遭遇
別作品『冒険のすゝめ』もよろしければご拝読ください。
書き始めたばかりなので最新話まですぐ読めると思います。
翌日、綜馬は冬弥のアドバイス通りシェルター804に向かっていた。シェルター813であれば確実だと思うが、あそこにはららやレオ達がいる。久しぶりに会いたい気持ちと自分なんかが彼らにあっても迷惑になるんじゃないかという葛藤の末、一先ずシェルター804を目的地に設定した。
前までならクロウの背に乗っているだけで簡単に行ける場所だったが、地上を自分の足でとなると途方もない距離のように感じる。外を出歩く時間が増えるという事はモンスターとの接敵回数も当然増えるため入念に準備をしてから進む。
すぐ使えるように腰に携帯してあるポーションと魔筒は予備も含めて多めに装備する。タイムリミットのない旅路のため機動力が少し劣ったとしても安全性を優先したい。脇差しの短刀もきちんと研いで装備する。
防具類の確認も終え、いざシェルター804へ向かう。
隠密は発動してあるが魔力の温存を意識して最低限の効果に留めている。気配察知の得意なモンスターであれば簡単に見つかってしまうだろうしそれなりの距離になれば通常のモンスターにも見つかるだろう。あくまでも隙を突いたり初撃は綜馬からするための隠密であって、身を隠す目的ではない。
しばらく歩きふくらはぎが少し張ってきたのを感じたぐらいで休憩をとる。少しの罪悪感を覚えながら庭から民家の中に入る。空間魔法からクリームパン、チョコクロワッサン、牛乳を取り出し、昼食をとりながらここまで来る途中で感じた異変について頭を悩ます。
正確な時間はわからないが確実に三時間は歩き続けていた。気温の上がり方、腹の空き具合、歩いた距離、どれをとっても綜馬の想定の裏付けになる。この歩いてきた三時間の間綜馬がモンスターに遭遇した回数たったの三回。道幅の広い大通りを避けて移動していたが明らかにこの遭遇回数は異常だ。
当然、接敵回数が少ない事は幸運だったと言える。安全第一を心がけているのだから、モンスターと出会わなければ出会わないほど理想だ。しかし、モンスターの群れを掻い潜ったり、隠密行動により出会わないのと、モンスターの絶対数が極端に少なく出会わないのではわけが違う。
明らかな異常事態。こんな世界に慣れてしまったが故の違和感なのだろう。本来ならばモンスターがいなくなっているこの事態を喜ぶべきなのだろうが、日常化した非日常が変化する意味を言葉以上に重く考えている。
クリームパンを食べ終え、牛乳を口に含む。郵便の仕事をしていた時は、こうして外で休憩を取ることなど出来なかった。
今回のように民家に忍び込み、隠れて休みを取るのは最終手段で基本的には自宅へ戻り休みを取っていた。背を低く、窓のある部屋では影の揺らぎにも気を使い動いていた頃と比べ、現在では窓から外の様子を眺めても何も起こらないようになっていた。
分身をたてて30分ほど仮眠をとり、体力を整える。これでまたしばらく歩けそうだ。外していた装備をつけて、周りの気配察知を行う。気配として捉えられる何かしらの動きは感じられない。
出る時は庭からではなく玄関から外に出る。こそこそする必要がないため、泥棒感の少ない正面口から出たいと思ったからだ。
家に向かって軽くお辞儀をしてお礼を伝える。
このあと2日間のシェルター804に向かう道中、綜馬がモンスターを見かけたのが8回。そのうち相対したのが4回だった。空路を使い、シェルター間を移動していた時でさえ1時間に5回の接敵だった。
現在この辺りで起こっている異常は何かの前兆なのか、それとももう何か起こっているのか。付近での近況を聞くためにもシェルター804への道を急いだ綜馬は、門番を務める芝村さんに頭を下げ、シェルター804の門を潜った。
冬弥の愛刀は初めてのダンジョン攻略で手に入れた代物だった。魔力を込める事で硬質化し属性魔力を帯びる性質を持っている。破格な能力を持っているわけではないが、使用者の力に依存性が高いため冬弥との相性はばっちりだった。
ダンジョンでランダムスポーンしたオーガの亜種や、ワイバーンの幼体を倒せたのはこの刀があったからだ。
