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伝わる衝撃

『シェルター130』

 ここはかつて日本の首都であり、東京と呼ばれていた場所。あの日起こった厄災以降、ここら一帯も他の場所と同じようにモンスターが跋扈し、ダンジョンが発生し人々はシェルターの中に身を寄せ合った。


 かつて大都市と呼ばれた場所に現れたシェルターは、他のシェルターと比べて留めている人間の数が桁違いに多かった。それは一般的に大規模シェルターと呼ばれるものを圧倒していた。

 その中でも渋谷と呼ばれていた区間には『シェルター130』が誕生し、日本の中で一、二を争う超大規模シェルターとしてこの混沌とした世界に生活を生んでいた。


 生活の基盤が整えられ、異常が日常へと塗り変わっていき、形だけであるが平穏を保ちだした頃、『シェルター130』に衝撃的な情報が舞い込んできた。

「シェルター802.812壊滅。コアが破壊され復旧不可能。近隣シェルターには原因となるモンスター討伐の緊急ミッションが発令中。」

 全ての住民を支える飯の種でもある掲示板に寄せられたメッセージは、見たもの全てに再び恐怖と絶望の味を思い出させた。


 安心の基盤であるシェルターの破壊。『シェルター130』の幹部達は緊急で会議を行う。恐らく彼らと同じ頃日本各地、ひいては世界各地で似たような会議が行われているのかもしれない。

 昔とは比べ物にならないくらい、情報伝達が遅れている状況では、掲示板から流れてくるものか、流浪を行う探索者達の話以外では情報は中々手に入らない。

 シェルターという一つの共同体が完成されている事で、シェルター間で協力し合おうにも安全に両シェルター間を行き来したり、物資の交換などを出来るコストが高すぎた。


 また、自らのシェルターが利益を得るためにいい加減な情報を流布する場合もあるため、掲示板側が管理している情報以外は手に入っても中々どうにも出来なかった。

 その掲示板から流れてきた確かな情報が、シェルターの壊滅という事実にこれから人類は頭を悩ませる必要があった。


「どうする、ここからも救援を出すか?」


「そんな余裕どこにあるんだよ。俺たちも今週中にダンジョンアタックしなきゃ、物資がそこをつくんだ。遠征できるような余力は、」


「けどよ、シェルター800番台って確か北関東の辺りだっただろ??このまま放置してたらゆくゆくはここまで来るなんて事、」


「その時はその時だろ!他のシェルターの奴らには悪いが、もし東京方面に来るってんなら、シェルター壊滅情報に更新が来るはずだ。その時に負けないためにもダンジョンアタックで物資とシェルターの増強が先決だ。」


 救援派と、自軍強化派の意見は3対7くらいの比率で飛び交っていた。ただ彼らの考えは自分たちのシェルターに危害を及ばせないという共通意識の元に成り立っているため、片方が語気を荒げて議論にならないという事態は起こりえない。

 シェルター130では幹部という制度は敷いているが、一方的な意思決定権を持つ者が存在せず、あくまでも多数決という大義によって方針を決めていた。


 そのため、この議論は両派とも結論が見えている。きっと決議という形で裁決は取らないだろう。しかし、大人数を束ねる幹部として彼らはお互いの意見をフラットに取り入れ、思考するという作業を行いたかった。結果、議論は長引き、白熱する。会議が終わったのは日を跨ぎ朝日が漏れ出す頃だった。


「それじゃあ、戦闘ではなく隠密、逃避に長けた少数精鋭で現場把握を行うという事で。」


「「「「「「承認。」」」」」」


――――――――――――――――――――――――――――――


 長谷部は幹部の重村から呼び出しがかかり、嫌な予感を感じ取った。これは良くないやつだと直感的に悟ったのだが、長谷部が毎日果実と、週に2度魚を食べられるのは仕事ぶりを期待されて幹部達から用意された待遇だった。

 彼らは基本的に強制力を持っていない。今回もどうせあくまでも自己決定に任せると言うだろうが、NOと言えば長谷部を取り囲む様々な待遇や状況は良くない方向へ大きく変化するだろう。


 長谷部は覚悟を決めて幹部室のドアをノックした。



 メインの『陰魔法』とサブの『音魔法』この二つが組み合わさる事で、長谷部は極限まで自分をこの世界から消す事が出来る。長谷部が本気を出せばどんな人間であっても必ず1人は道連れに出来るだろう。当然、長谷部にそんな大それた事出来るはずがないのだが、幹部達が長谷部に待遇を用意した背景には、万が一の危険性を防ぐ意味もあった。


