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浮かぶ

活動報告に目を通していただけるとありがたいです。

「俺に行かせろサイバ。」


マオの制止を振り切りジンはネームド討伐に名乗り上げる。言葉では可否を解いているが、可以外の返答はないものとして聞くだろう。求めている道筋にボールが来なければ無視する構えだというのはここにいる全員がわかっていることだった。


「これ以上言わん。行くなら勝手にしろ、ただここから出た瞬間からお前は敵になる。冷静に判断してから選択するんだな。」

サイバそう言い残すと、部屋から出ていく。会議室と名付けられたこの部屋はただ静寂の時が流れる。十人近くがいるとは思えない静けさだ。

 静寂に言葉を投げたのはマオだった。ジンと共に行動する彼女だからこそ、何と声をかければいいのかなんとなくだが知っている。


「私たちは目立ち過ぎたんだよ。暫くは、ね。」


 ジンは何か言いたげな表情を浮かべて口を固く結び直した。『マーク』という集団は仲良しこよしでも統率された軍でもない。ただ一つの目的のために協力している個人間のつながりでしかない。『システム』、そして『神』を殺すために機を窺うしかない。


この場にいる者たちはジンの気持ちが痛いほど理解できた。しかし、サイバの指示が最も適当であることも理解している。それはジンが一番わかっている。しかし、すぐ近くに復讐相手がいるという憎さは理性で押し殺すには大きすぎた。


 マオがこの場を一旦まとめ、各々会議室を後にした。残ったのはジンとマオの二人。

「すまなかった、マオ。つい熱くなっちまった。」ジンは痛々しく笑って見せる。二回り近く年の離れた、まるで娘のような存在の彼女にたしなめられた気まずさと、ざらりと残る恨みの味を嚙み潰す。マオはなんと返せばいいのか困惑したままジンの背中を見送った。


―――――――――――――――――――――――――――


窮地に登場した旧知の仲間。洒落っぽい言い回しになっているが、この言葉が意味するのは現状の打開になるはずだ。いつの時代の物語でも、絶体絶命の状況に仲間が現れて自体が好転しないはずがなかった。そうなることを冬弥は期待していたし、助けに現れた二人もそうなるだろうと仄かな確証すら芽生えていた。


しかし、【スコル】を前にその当たり前はいとも簡単に崩壊する。結果だけ見ると嬲られる人数が一人から三人に変わっただけ。【スコル】は暫定遊び相手と、食料予定が三倍になってご機嫌に笑っている。三人の勇気と殺意が充満すればするほどそれを嘲笑うかのように彼らはの高まった感情は行き場なく霧散する。


唸るような暴風の圧力、空間ごとえぐり削る斬撃、大地を震わせる爆撃、そのすべてを楽しそうに全身で受け止めながら三人ににじり寄る。血の快楽と殺戮の愉悦、【スコル】の行動は二つの欲求のみに支配されていた。脳内では反響するように血を求める衝動と『シェルター』に対する嫌悪感と破壊衝動が湧き続けるが、【スコル】はそれを無視する。


【神】に与えられた役割と本能に抗い、後天的に身に着けた自分らしさの欲望にだけ従順となる。

会得した自我を前に用意された役割は形骸となる。どれだけ力を与えようが、神羅万象にも等しい知恵や理性を授けようが、獣は所詮獣の域を超える事は出来ない。鳥が羽ばたき方を覚えなければ死ぬように、自然界で走り方を知らなければ狩ることも逃げる事も出来ないように、生き物にはそれぞれ得るべくして得た特性と生き方を持っている。


 【スコル】にとってそれは血への飢えと、戦いへの好奇心だった。一方的な殺戮よりもお互いの命をかけあった殺し合いに食指は動く。

 この結果を知った【神】は【スコル】を見限った。生み出したものを無に帰すことも悩んだが、目的である人類に【シェルター】を守らせることと、圧倒的な脅威を与えるには少し足りていない。もう一つくらいシェルターを壊してほしいところだが、【スコル】にはこのまま【スコル】の脅威を知らしめさせて行方を眩ませておいた方が良いかもしれない。


 【神】は【スコル】から意識を奪い四肢を動かす原動力となっていた自我を剝奪する。それと同時に完全に【システム】の管理下に【スコル】を置く。これで【スコル】は用意されたパターンの行動を続け脅威を与えた後、【システム】によって魔力の粒子として世界に溶ける。


 一瞬にして【スコル】の動きが淡白になったのを三人は感じ取る。けれどこの機会を攻めの好機として考えた者はだれ一人としていなかった。皆それぞれに様々な思惑がある中、ひとつだけ考えが共通していた。やっと逃げられる。

