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きずあと

 ワイバーンの咆哮で目が覚めたら綜馬は、寝惚ける頭をそのままに跳ね起きてそのまま臨戦態勢に入った。腰の短刀に手を置き、逃げる用の煙玉をもう片方の手で握っておく。


 [カンジ]と[朔]の気配は残っているため、今すぐにどうこうなる問題ではない事を情報として認識する。現状の把握に頭を使う事で、眠気とは全く反対の思考状態に脳みそが変化し始める。


 意識が覚醒し、周囲への注意がより一層強くなる。しかし、綜馬の想像するような異常事態は特に見受けられなかった。ただ、ワイバーンの咆哮が時々鳴り響くという異常のみは、寝起きから確実に起こっていた。


 頬に残した畳の痕をごしごしと頬を伸ばすようにさする。寝癖とは別に左頬に記された睡眠の証は、何度もさすったせいで真っ赤になっている。

 水で顔を洗いさっぱりとした気分に履き替えたところで、未だに鳴り響くワイバーンの鳴き声について思考を落とした。


 ワイバーンの行動について考えられる可能性は無数にあり、それほどモンスターという存在は人知の外に生息していると言えた。他のモンスター同様本能任せの行動か、それとも英雄願望の馬鹿な挑戦か、これまで爆発に至っていなかっただけで導火線に火はついていたようなものだった。


 今回の爆発が周囲を更地と化すようなものになるのか、それとも気まぐれで小競り合いだけを興じて終わるのか。綜馬の心配は、咆哮轟いた方向、そこにはそれなりに人口を抱えるシェルターがいくつかあった。

 そこにはお世話になった人がいる。それに所在を確かめたい大切な存在達だっているかもしれない。


 後ろ髪を引く不安がどうか杞憂に終わってくれと、ただ願いをその場に残して準備を終えた綜馬の思考には県境のダンジョンだけが写っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 [県境のダンジョン]

 なんとなく見覚えのある世界の中で、ところどころ異質さが主張している。シャツの切れ端、片方だけのスニーカー、踏みつけられて線のようになったメガネ、虫の湧いた頭蓋骨。


 綜馬は目を細めて、出来るだけ不快感が表情に現れないように注意した。この行為は誰かへの配慮でも、感情の抑圧でもなく、自分は無機質な感情を持っていると自身に擦り込みたかったからだ。


 今自分が踏み込んだ場所にはどんなものが残されているのか、冬弥の口ぶりから想像するにとても悲惨な有様が広がっているのだろう。ダンジョン内のモンスターに食い漁られた屍肉や、苦悶の表情を浮かべたまま孤独に朽ちている死体もあるだろう。

 どれだけ構えていても想像の範疇を超えてくる事象がきっと起こるだろう。その時に生じる一瞬の気の迷い、そして隙を生まないために綜馬は冷酷無比を演じるしかない。


 どうにも耐えることのできない臭気から逃れるために、口呼吸を深く数回行う。5階層までの道は渡せなかったマップを使って進んでいく。目指すは15階層。他の階層に比べモンスターの湧きが少なく、その中でもスポーンするモンスターが弱いエリアをキャンプ地としていたようで、生き残りがいるとしたらそこしかないと冬弥は話していた。


 もし堂島が生きていたとしても、堂島が取り残されたという20階層にいる可能性は極めて低く、冬弥が聞いた話によると中型モンスターが当たり前のように闊歩し、ランクBに該当する者でないと戦闘以前に生存するのが運任せの区域になっているという。

 冬弥がその話を綜馬に聞かせた時、まるで自分に言い聞かせるように無理なんだ、だから無理なんだと呟き、薄暗い瞳孔を地面に落としていた。


 マッピングは担当していない冬弥からはダンジョン内の詳細な情報は集められず、唯一聞けると思っていた戦闘についても抽象的な説明のみが繰り返されたため、5階層からはほぼ直感で進んでいくしかなかった。

 選んでいく道によって耐え難い臭気は濃度を増したり、逆に何もなかったかのように変化する。


 気配察知の効果を最大にまで引き上げながら警戒を続けるが、どうしても地面を見ることは出来ない。冷静さを取り繕うにはまだしばらく時間が必要だった。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ワイバーンの咆哮が鳴り止んだのは翌日の朝になってからだった。シェルター813の住民達はいつどうなってもおかしくない事態に対応するため、交代制で見張りをしていた。ただ、本来なら休んでいるはずのタイミングでさえも外の様子を常に覗っていたため、誰一人心から安らげた者はいなかった。


 問題がなければその日のうちにシェルター813へ帰還。それが近隣シェルターとの約束だったため、不安が残りつつも一行はシェルター813への帰還を余儀なくされた。

 普段なら意識することのない風の音も、この日はモンスターの鳴き声に聞こえる。


 不安は小さな恐怖を積み重ね、発露させる行き場を探していた。子どもの泣き声、それに怒鳴る男達。日頃の鬱憤がここにきて怒りの免罪符として働き始める。


「いつもギリギリのノルマこなすだけで、役に立ってねぇくせによ!」

「お前はこそこそ雑魚モンスター狩ってるだけじゃねぇか。弱いくせに吠えんじゃねぇぞ、」

「あ??」

「文句あるなら一発殴れよ、そしたらお前をぶち殺しても罪にはならねぇ」


 シェルター813のノルマ管理型システムは、星1〜星5の等級に人々を区分けし、等級に応じた配給と待遇を与えている。

 星1の居住区では普段も喧嘩は起こるが、今日はその比ではない。また、他の等級居住区でも似たような諍いがあちこちで起こっていた。


 同等級同士で互いの不平不満を言い合い、下の等級には強い口調で捲し立てる。ヒエラルキー構造の醜悪さでもあり、その構造の有用性を証明している状態といえた。


 レオは自分たちが手を貸している孤児院と老人会の面々を宥めるのに手一杯だった。避難場所のシェルター798の道中も、助けに入ってくれた別シェルターからの有志がいなければどうなっていたかわからない。

 今回のような非常時は自分の非力さと不甲斐なさを色濃く映し出すため、なんともいえない辛さが胸中渦巻く。


 しかし、こんな状況下だ。そんな自分と向き合うことも許されず、何かあるたびに自分の無能さを突きつけられその度に治らない魂の傷を増やしていく事になる。

 レオと同じようにしゅんやララも自分の力のなさをひしひしと感じていた。ただ、彼らが時間が経つにつれて増していく劣等感を対処する方法は、その傷を甘んじて受け入れる他なかった。

 

読んでいただきありがとうございます。


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