいくつも傷が刻まれていたが、どれも致命傷には至っておらず、目立つ傷もよく見れば毛がちぎれていたり、返り血のようなものばかりでかすり傷程度だった。

 隣に積まれたモンスターの死骸は例に漏れず、スッと溶けていくようにダンジョンへ吸われていった。残ったのは魔石。それと運良くアイテムを落としたみたいだ。

全てを空間魔法に収納して、【ソルジャーニュートの臭い袋】のアイテム名も判明した。


 [スコル]の戦闘能力だけではなく、その索敵能力、森を自在に駆けられる機動力と空間把握能力、一瞬の出来事だったが綜馬は[スコル]の優秀さを見せつけられた。

 そこから綜馬は本来の1割程度の[スコル]召喚体を複数作り出し、[カンジ]と連携させて下へ続く道を探させた。その結果、効率はグンと上がり綜馬は魔石や森林型ダンジョン特有の自生植物を採取する時間に充てることが出来た。


 県境のダンジョンに潜り始めて4日目。事前に冬弥から聞いていたメインキャンプ地である15階層に綜馬は辿り着いた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ここに来るまで綜馬は何度も彼らの残骸を目にしてきた。ダンジョンアタックが残した痕跡は、修復力の強いダンジョンであっても色褪せていなかった。

 彼らの残した生きた証。その瞬間を感じる度に綜馬は言い難い不快感が喉元まで上がってきた。


 けれど、これまで目にしてきたどの光景も15階層に広がる地獄を前にすれば大した事のないものだったと錯覚してしまう。


 ダンジョンはモンスターの腹の中。甘美な魅力に誘われたもの達は、大きく開いた入口に向かっていく。しかし、ダンジョンは全てを飲み込む。希望も、夢も、未来も、絶望も。

 ダンジョンが発見された当時は市街地で戦闘するものは少なく、ほとんどの者たちはダンジョンへ稼ぎに向かった。けれど、帰還者の少なさにダンジョンの利用は減少していき、現在では月に数回パーティーを組んでダンジョンアタックを行なっている。


 ダンジョンへ潜るということ。そして、ダンジョンから帰還して来ないという事。綜馬は理解したつもりになっていた。

 15階層の拠点キャンプ地の惨状に綜馬は言葉を失う。おそらくそこにあったであろうモンスターや死骸は全てダンジョンに吸収され、痕跡として魔石やアイテムがそこら中に転がっている。

 普段ならば宝の山と呼称すべき価値ある物だが、今の綜馬には背景の一部に過ぎなかった。


 モンスターとは反対にダンジョンに吸収されることの無い、人が生み出した遺物。非情な言い方をするのであれば残骸と呼んでもいいかもしれない。それら残骸は、基本的にモンスターが捕食したりフィールドの影響により時間をかけて消えていく。

 初級ダンジョンではほとんどの者が、死に至る怪我を負う前に退却するため綜馬が目にすることはなかった。


 綜馬の降りてきた入り口、彼らからすると地獄から抜け出す唯一の出口だったのだろう。幾つもの光を失った眼球が綜馬の立つその場所を見つめていた。

 その場を見つける彼らは、それぞれ命以外は捨ておいてもいいと必死だったのだろう。毒が回りかけた脚を自ら切り落とした者や、その瞬間まで友人だった存在を後ろに突き飛ばした者。ここにいるみんな、それぞれ何か大きなものを捨ててでも生きようとしていた。

 その名残が例外なく全員に残っている。綜馬は少しの間呆然とそこに立ち尽くした。ただ何もなく立っていたわけではなく、心のどこかには冷静な自分がいてちゃんと[スコル]と[朔]を召喚し、空間魔法から[シーナ]を出していた。


 あまり力の入らない拳に魔力を込めて[スコル]や[朔]を生み出している自分の姿はさぞ滑稽だっただろうと、ふと考える。


 この状況に落ち着いた、正しく言うのであれば地獄の味を覚えた結果、拒絶反応を起こす前に順応したのだろう。皮膚が虫に食い破られ、ポツポツと中から膿や凝固した血液が覗く顔を見ても、そういうものだと受け入れられた。

 骨が関節を突き破り、あらぬ方向に捻じ切れて、モンスターのおもちゃにされたであろうどこかで見知った顔。おそらくシェルター800にいた者を見ても、心が大きく跳ね上がるなんて事は起こらなくなった。


 綜馬淡々と情報を掻き集める。[朔]は護衛[スコル]は近隣の索敵[シーナ]は自由にさせているが魔石やアイテム類を集めている様子だった。

 最初のカバンだけ躊躇したが、次からは躊躇なく乱暴に切り開いた。持ち主が大切にしてたであろう写真や、お守りなど見かけるたびに綜馬は空間魔法にしまっていった。


 綜馬がいますべき事。ここで死んだ人間の死を、と綜馬は今している行動全てをまるで正義の行いであるかのように定義付けしようとしている事に気がついた。死んだ者の命を無駄にしないため、彼らの思いを繋ぐため、そんな気持ちの悪い自分に酔った欺瞞を、自分の罪悪感と中和するために作り出している。

 そんなの違う。それこそ間違っている。

 全て自分のため。綜馬という人間が綜馬にとって都合のいい存在を助けるため。大義名分を得ようとするな。

 綜馬は自分の頬を強く叩いた。パンッと乾いた音が響き、じんわりと赤くなる頬は痛みを含んでいた。

読んでいただきありがとうございます。


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