 彼らが一様にして感じたのは安堵だった。心がひしゃげて形の変わった現在では戦闘への渇望も、勝利の名誉も必要なかった。ただ欲するのは生命の安全と、明日の確証。


 感情が抜け落ちた目の前の化け物は、のそのそと歩き出す。その先に何があるのか、それなりの想像力があれば理解できるだろう。しかし、彼らはそれをしなかった。想像することを放棄し、自分たちの中に結果として残すのは生き延びたという事実だけ。それ以外を持ち帰る気は毛頭なかった。


―――――――――――――――――――――――――――


「これなんだよ、」


 綜馬は思わず声を漏らす。1人での生活が長引けば自然と独り言も増えてくる。今回漏れ出た言葉も、以前であれば心のうちに留めておくことができる何気ないリアクションだったかもしれない。

 久しぶりに空間魔法の中に入り、これから起こるであろう先頭への準備を始めようとしたところだった。シェルター804を後にした綜馬が一番初めに取り掛かったのは、緊急ミッションを力づくでクリアするための用意。一月以上手を入れていない空間魔法の状態を確かめるためにも、シェルター804を離れてすぐに一軒家に姿を隠し空間魔法を展開した。


 分身体が世話をしているとは言っても、消費魔力は最低限で造ったものだ。自分の目でも畑の様子は確認しておきたいし、久しぶりに自分で作った温かいご飯を作りたい気分だった。

 空間魔法の世界を展開した瞬間、目の前に現れたのは浮遊する光源だった。「それ」は綜馬を見た瞬間、感情を表現するように漂い方を柔らかく変化させた。


 訳のわからない状況に綜馬は言葉を失うが、「それ」はお構いなしに綜馬の周囲をふわふわと泳ぎ続ける。まるで遊んで欲しいとねだる子どものような「それ」は、理解が及ばない綜馬から見てもじぶんに懐いてると言うことだけは分かった。


 空間魔法と外界を繋ぐ扉の鍵を綜馬だけが所持しているはずだったが、いつの間にか侵入者が登場したようだ。自分以外は不可侵領域だと安心していた綜馬にとって、この出来事は言葉以上に強い意味を持っていた。


 冷静さを欠いていた綜馬は、ひとまず呼吸を整えて「それ」と対話を試みる事にした。何を考えるにも、行動するにも、とにかく情報を集めなければ話は進まない。

 綜馬が数々犯してきた多くの過ちは、冷静さを欠いた結果対話を拒み逃げてきた結果だ。二の舞は演じたく無い。


「あの、君は、」


 返事はなく浮遊する。

 その姿を見て綜馬は思い出す。浮かび上がる光源はいつかのゴーレムの核とよく似ている。形はゴーレムの物、色合いや光を放っているのはスライムの核と同じだ。

 その後、何度か話しかけるが「それ」から得られる情報はないため、今ある情報から導ける仮説を考える事にした。


 モンスターに関する知識は明るくないため、使える手札はあまり多くないが「それ」がゴーレムとスライムの核と関係している事は明らかだった。

 つまり、綜馬の空間魔法内を満たしていた魔素を肉体とした核依存のモンスターであると言う仮説を立てられる。綜馬に襲いかかって来ない事を考えると、「それ」はなんらかの影響でモンスターではあるが綜馬の事を親、若しくは仲間として認識しているようだ。


 綜馬は目の前の「それ」を友好的対象として考えるメリットとデメリット、その逆として考えた場合のメリット、デメリットを考えて結果、友好的対象として考える事に決めた。

 仮に敵であるのならば、空間魔法内に自然発生する事を認める事になり、核への研究と危険性を深く考える必要があるからだ。


 言ってしまえば考え事を増やしたくないのが理由だった。


 綜馬はとりあえず目の前の問題を後回しにして、先にある早急の問題解決に向けて武器を用意する事に決めた。緊急ミッションの内容はモンスターの討伐、またはそれに準ずるダメージを与える事。


 技術のある戦闘や、魔法による高火力攻撃ができない綜馬であっても爆発的な攻撃を喰らわせる手段は持っていた。膨大な魔力を込めた魔石爆発と火薬を組み合わせた一撃必殺の技。綜馬のもてる最大をぶつけるために綿密な準備が必要だった。


 これまで貯めてきた魔石、膨大な量の火薬。綜馬はショッピングをするように空間魔法内を回りながら必要になりそうな道具をカバンに詰めていく。

 その間、「それ」は綜馬の後をついてくる。ふわふわと頭上を行ったり来たりしたり、綜馬が手を伸ばした物を一緒に拾う仕草を見せたりする。


 綜馬は「それ」と一緒にモンスターへ対抗する装置作りに取り掛かった。

 

読んでいただきありがとうございます。


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