そんな長い間連れ添った愛刀が一瞬にして砕け散る。初めて見たそのモンスターは、人狼のような見た目をしているが全身の体毛が真っ黒で腕の太さがこれまで戦ってきたどの人狼よりも太い。
月明かりを想起させる黄金の眼光は、冬弥にいっぱいの殺意を込めていた。
一帯のゴブリンを掃討し空が白んできたころ、冬弥は再び山を見つけた。骸がゴミのように積まれモンスターたちがそれを囲んで楽しんだ痕跡が残っている。最初みつけた山はまだ辺りが暗かったり、ゴブリンの楽しそうな雰囲気に絆されて事の異常性に気付いていなかったが、まだ腐りきっていない人間の骸が山積みになるほど存在しているという違和感が形としてはっきり視認出来、意味を理解した。
山はシェルター802の方向へ向かうにつれて増えていた。嫌な予感は文字にして考えたくない。文字にした瞬間、それは現実と地続きになってしまいそうだから。小数点以下の可能性でもいいから希望のある方を考えさせてくれと祈るような気持ちで、突き進んでいく。
本来ならばシェルターを覆う発光した外壁が見える距離まで来たが、その様子は見つけられない。いつもは多くのモンスターと接敵してもおかしくないエリアだが、物音ひとつしない。言語化しないように留めておいた違和感が警告を鳴らし始める。ここから先に近寄ってはダメだと、全身の筋肉が強張り始め途端に歩き方が下手になる。
また逃げるのか自分は、と心の退路を自ら断ち切って無理やり前に進んでいく。シェルター802、正しく言うのであればシェルター802の跡地と呼んだ方が良いだろう。モンスターから身を守るための外壁は完全に消え、四方の入口を守る門は崩れている。所々に血痕が広がっており、外に向かって引き摺られた跡がある。シェルター跡地に死体が多くないのはここまで来た道で理解できる。
しかし、シェルターの機能を停止させた原因が考えつかない。大量のモンスターがシェルターの認識阻害機能を突破し、襲い掛かったのだと推測を立てていた。それならここまでの道のりやシェルター800周辺のモンスターたちが極端に少ない理由を説明できる。けれどその推測が正解の場合、跡地には大量のモンスターまたは、モンスターの死骸がなければ成立しない。
中型モンスターが数匹関与している可能性も考えられるが、その場合地形に大きな影響を及ぼすことを冬弥は知っている。自分の考えではどんな思考をしても思いつけない。もしかして彼らが、とダンジョンアタックでの記憶が蘇るがここまで直接的なことはしないというのを知っている。考えれば考えるほど疑問が浮かぶため、とりあえず生存者がいないか跡地を回ることにした。
「だれかー!!いないかー?声でも物音でもいい。助けに来たんだ!!」
冬弥は懸命に声をかけ続けるが、返ってくるものは何もない。ただ孤独に吸われていくだけだった。シェルターの中心部、掲示板が置かれている辺りまできて一度腰を下ろす。鬱屈とした感情を原動力に徹夜でシェルター間を移動し、多くの戦闘をしてきた。どれも疲れるような内容ではなかったが、積み重なることで疲労感は生じる。
どこかで少し仮眠を取ろうかと、良さそうな場所がないか周囲の建物に目をやっていると、
「アオォォーーーーー」と、遠吠えのような鳴き声が突然響き渡った。気持ちを落ち着かせていたが、鳴き声を耳にした瞬間、臨戦態勢に入る。刀を構えたまま『風魔法』をつかい声のした方向へ急いで向かった。
一瞬だった。まだ息の合った住人が目の間で切り裂かれ、助けるために前に出たタイミングで刀が粉砕され、弾き飛ばされる。刀で守っていなければ今頃頭を強く打って意識がなくなっていただろう。「それ」は今殺したばかりの骸から血を絞り出し、口に含む。ただ見られているだけなのに冬弥は立ち上がることが出来なかった。
シェルター802の崩壊は掲示板によって各シェルターへ通達された。そしてそれと同じタイミングで近隣シェルターには緊急ミッションが発生する。〈【緊急ミッション】ネームドモンスターの討伐:報酬 シェルター機能全向上 半年間の配給品3倍〉
読んでいただきありがとうございます。
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