 そんな長谷部が頼まれた任務は緊急ミッションとして掲げられた対象の確認と、完全に破壊されたシェルターな状況把握だった。ここシェルター130では掲示板を閲覧できる人数は限られている。

 効率化という名目だが、こういった非常事態に箝口令を敷きやすいからという理由も当然含まれていた。


 それなりの待遇を持っている長谷部でさえも、シェルターの壊滅。それも日本で起きた出来事であり場所は北関東の方だという。こんな世界になって驚く事に慣れたつもりでいたが、思わず声を漏らしてしまうほど説明を受けた時には衝撃を受けた。


 幹部の髙部さんは確認にあたって3つの注意事項を挙げた。1つ目、戦闘は必ず避ける事。2つ目、帰還信号には絶対に従う事。3つ目、情報は都度紙に書き残し、万が一の場合でも後任に引き継げるようにしておく事。

 これまで受けてきたどの依頼とも違う険しい目つきで髙部は詳細について話し始めた。


 ここまで話を深く聴いた以上、やっぱりやりませんは通用しないだろう。そんな事わかっているが、仰々しい髙部の言動を見た事が今になって恐怖の温度を沸々と上げていた。

 


 長谷部と長谷部が選抜した数人の部隊は翌日の早朝にシェルターを出発した。その報告を受けた髙部は息を撫でおろす。昨日の長谷部は動揺を隠せていなかった。可能性として彼が内容に怯え、結果シェルター130からの離反もあり得る状況だった。念のために特務隊には昨日別れた後から監視をしてもらっていたが、心配は杞憂に終わったのだろう。


 任務中に離反することも考えたが、長谷部という男は利口だ。動揺を一晩で飼い殺した彼であれば、結果が何であれ帰宅し報告することまでは安心していいだろう。救援派だった髙部からすると今回の対応は物足りないとしか思っていないが、何もしないのに比べれば心のゆとりが違う。長谷部が返ってくるまでの間、戦々恐々とした不安に耐え忍ぼうと深呼吸を繰り返した。


――――――――――――――――――――――――――――――


 長谷部の持ち帰ってきた話は予想だにしない顛末だった。浮遊するクラゲのモンスターと、戦地でステーキを食べる少年。シェルター130の面々が想像していた圧倒的なモンスターはそこには存在せず、只ならぬオーラを纏うコボルトらしきモンスター。あくまでも見た目の形状でコボルトと評しているが、そこに秘められた強さや恐ろしさはコボルトの比ではない。

  

 返り血で真っ赤に染められた全身はそのモンスターが食んだ命の大きさを表していた。鋭く澄んだ牙と爪は、命を刈り取る形をしており、それなりの距離から観察していた長谷部だったが、殺気に汗が止まらなかった。

 それほどまでの脅威。その体躯とモンスターとしての造形を見る限りでは、シェルターを破壊するようなイメージは湧きづらかったが、対一の戦闘を思い浮かべた時地べたに伏して意識を失っているのは自分だった。


 そんな絶対が、瞬間にして弾けた。これは比喩的表現でもなんでもなくて、文字通りそのままに弾け飛んだのだ。

生存者確認を頼んでいた芝と菊池が担ぎ込んできた三人の実力者。ここらのエリアを代表する実力者なのだろう。殺意の残滓が濃く残り、その強さを容易に想起させた。芝と菊池が言うのは、あともう1人別方向に生存者がいると言った。しかし、その方向というのが今まさしく怪物の進行方向に選ばれた場所だという。


 今自分たちができるのは自らを犠牲にした救助ではなくて、生存者の無事を祈るただそれだけしかできなかった。第一の目標が負傷者を出さずに無事生還する事だった長谷部たちは、遠くから怪物に少年が割かれないように念を送る事だけしかできなかった。

「もう無理です、自分には」「どうして、彼が、」長谷部たちの願いは空しく、怪物と少年はお互いの位置を示し合わせているかのようにじりじりと距離を近づけていく。その様子に仲間たちは自分たちの弱さを嘆き、せめて今行われようとしている殺戮に目を覆い隠すしかなかった。


 しかし、対象の戦闘というのは現在最も有益な情報だと言えた。長谷部は自分のできる最大限、少年の死を目に焼き付けて未来に生かすという足掻きを受け入れた。怪物と少年の邂逅、勝負は一瞬にして決着を迎えた。それを目撃した長谷部たちが、その場面を形容できる言葉が弾け飛んだの一言だった。


読んでいただきありがとうございます。


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